[画像] 今も要注意「熱中症に扇風機が危険」という"衝撃"


湿度が高い今の時期も気をつけたい熱中症、アメリカの医学誌に報告された研究では、扇風機が熱中症のリスクである可能性が示唆されています(写真:nonnomunomu/PIXTA)

日本各地で梅雨入りが宣言され、沖縄では6月20日に梅雨が明けた。夏は目の前だ。

昨夏は、1898年の統計開始以来、最も暑い夏だった。

エルニーニョ現象収束で猛暑に

6〜8月の気温は、過去30年間(1991〜2020年)の平均より1.76℃高く、それまで最高だった2010年を上回った。東京では「救急車ひっ迫アラート」が初めて発令されるなど、熱中症患者が急増した。

今年は、さらに暑くなりそうだ。それは、2023年春から続いていたエルニーニョ現象が終息したからだ。

エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の東側海面水温が異常に高くなる現象だ。終息すると、太平洋高気圧の張り出しが強まり、その縁を回って暖かく湿った空気が流れ込みやくなるため、日本は猛暑となりがちだ。

エルニーニョ現象は、これまで2〜7年ごとに発生している。前回終息したのは2010年、2018年。いずれも猛暑だった。2010年の夏が、当時の観測史上もっとも暑い夏だったことは前述した。

今夏、どうやって猛暑からわが身を守るか、本気で考えねばならない。

研究で判明、熱中症の新たなリスク

熱中症患者の大部分は、都市部に住む高齢者だ。エアコンを使用しない人や、認知障害でセルフケアが困難な人がなりやすい。若年者であっても、心臓病や呼吸器の病気などの持病がある人や、社会的に孤立している人はリスクが高い。

地球温暖化が世界的問題となり、熱中症の研究も加速している。6月11日、カナダのモントリオール大学の研究グループが、権威ある『アメリカ内科学会誌』に発表した研究は興味深い。

彼らは、平均年齢28歳の若い成人20人、平均年齢67歳の健康な高齢者21人、冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症、不整脈など)がある平均年齢70歳の高齢者20人を対象に、暑さが冠動脈(心臓の血管)の血流に与える影響を評価した。

いずれのグループでも、体温の上昇とともに冠動脈の血流は増加したが、その反応性は3グループで異なった。

深部体温が1.5℃上昇すると、血流はそれぞれ2.08倍、1.79倍、1.64倍となった。加齢とともに反応性は低下し、その傾向は冠動脈疾患がある高齢者で顕著だった。

特記すべきは、冠動脈疾患を患う高齢者20人中7人(35%)に画像検査で心筋虚血が確認されたことだ。心筋虚血とは、心臓の筋肉に十分な血液が供給されず、酸素不足に陥ることをいう。

体温の上昇とともに心筋の酸素の需要は高まるが、冠動脈の機能が低下しているため、十分な量を供給できないのだろう。いずれも無症状だったが、心筋虚血は心不全や不整脈などによる突然死のリスクを高める。このような高齢者への暑さ対策は重要だ。

『アメリカ内科学会誌』は内科の専門誌で、高血圧や糖尿病などの内科系の病気の臨床研究を掲載している。ところが、今回の研究テーマは暑熱に対する冠動脈の反応で、内科よりも生理学の実験に近い。

『アメリカ内科学会誌』の編集部が、会員である内科医にとって重要なテーマと考えたからこそ、これから暑さ対策が重要になるこの時期に、論文を掲載したのだ。

話を熱中症予防に戻そう。

まずやるべきは、猛暑の日中の屋外作業を避けることだ。この点については議論の余地がないだろう。

暑さの回避以外に、アメリカ家庭医学会(AAFP)が推奨する熱中症対策は、「十分な水分を摂ること」と、「熱がこもりにくい、ゆったりとした軽い服を着用すること」、そして「運動レベルの監視」だ。

前者の2つはいうまでもないだろう。

日本医師会は、熱中症を予防するため、1日2リットルの水分を補給することを推奨している。

カフェインを含まないものが望ましく、発汗が多い際には塩分の補充も重要だ。厚労省は、労作時(体を動かしているとき)には、0.1〜0.2%の食塩水、あるいはスポーツドリンクを20〜30分ごとにコップ1杯飲むように勧めている。

衣服については、吸水性と通気性が大切だ。綿・麻・ポリエステルなどの素材が好ましいとされている。詳しくは、衣料品店のスタッフにお聞きいただきたい。

3つめは、あまり聞き慣れないだろうが、夏場の暑い盛りに運動するのなら、少なくとも3〜4日間は環境に慣れるように準備し、ゆっくりと負荷を増やすべきという意味だ。

運動部の夏合宿などで、最初からハードな練習をした場合に、熱中症に陥りやすい。指導者は、この可能性を認識すべきである。

高齢者は「暑さ」を感じにくい?

このような対策に加えて、日本の夏に必須なのはクーラーの使用だ。設定温度は個人差があるだろうが、28℃以下が望ましい。

ところが、高齢者の中には、クーラーを嫌う人が少なくない。

やや古いが、みずほ情報総研が2014年に実施した東京電力管内に住むおよそ960人を対象とした調査によると、エアコンを使わない人の割合は20代が18%、30〜50代が30%前後であるのに対し、60代で35%、70代では39%だった。


熱中症と扇風機の関係とは?(写真:robbie/PIXTA)

節電意識に加え、加齢とともに体温調整機能や温度を感じる機能が低下するため高温になっても気づかず、加えて エアコンをかけっぱなしにすると体が冷え切って、不快感を抱くからと考えられている。

少なからぬ高齢者はクーラーを使わず、扇風機に頼るが、その扇風機は決して安全とはいえない、ということがわかった。

もっとも信頼性の高い医療情報を提供している「コクランレビュー」によると、「扇風機の使用は、『熱波中』に健康に与える影響について、一貫した結論が出ていません。特に気温が35℃を超えると、扇風機は脱水を促進し、逆に体温を上昇させる可能性がある」と記されている。

熱波中とは、真夏に猛暑日(最高気温35度以上の日)が続くことをいう。

昨夏、東京の猛暑日は22日を数え、観測史上最多だった。東京に熱波が襲っていたことになるが、このことはほとんど社会で議論されなかった。

コクランレビューとは、医療分野の研究を体系的に評価し、エビデンスに基づく結論を提供する組織だ。そこに記載されている内容は、世界中の医師が信頼し、日常診療で参考にしている。

扇風機が熱中症リスクを高める理由

なぜ、扇風機が熱中症のリスクを高めるのか。

2016年9月、テキサス州の医師たちが、アメリカ医師会誌『JAMA』に発表した研究が興味深い。

この研究では、平均年齢68歳の高齢者9人を対象に、男性はショートパンツ、女性はショートパンツとスポーツブラの格好になって、42℃に設定された室内で座ってもらった。湿度は30%で30分、その後5分ごとに2%ずつ最高70%まで上昇させた。

これを扇風機あり・なしの場合に分けて繰り返し、深部体温や心拍数などを記録した。扇風機は16インチのものを、被験者から1メートルの距離に置いた。

結果は意外だった。扇風機を用いたほうが心拍数、深部温度ともに上昇し、その差は統計的にみても有意差があった。

このような結果になったのは、体温を超えた室内の空気を、扇風機が継続的に送り続けるからだろう。夏場にクーラーを使わなければ、室内の温度は容易に体温を超える。このような環境下で、クーラーなしで扇風機を使えば、命を危険にさらすことになる。

ただ、これは若年者では状況は異なるようだ。

2015年2月にカナダの医師たちが『JAMA』に報告した研究では、平均年齢23歳の若年者で扇風機の熱中症予防効果を検証したが、扇風機にあたったほうが深部体温は低下していた。

これは発汗能力の差による。若年者では、熱風を吹き付けられても、扇風機が体表周囲の湿った空気を吹き飛ばすことで発汗を増やし、体温を低下させるのだろう。

扇風機との付き合い方も、年齢によって、こんなに違ってくる。

猛暑の際、高齢者がエアコンを避け、扇風機に頼ることは熱中症のリスクを高めることを認識すべきだ。高齢者がエアコンを気兼ねなく使えるように電気代への配慮は必要だし、また高齢者が不快感を覚えないエアコンの開発も必要だ。

(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)