[画像] 「どうあるべきか」を追求し、価値を再定義する。SUBARUと小川秀樹氏のコネクティッド領域での挑戦

「自社の哲学と自分自身のスタンスにシンパシーを覚える。そんな会社で働けていることを大事にしたい」。自動車メーカーの株式会社SUBARUでCBPM(コネクティッドビジネスプランニング&マネジメント)主査 兼 技術本部高度統合システム主査を務める小川秀樹氏は、DIGIDAY[日本版]にそう語った。時代のトレンドに左右されるのではなく、まず「クルマとは、運転とは、自分自身とは」どうあるべきかを考えてクルマをつくることができているという。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回はSUBARUの小川秀樹氏に、現在の担当であるコネクティッド領域の可能性を聞いた。溢れてきたのは、新たな可能性の糸口、そして同氏とSUBARUの哲学における共通点だった。

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コネクティッド領域という新たな挑戦

DIGIDAY編集部(以下、DD):小川さんと言えば、データとデジタルを用いてSUBARUの社内イノベーションを作り出してきたイメージですが、この春からはコネクティッド領域の担当をしていると聞きました。小川秀樹(以下、小川):正確には、ソフトウェアが中心となった車とコネクティッドサービスのあいだに立ち、どういうデジタル化を行ってどういうビジネスを作っていくのかを考えていくというポジションです。コネクティッドカーの領域は依然として発展途上の段階で、無限の可能性を秘めていますから、やりがいはありますね。

小川 秀樹/コネクティッドビジネスプランニング&マネジメント 兼 技術本部高度統合システム 主査。スタートアップを経験後、SUBARUに入社。基幹システムのエンジニアからスタートし、同社内の部門横断でのデジタル施策、データ活用を進めた。2019年にはDXを担当するデジタルイノベーション推進部の立ち上げに従事し、現在はコネクティッド領域で新たなサービスのデザインを任される。4人の子どもを育てつつ、休日はつなぎを着て70年代のレトロ車をいじる日々。

DD:コネクティッドカーといえば、リモートでエアコンを付けられるとか、ナビが最新になるとか、そういったことができるんですよね?小川:そうですね。ただ、そういったいわゆる現代的に考えられる便利なシステムだけでよいのか、とも考えています。モノがインターネットに繋がるということが一体どういうことなのか? そこからスタートしなければいけないはずです。たとえば、携帯電話がインターネットに繋がったときはどうだったか。最初はeメールの確認や天気を知れる程度だったかもしれない。でも、いまはそのもっと先を行っている。クルマがインターネットに繋がるということは、そういった未来の可能性を秘めているんです。これだけの量の車が外には溢れていて、それがインターネットに繋がってさまざまな場所で動いている。そう考えると、想像がつかないことができるかもしれないと考えてしまいますね。DD:「クルマがインターネットに繋がる」ということを再定義していく、ということでしょうか?小川:はい。他社との差別化を得意とするSUBARUだからこそ、とくにこの領域でできることがあると思っていますし、他社にはない独自性をSUBARUのお客様も求めています。DD:具体的な構想はすでにあるのでしょうか?小川:これといったことはまだ言えませんが、いまあるクルマの仕組みはあくまでモビリティのマーケットに最適化された提案でしかありません。たとえばですが、クルマをパーソナルデバイスと定義した場合、モビリティのマーケットとはまた違ったマーケットになるかもしれませんよね。オープンイノベーションを活発に行い、もしかしたら新たなマーケットが創出する可能性すらあります。そうなった場合、マーケットの突破口を作れるのがSUBARUだと思うんです。

定義済なものを捉え直して「再定義」する

DD:なるほど。SUBARUだからこそ、新たな可能性を創出できるかもしれないと考えているわけですね。たとえば、小川さんが開発した「SUBAROAD(スバロード)*」も、SUBARUならではの独自性ある取り組みでした。*最短距離を案内するわけではない道案内アプリ。従来のカーナビでは出てこないドライブコースを提案し、ドライブの愉しさを提供する。小川:ナビの登場によって、地図を見なくなりましたし、道の覚え方も学ばなくなりました。移動の最適化という面では非常に便利になりましたが、地図を見ながら適当にドライブしているときのドキドキ感がなくなってしまったと考えると、もったいなさがありますよね。僕は、クルマはただの移動手段ではなく、(ファッションのように)自分を表現するものだと思っています。そうした「自分を表現するもの」に乗って、どこかに行くまでのプロセスをもっと楽しめるのではないか、と定義したのが「SUBAROAD」でした。普通、企業としては競合がいるなかで、より高性能なナビを開発することが大事なのかもしれません。でもSUBARUなら、そこばかりを追い求める仕事以外も受け入れてくれています。DD:確かに初めてクルマを手に入れたとき、「便利」と思う前に底しれぬワクワク感がありました。小川:そうでしょう。僕自身も18歳の車乗りたてのとき、意味もなくドライブする面白さを原体験として持っています。運転というのは無限の選択肢にあふれているはずなのに、ナビに従うことで、最初から自分自身で何も選択しなくなってしまっているんです。テクノロジーが進化すればするほど、さまざまなものが最適化されて効率重視になります。それはそれで機能的ではあるのですが、たとえば、SUBARUユーザーにヒアリングしてみても「ナビからわざと外れてドライブすることがある」「ただクルマを走らせてみてみたい」といった意見を持っているユーザーが多かったんですね。つまり、クルマでの移動=最短距離という定義済されたものを捉え直して、SUBAROADというドライブアプリで再定義してみたら、本来のクルマの面白さを引き出すことができたんです。

SUBARUの流儀と自分自身のやりがい

DD:そうした再定義がコネクティッド領域でもできる可能性がある、ということですね。小川:はい。その可能性はありますし、そうした視点で僕自身も考えていかねばと思っています。それに、独自性が強みという当社のポジションは、非常に有利です。SUBARUはもともと富士重工業という名前の会社で、同社の前身は中島飛行機という飛行機メーカーでした。飛行機だからこそ、乗せた従業員を絶対に無事に戻すというのが至上命題だったわけです。そうしたフィロソフィーが現在のSUBARUにも受け継がれていて、安全というのはもちろん、「強い意思」が中心となってクルマづくりが行われています。つまり、業界のトレンドに左右されるのではなく、「SUBARUとしてやるべきことは何か?」を一番に考えることができ、それが具現化して独自性を作り上げているんです。そういったスタンスに、僕自身も強いシンパシーを感じています。DD:SUBARUと小川さん自身に、共通の哲学があるのですね。小川:「どうあるべきか」を突き詰めてモノを作れるのは、素晴らしいことだと思うんですよね。結果、売れなくとも……とは言えませんが、SUBARUには「SUBARUで何ができるのか?」をひたすら追求する流儀がある。ここに当社の良さと、自分自身のやりがいが詰まっていると感じます。たとえば、当社の代表的な技術であるアイサイト(ステレオカメラを使った運動支援システム)は、限られた少ない技術者から始まり、その熱い想いとこだわりで、いまのSUBARUにとって欠かせない技術になりました。実現までの道のりは紆余曲折あり、苦労が絶えなかったと聞いていますが、安全性に関する素晴らしい技術で、技術者の熱意を会社側が受け入れた好例です。人のためになる可能性を持ったプロダクトに挑戦することを、SUBARUは否定しないと感じています。僕自身もそういう仕事がしたいですね。DD:社内イノベーションを次々に起こしてきた小川さんだからこそ、できることがありそうですね。小川:エンジニア、データアナリスト、マーケティングなどといった僕のこれまでの経験を活かすと、できそうな施策や技術の裏側のシステムやデータの流れを描けるんですね。ゆえに、表面的なアイデアに対してもバックエンドを想像し、実現性を評価することができます。これによって実現力を上げて実装までこぎつけることができているような気がしています。裏側を描けるからこそ、エンジニアリングのようなことができているのかしれません。システムが良いほうにいくよう、突き詰めて考えるのが好きなんです。DD:コネクティッド領域でも、イノベーションを期待しています。小川:ちゃんとお客様の元に届いて、お客様の課題を解決できるところまでが企画の責任だと思っています。アイデアは出すより実現のほうが難しい。そこを突き詰めていけば、コネクティッド領域においても、自分が何をすべきなのかという答えを見つけられそうです。Written by 島田涼平Photo by 三浦晃一