「オニイサ〜〜ン。安くて、可愛いコがたくさんいるヨ〜〜」

そんな甘言に釣られると、取り返しのつかない目に遭(あ)うかもしれない。

横浜市内の歓楽街のスナックなどで、泥酔した客が従業員に連れられ、ATMで多額の現金を引き出され、盗まれる被害が続発している。悪質なのはその手口だ。客引きに誘われ店に入ると、キャストがアルコール度数を偽り、90度もある酒を一気飲みさせてくる。客はすぐに意識を失い、カネを盗られてしまう。地元警察は高濃度の酒を飲ませて一瞬で酩酊させる手口から「ノックダウン窃盗」と呼び、警戒を強めている。

本当にそんな悪辣(あくらつ)な犯罪がはびこっているのか――。2月下旬の週末、被害報告の多い歓楽街のある福富町を歩いた。

300m四方の区画に、200店を超える飲食店やスナック、風俗店が密集している。歩いていると、至るところに二人組の外国人女性が立っている。全員がニット帽にダウンコート、ジーンズと同じ格好だ。界隈では「パイラー」と呼ばれている客引きである。水先案内人の意味を持つ英語の「パイロット」が語源だという。

「3000〜4000円で飲めますヨ」

「中国、韓国、フィリピン、ロシア。可愛い女の子がたくさんいます〜〜」

目抜き通りに着くと、パイラーの数も増加する。誘われるまま一軒のスナックに入店。隣に付いた妙齢の中国人キャストに「福富町は初めてだ」と話すと、すぐに追加で二人の中国人女性が現れた。

3人の美女に囲まれ、いよいよ乾杯へ。注がれた酒を恐る恐る口へ運ぶと……。普通の水割りの味がした。どうやら悪質店ではないようだ。

「そんな怖がらないでヨ。ウチはぼったくりじゃないわ(笑)。私も含めて、永住ビザが取れると強制送還が怖くなっちゃうの。だから逆に日本に来て日が浅いコが多い店は要注意ネ。最近は濃〜〜い酒を飲ませてお客さんを酔わせて、カネを盗る店も多いから。ヒドい店に行くと、ケツの毛までむしり取られるヨ」

聞くと、酔って正常な判断ができない時に、「払わないと警察を呼ぶ」と脅したり、逆に「ATMまで一緒に行ってあげるから」と寄り添うそぶりを見せたりして、言葉巧みにカネを引き出させるという。別の女性は、実際に知人がノックダウン窃盗の被害に遭ったと語る。

「私がいなかったとき、別の店に行ったらATMで計90万円も盗られたらしい。ほかにも60万円の時計と、カバンに入っていた現金50万を盗られた人もいる。どっちもやられた時は記憶がなかったそう」

深夜2時、店を出ると近くの道端に一人の若い男性が座り込んでいた。見るからに酔っぱらっている。そんな男性に近づく人影……。パイラーの外国人女性が声を掛けた。半ば強引に男性と腕を組むと、二人は夜の街へと消えていった。

「億単位の被害が出ている」

ノックダウン窃盗の被害は数年前から続発している。神奈川県警によると、’22年の1年間で約150人から総額約7500万円の被害相談があった。新型コロナが5類に移行した昨年は、被害者数が約250人となり被害額は倍の約1億5000万円へと急増。だが、警察当局の幹部は「現場の感覚では被害者数、被害額はさらに倍にのぼるはずだ」と推測する。

「被害は届け出があり、警察が把握できた分だけ。泣き寝入りして相談をあきらめた人はかなり多いはず。実感として、去年だけで被害者は500人前後、被害額は3億円に達すると考えています」

当然だが、これらの行為は窃盗罪に該当する。ほかにもクレジットカードを取り上げて勝手に決済する手口もあるが、この場合は詐欺罪に問われる。どちらも犯罪行為だ。

「福富町界隈のコンビニはこうした被害が多発しているため張り込みなど警戒を強化しています。しかし、ぼったくり店側はその対策か、狙った客を車に乗せて、近くのみなとみらい21地区のコンビニまで連れて行き、カネを下ろさせることもあるようです」(同前)

実際に被害に遭ったビジネスマンの話を紹介しよう。昨秋、出張で横浜を訪れた際、仕事相手と2軒ハシゴした後、「せっかく横浜に来たから、もう少し飲むか」と日付が変わるころに一人で3軒目を探していたところで、客引きに店に連れ込まれた。

「酩酊して、ホテルのベッドで目が覚めたら10万円近く入っていた財布の中身がすべて抜かれていた。最初は『これも飲み過ぎた授業料なのかな』と自分を納得させようとしました。でも後日、銀行口座から計100万円以上が引き出されていたことがわかり、クレジットカード会社からも100万円の請求がきた。あまりの出来事に、今でも怒りが収まりません」

このビジネスマンはすぐに警察に被害を訴えた。しかし、まだ店舗の摘発には至っていない。というのも物的証拠が存在しないのだ。たとえばぼったくり店の店員自らがATMを操作する様子が記録された防犯カメラ映像などがない限り、罪には問えない場合が多いという。また、クレジットカードの不正利用についても、飲食代の精算ととらえられてしまうため、事件化は意外に困難だという。

取り締まりが進まないなか、被害は今後も増加することが予想される。自分の身を守るのは、最後は自分自身なのだ。

『FRIDAY』2024年3月22日号より

取材・文:尾島正洋(ノンフィクション作家)+本誌取材班