[画像] ゼネコン「転職するだけで年収200万円増」の衝撃


現場に限らず建設業界は人手不足。ゼネコンでは若者だけでなく中堅、ベテラン社員の転職ニーズも急増している(写真はイメージ、撮影:今井康一)

「最近は中堅や準大手ゼネコンからスーパーゼネコンに流入してくる人が多い。とくに現場監督が足りないので、一級建築士の資格を持っていたら歓迎される」。スーパーゼネコンのある中堅社員はこう語る。

中堅・準大手からスーパーゼネコンに向かう流れだけではない。「中堅から準大手への移籍を願望するケースが増えている」(準大手ゼネコンの幹部)。

ゼネコン業界で人材の流動化が活発となっている。コロナ禍が落ち着きだした2023年ごろから、いっそう増えてきた。

転職サービス「doda」を運営するパーソルキャリアの有泉玲児氏(建設業界担当)は、「現場監督の経験者を中心に転職を考える人が多くなっている。実際に転職するかどうかは別にして、相談いただくケースが増えている」と話す。

「華麗なる転職」が増えている

建設業は人手不足が深刻だ。だが、仕事がきついというイメージが浸透しているためか、若者の流入が少ない。今年4月からは時間外労働規制の適用も始まった。作業員に過度な残業を要求して工期を守る「お家芸」も通用しなくなったことで、人材は引く手あまただ。

建設業界は4重、5重もの多重下請け構造を形成している。その頂点に君臨するスーパーゼネコンに、下層の準大手・中堅ゼネコンから転職することは、これまであまりなかった。それが「華麗なる転身」のような転職が増えているという。

スーパーゼネコンの中堅社員が背景を説明してくれた。「建設の現場監督ならば、仕事の内容はどこに行っても同じようなもの。働く量も変わらない。それならば『転職して待遇を改善しよう』という考えになる」。

では待遇の中でも金銭面はどの程度変わるのか。

準大手ゼネコンに勤めていた30代の男性は、「スーパーゼネコンだと30代前半で年収900万〜1000万円に届く。準大手からスーパーゼネコンに転職するだけで、年収が200万円ぐらいアップするケースもある」と明かす。

下記の表を見てほしい。『会社四季報』のデータを基に主要大手の平均年収を並べたものだ。トップはスーパーゼネコンの鹿島で1177万円。準大手ゼネコンである安藤ハザマの963万円、中堅ゼネコンである大豊建設の807万円との差は歴然だ。


スーパーゼネコンではここ数年、人材の補充を狙って中堅・準大手ゼネコンよりもベースアップを積極化している会社もある。そういった賃上げ事情も転職ニーズ増加の背景にあるようだ。

給与面のステータスアップだけでなく、精神的な満足度を求めて転籍を希望するケースもある。準大手ゼネコンの幹部によると、次のような心理が働くようだ。

「技術者としてのやりがい」が動機に

「中堅ゼネコンだと、JV(共同企業体)としてスーパーゼネコンや準大手の下(サブ)に入ることがほとんど。サブは酷使されたり、会社の取り分(利益)が少なかったりする。建物ができあがったときの達成感も違う。スーパーや準大手に移ることで技術者としてのやりがいを得たい人は多い」

スーパーゼネコンや準大手側からすると、経験値の高い技術者の転籍は歓迎ムードだ。前出とは別の準大手ゼネコンのベテラン社員は話す。

「数年前、土木のベテラン技術者(当時40代)が中堅ゼネコンから当社に転職してきた。事前に相談があったので人事部にかけあったところ、即採用となった。特殊技術を持つ中堅ゼネコンの技術者となると現場では重宝される」

あらためて、建設業の転職の状況をつぶさに見てみよう。

転職サービス「doda」にゼネコンの従業員として登録した人の数は、2021年あたりからコロナ禍前の水準に回復し、2023年以降は一段と上昇している。

求人数となると、足元ではグンと増えていることが明白だ。とくに職人の囲い込みを急ぐハウスメーカーの求人の伸びが著しい。

パーソルキャリアによると、転職の理由は年齢層で異なる。

40代などはこれまで述べてきたようにキャリアアップを狙って転職する人たちが多いようだ。パーソルキャリアの元にも「『スーパーゼネコンに行けますか』『大きいプロジェクトを担当できますか』といった相談が増加している」と有泉氏は述べる。

かつて建設業では「転職は35歳が限界」との説が流布していた。ところが、ここ数年は「40代だけでなく50代の転職も『意外とできる』と捉える人が増えてきた」(有泉氏)。

ハウスメーカー大手の大和ハウス工業は、65歳の定年退職後に再雇用した社員の月給を最大35万円としている。定年後を見据えて、こういった再雇用の待遇が厚い会社へ、40代や50代のうちに転職する事例もあるようだ。


若手は切実な事情で辞める人も

一方で、20代や30代が重視しているのは働き方のようだ。

建設現場では、工期の終盤に残業時間が月100時間を超えることはザラにある。休みも少なくて、終電で帰るような毎日。そのため、「追い込まれて悲痛な思いで、『身の振り方を考えたい』と相談してこられる方もいる」(有泉氏)という。建築分野では、デベロッパーや不動産管理会社に転籍するケースが多い。

ある30代女性はマリコン大手で現場監督を務めていたが、2年前に異業種の会社へ転職した。女性は若者の転職が増えている背景として、退職金の多寡を指摘する。

「私が前職を辞めたとき、退職金は100万円ぐらいだった。どうせ退職金も少ないので、縛られるものがない若い人のほうが辞めやすいのではないか」

女性の同期社員は40人ぐらいいたが、その半分はすでに辞めているという。土木系の技術者が大半のため、「東京都などの自治体に転職した人が多い」と話す。

建設業界の人材流動が活発化することは、働く人の多様性が増すという意味で業界の底上げにつながる。だが、規模の大きくないゼネコンからの流出が増えるだけの偏った流動化になると、人手不足倒産に追い込まれる中堅ゼネコンが続出しかねない。その点は注視する必要がある。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)