■一番多いのは「他の飼い犬に噛みつくトラブル」
飼い犬を散歩する際は、しっかりとリードを着けるなどし、適切に管理する必要があります。
仮に、他人や他の飼い犬に怪我を負わせてしまった場合には多額の損害賠償金を支払わなければならないリスクがあり、また場合によっては刑事罰が科される可能性もあるのです。
本記事では、散歩中の犬の噛みつきトラブルについて、法的な観点から解説します。
1 他の飼い犬に噛みついてしまった場合
まず、散歩中に一番多いトラブルは、飼い犬が他の犬に噛みつき、怪我を負わせてしまったというものです。この場合は、どのような法的責任を負う可能性があるか、以下概説します。
〔瓜上の責任
動物の飼い主は、当該動物の占有者として、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負います(民法第718条1項本文)。飼い犬が他人の飼い犬に噛みつき、怪我を負わせた場合、原則として当該加害行為と相当因果関係が認められる範囲の損害を賠償する義務が発生します。具体的には、治療費、入院費、通院費等がこれに含まれます。
これについて、ペットが損害を受けた際には、慰謝料の請求ができるのかという法的問題があります。
この点、確かに、法律上ペットは「物」として扱われていますが、「物」の破損により慰謝料の支払義務が生じる可能性もあります。
通常、慰謝料は精神的損害の補塡(ほてん)という意味合いが強いものであり、「物」が毀損(きそん)した場合には、財産的価値が補塡されることで精神的損害も補塡されたものとみなされます。しかし、ペットは飼い主にとって家族の一員であり、時価額賠償だけでは精神的損害が完全に補塡されたとはいえないことがあります。
実際に数十万円の慰謝料を認める判例もありますが、他人に噛み付いた場合と比較すると少額な慰謝料額にとどまることが多いです。
■「犬の時価額」以上の治療費などを認めた判例も
次に、ペットのトラブルでよく問題となることとして、ペットは法的に「物」とみなされるため、当該「物」の時価額以上の損害が発生した場合には、当該時価額を超えた損害を賠償する義務は生じないのではないかというものがあります。
これについては、治療費等の上限を犬の時価額とするのではなく、当面の治療や、その生命の確保、維持に必要不可欠なものについては、時価相当額を念頭に置いた上で、社会通念上相当と認められる限度でこれを認容するとした判例があります(名古屋高判平成20年9月30日、交民『交通事故民事判例裁判集』41巻5号1186頁)。
したがって、かかる考え方によれば、治療費等の上限は犬の時価額には限定されない可能性があります。
■飼い主の責任の免除は認められ難い
なお、民法第718条第1項は、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、損害賠償責任を負わない旨規定しています。
相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと判示されておりますが(最判昭和37年2月1日、『最高裁判所判例集(民事判例集)』16巻2号143頁)、相当な注意義務をもって飼い犬を管理していたと飼い主の損害賠償責任を免除した裁判例は少なく、犬の噛みつきトラブルについては、ほとんどの場合、かかる責任の免除は認められ難いものと考えられます。
刑事上の責任
上記のとおり、犬は法律上「物」と扱われるため、飼い犬が他人の飼い犬に噛み付き怪我を負わせた場合に成立し得る刑法上の罪は器物損壊罪です。しかし、器物損壊罪は故意犯でしか罰せられないため、これが成立する可能性は低いです。
■人に後遺障害を負わせると1000万円以上の賠償になることも
2 他人に噛み付いてしまった場合
次に、散歩中に飼い犬が他人に噛み付き、怪我を負わせてしまった場合についてどのような法的責任を負う可能性があるか、以下概説します。
〔瓜上の責任
犬の飼い主は、飼い犬が他人に噛み付き損害を負わせた場合、上記の飼い犬同士の場合と同様、当該加害行為と相当因果関係が認められる範囲の損害を賠償する義務が発生します。
もっとも、ペットの場合と異なり(犬も盲導犬等特殊な場合にはこれが認められる可能性がありますが)、人に後遺障害を負わせてしまった場合には、1000万円を超える損害賠償義務が発生する可能性があります。
また、人の場合には、犬の場合と異なり、数百万円の慰謝料が発生することもあります。
例えば判例では、男性が飼い犬にふくらはぎを噛み付かれたことからPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとして、逸失利益として、約569万円、慰謝料として150万円の損害を認めています(名古屋地判平成14年9月11日、『判例タイムズ』1150号225頁)。
刑事上の責任
ペットが人に怪我を負わせてしまった場合には、刑法上、過失傷害罪、場合によっては重過失傷害罪が成立する可能性があります。
人に噛み付く癖がある、力のある大型犬である等の事情があり、ノーリードで飼い犬を散歩させたような場合には、重大な過失があるものとして重過失傷害罪が成立する可能性があります。
■東京都には「ペット条例」がある
条例について
地方自治体によっては、ペットが他人の生命、身体に害を与えるのを防止し、人とペットが共生するために、ペットに関する条例を設けている場合があります。
例えば、東京都では、「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」(以下「ペット条例」といいます)において、飼い犬が人の生命又は身体に危害を加えた場合には、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置をとるとともに、その事故及びその後の措置について、事故発生の時から24時間以内に、知事に届け出なければならないものとされております(ペット条例第29条第1項)。
そして、かかる届出を怠った場合又は虚偽の報告をした場合は、拘留又は科料に処せられる可能性があります(ペット条例第40条第1号)。
■「噛みついていない」けれど2000万円超えの損害賠償
3 噛みつかなかった場合でも多額の損害賠償責任が生じることも
損害賠償責任が生じてしまうのは噛み付き行為による場合には限られません。
例えば、犬とボール遊びをしていた際に、誤って犬が他人にぶつかって怪我を負わせてしまった場合でも損害賠償責任が生じる可能性があります。
実際に、公園でボール遊びをしていたゴールデンレトリーバーが女性の右下肢に衝突し、転倒させ、後遺障害10級の後遺障害を負わせてしまったことで、その飼い主は合計2000万円超えの損害賠償責任を負うこととなった判例があります(東京地判平成14年2月15日)。
また、リードを繋いでいたものの、飼い犬が突然前足を上げたことで、噛みつかれると誤解した女性が後ずさりして逃げようとして足がもつれ転倒し、その場に尻もちをつき、骨折してしまい、これにより糖尿病昏睡に陥り死亡してしまったという事件で、その飼い主は療養費や、慰謝料、葬儀費、弁護士費用の一部の賠償義務を負っています(松江地浜田支部判昭和48年9月28日『判例時報』721号88頁)。
■リードやしつけ、予防策が必須
4 飼い主としての責任と予防策
飼い犬が他人や他の犬に危害を加えないようにするためには、散歩中は常にリードを着け、飼い犬が他人や他の飼い犬に接触しないようにコントロールする必要があります。
また、基本的なしつけを行い、犬の行動を適切に管理し、また特に攻撃性のある犬には専門のトレーニングを受けさせることも重要です。
さらに、万一の事故に備えてペット保険に加入し、賠償金の支払いリスクを軽減すべきといえます。
5 まとめ
以上のように、飼い犬の散歩中に他人や他の飼い犬に噛みつきケガを負わせてしまった場合、多額の損害賠償責任を負う可能性があり、場合によっては刑事罰が科されることもあります。犬を飼っている方は、最低限のマナーとしてリード等で飼い犬が噛みつかないようしっかりと管理する必要があります。また、日頃からのしつけや適切な予防策を講じることで、トラブルを未然に防ぐことが重要です。
犬を飼うことは大きな責任を伴う行為であり、その責任を果たすためには、適切な知識と注意が必要です。犬の健康と安全、そして他人の安全を守るために、飼い主としての責任をしっかりと果たし、犬との共生を楽しむための環境を整えていく必要があります。
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尾又 比呂人(おまた・ひろと)
弁護士
東京都出身。2018年一橋大学法学部卒業。2020年一橋大学法科大学院卒業。同年司法試験合格後、2022年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。医療・薬機法務、Web3.0法務、ペット法務に特化し、コーポレート分野、M&Aを専門的に取り扱う。
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(弁護士 尾又 比呂人)