[画像] 楽天モバイル、競合も驚いた「契約数爆増」の深層


MNO契約回線数が700万を突破した楽天モバイル。驚異的なペースで契約数拡大を続けるが、競合キャリアからは、楽天からの顧客奪取は限定的との声が上がる(撮影:尾形文繁)

「『さすが三木谷さん』と正直、思っている。脅威か脅威じゃないかというと脅威だ。けれど、どこからそういう純増(の契約数)が湧いて出ているのか……」

楽天グループは8月9日、2024年1〜6月期決算の発表と併せて、モバイルのMNO契約(MVNE・BCPを除く)が8月7日時点で703万回線になったと明らかにした。過去最高を更新し、前年同期(477万回線)から約1年で200万超増えた計算となる。

携帯電話利用が広く浸透した国内の通信市場では、純粋な個人向け通信事業の成長が鈍化している。厳しい競争環境の中でも驚異的なペースで契約拡大を続ける楽天の奮闘ぶりに、ソフトバンクの宮川潤一社長は8月6日の決算会見の場で、冒頭のように驚きの言葉を口にした。

法人向けで楽天の強みを発揮

「他社に劣らない『質の向上』、わかりやすい『ワンプラン』、そして、楽天グループとしてのエコシステムの押し上げが大変大きいと思う」。8月9日にオンラインで開かれた楽天グループの決算会見で、回線数急増の要因を問われた三木谷浩史会長兼社長は、そう胸を張った。


楽天モバイルでは、2022年5月に当時の売りだった「月額0円」の料金体系廃止を表明後、一時的に契約回線数が減少した。しかし2023年に入って上昇に転じ、その後は右肩上がりが続いている。

牽引役とみられるのが、2023年1月に本格化させた法人向けの契約だ。90万社以上と取引がある楽天グループの顧客基盤を活用し、2024年3月時点で契約社数が1万社を突破。5.7万に上る楽天市場の出店店舗に向けた訴求も進める。

「インフレでコスト削減を進める企業が、携帯電話料金を抑える動きが顕著」(業界関係者)という状況において、競合他社と比べて価格面で優位性を持つとされる楽天の強みも発揮できているようだ。

一方、三木谷氏は決算会見で、「今四半期の契約回線数においてB2C(個人向け)が非常に増加している」とも強調した。

楽天は今年に入ってから、個人向けにさまざまな新施策を打ち出している。2月に家族で使うと料金が割引される「最強家族プログラム」を始めると、翌3月に22歳以下を対象にポイント還元する「最強青春プログラム」を投入。5月には12歳以下向けにポイントを優遇する「最強こどもプログラム」まで導入し、楽天社員が自身の子供たちと記者発表会に登壇してアピールした。

泥くさいドブ板営業で地道に顧客を開拓し、祖業の楽天市場を成功させたことでも知られる楽天。最近では、社員が配る名刺にポイント特典で楽天モバイルの利用を勧誘する広告が印刷されており、三木谷氏自身もX(旧ツイッター)で、トップセールスによりタクシー運転手に契約してもらったことを明らかにしている。まさに、「社員一丸」でのなりふり構わぬ営業が続く。

新規契約はどこから湧いているのか

飽和状態にある国内市場で楽天が躍進すれば、競合の3大キャリアはもろに煽りを食らうはず――。そう思いきや、意外にも現状は、楽天による顧客奪取は限定的との声が上がる。

ソフトバンクの宮川社長は冒頭の会見の場で、「当社への影響はほとんどない」と説明。KDDIの郄橋誠社長も8月2日の決算会見で、「われわれからの流出状況を見ていると、大きくは変化していない。そんな状況の中で、あれだけ短期間に数字が上がっているのは、本当は違和感がある」と言及した。NTTドコモの小林啓太副社長も同7日の決算説明会で、自社の格安プラン「ahamo」への影響について、「競争が激しくなっている認識はあるが、楽天からはそれほど取られている感じもない」と話した。

他社が抱く”違和感”の正体を読み解くヒントとなりそうなのが、楽天が公表した「MNP」(電話番号を変えずに携帯キャリアを乗り換えられる制度)での純増数だ。

楽天は2024年1〜6月の競合他社からの「MNP」によるB2Cの純増が、29.9万回線だったと明らかにした。この間のMNO全体の増加数は98万回線で、他社からの乗り換えは3割程度にとどまる計算となる。競合キャリアからすれば、この点が、楽天の急拡大に比して自社からの流出が少なく見える要因の1つといえそうだ。

では、残る7割の顧客はどこから楽天にやって来ているのか。

第1に挙げられるのが、法人だ。楽天は契約回線数の法人・個人別の内訳を開示していないが、「新規獲得は法人が個人を超えている」(通信業界関係者)といった見方が多い。先述のように、法人向けは独自の顧客基盤を使った販促活動により、他社が未開拓の領域へのリーチが推測できる。

一方、個人向けについては、「外部」からの新規契約が増えているとの指摘が出ている。

ある大手携帯販売代理店の関係者は「最近楽天の店舗はすごく業績が上がってきているが、日本にいる外国人の労働者や学生向け販売が多い。外国人の間では『(手続き面で)他キャリアに比べて外国人でも契約しやすい』との評判が立っているようで、口コミを通じて広がってきている」と明かす。楽天が社内公用語を英語にするなどグローバル志向が強い企業であることも、外国人から好感される理由とみられる。

新規ユーザーが定着するかは疑問も

法人から外国人まで――。他社が手をつけていない新たな市場開拓に成功しているようにも見えるが、急拡大している個人ユーザーが将来的に楽天に定着するかどうかは、見極めも必要だ。

KDDIの郄橋社長は自社からの流出について、「データ利用量の少ないSIM単体のユーザーの流動が、少し楽天のほうに出ている感じがする」と述べた。

SIM単体のユーザーとは、端末の購入を伴わない回線のみの契約者を指す。こうしたユーザーの一部は、MNPで短期間に会社の移行を繰り返すことで、端末購入時の割引やポイントなどキャリアが乗り換えを促すために用意したインセンティブを得ているとされる。特典を狙った短期的な乗り換え目的で、楽天と契約した個人契約者も多い可能性があるというわけだ。事業者にとって、特定キャリアに対するロイヤリティ(忠誠心)が低いユーザーは、長期的な収益貢献が期待しづらい。

近年はキャリア間の乗り換え障壁が低くなったことで、こうした動きが顕著になっており、MM総研の横田英明副所長は「iPhoneの発売時などに向けて、他の会社にMNPをして割安価格で購入する目的で、SIMのみ契約をしている人が多い。楽天の新規契約者のうち、どのくらいが(実際に継続利用する)アクティブユーザーか注目される」と指摘する。

楽天モバイルの矢澤俊介社長は決算会見で、「MNPも含めて乗り換えしやすくなっているので、SIM単体の(契約)傾向は増えている」と認めたうえで、「端末を含めたバンドル(抱き合わせの)契約もかなりボリュームがある。SIM単体のみが増えていることはまったくない」とも強調した。

一方、業績面に目を移すと、楽天のモバイル事業は依然として赤字が続く。2024年1〜6月期決算では、606億円の営業赤字(前年同期は824億円の赤字)だった。


楽天はモバイル事業について、2024年内にEBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)ベースで単月黒字化を目指している。キャリアの通信利用収入は、主に「契約回線数×ARPU(1ユーザー当たりの平均売上高)」で決まるとされる。会社側は、損益分岐点を超えるには、「MNO回線数=800万〜1000万回線」「ARPU=2500〜3000円」の双方の達成が必要だと見込む。

すでに700万を超えた回線数は年内の達成が十分視野に入るものの、課題はARPUだ。足元のARPUは2030円程度と、1年前と比べてほぼ同水準にとどまる。利用料が比較的少ないとされる法人向けが増えたことが一因とみられる。驚異的なペースで回線数が伸びているとはいえど、ARPUの急上昇が厳しい状況なのは間違いない。

決算資料から消えた“年内単月黒字化”

楽天自身も、目標達成の難しさを認識しているもようだ。今回の決算プレゼン資料からは、目標として掲げてきた「年内モバイル単月黒字化」への言及が消えた。

代わりに強調されたのが、楽天の「エコシステム」の利用も含めたARPUの指標だ。楽天モバイルを使うことで、グループのサービス利用に貢献した点などを加味した数字で見ると、ARPUが3000円を超えるとしている。

純粋なARPUベースで当初の目標達成にこだわるならば、実質的に値上げするような形で料金設定を見直すのが現実的な戦略に映る。ただ、7月にはソフトバンクが「楽天対抗」(宮川社長)として、オンライン専用ブランド「LINEMO」で、利用量に応じて2段階で料金が変わる新料金プランを投入するなど、業界内の競争はより激しさを増す。

三木谷氏は「単純な値上げというよりかは、より付加価値をつけたサービスを追加してARPUを上げていくのがまずやるべきことだ」と強調する一方で、「十分なマーケットシェアを獲得したうえで料金は考えていきたいが、事態は刻々と動いている。この辺はセンシティブな戦略なのですべて話すわけにはいかない」と、今後の戦略見直しには含みを持たせた。

足元では、さらなる攻勢を強めようと、6月からある「武器」を投入した。2023年10月に獲得した、つながりやすい周波数帯である「プラチナバンド」だ。「積極的にプラチナバンドの敷設をし、『最もつながる最強楽天モバイル』ということで取り組んでいく」(三木谷氏)。


楽天の三木谷氏は6月27日に開いた記者会見で、プラチナバンド開始を大々的にアピールした(記者撮影)

楽天は競合キャリアと比べた際の通信品質面での課題が指摘されてきた。悲願としてきたプラチナバンドをようやく手にして本格展開することで、さらなるユーザー数拡大に弾みをつけたい考えだ。

ただ、販促面では派手な仕掛けに乗り出しつつある一方で、6月の開始時に整備を発表したプラチナバンド向け基地局は1局のみだった。楽天が国に提出した基地局開設計画では、2033年度末までの設備投資額も544億円にとどまる。

猛アピールの割には投資が少ない?

MM総研の横田氏は「楽天の投資額を見ると、そこまでいきなりガラッとつながりやすさが変わるとは言えないと思う。もっとつながりやすくなれば、評価も上がってくるので、楽天もレピュテーションを守るためにしっかり(投資を)やっていかないといけないのではないか」と指摘する。

競合からも苦言を呈する声が上がる。KDDIの郄橋社長は「あれだけアピールされている割に、積極的に投資をされていない印象だ」と話す。ソフトバンクの宮川社長も「国から電波を割り当てられたMNOとして責務を果たすべく投資はしていただきたいが、今はさほど機能していない」と述べた。

「圧倒的な品質を実現すべく、地道な努力をやっていきたい」と強調する三木谷氏。プラチナバンドの整備加速でさらに品質を向上させ、ロイヤリティの高い顧客の拡大につなげられるのか。これから改めて、携帯キャリアとしての真価が問われることになりそうだ。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)