ASF株式会社が送り出す電気自動車の軽商用車、ASF2.0(筆者撮影)

日本初といわれるEVベンチャーの製品が、路上を走り出している。ジャパンモビリティショー2023への出展でも話題を呼んだ、ASF社(本社・東京都千代田区)の「ASF2.0」だ。

興味深いのは、そのプロダクトのありかた。実に現実主義的なアプローチで、製品が生み出されている。「作ってから市場を探す」のでなく、「市場ありき」で企画・開発・製造されているのだ。

ASF2.0の成り立ちを簡単に言うと、バッテリーで走る軽ワンボックス。日本で企画され、価格優位性などを重視して中国で生産される“ガイシャ”である。

おもしろいのは、製品誕生にいたる物語がちゃんと存在していること。


これまでの軽ワンボックスには見られないデザインテイストも特徴(写真:ASF)

飯塚裕泰代表取締役社長は、ヤマダデンキ(当時はヤマダ電機)出身。ヤマダデンキは当時からBEV(バッテリー駆動のEV)を「21世紀の新しい家電」として、ビジネスのひとつの柱に据える計画をあたためていた。

実際に三菱自動車との協業が進み、現在はヤマダデンキの法人営業部が三菱自のBEVを取り扱って、販売から充電設備設置、車両メインテナンスなど「EVのワンストップサービス」(ヤマダデンキのプレスリリース)を目指している。

そこにいたる中で飯塚氏はBEV開発の道を探り、その将来性ゆえ、自らベンチャーを立ち上げることにしたのだという。ASF社は2020年に設立され、(そこからものすごく話を端折ると)2023年に今回のプロダクトが世に出たのだった。

開発や生産は中国の五菱(ウーリン)

ASF社は、いわゆるファブレスメーカー(自社で生産設備を持たない企業)だ。ASF2.0の開発から生産まで担当するのは、中国の五菱(Wuling=ウーリン)。もう少し厳密に言うと、上汽通用五菱汽車(SAIC-GM-Wuling Automobile)だ。

五菱は、1980年代に三菱自の軽商用車をノックダウン生産していた会社なので、ASF社の経営陣とは気心の知れた関係なのかもしれない。

そのASF2.0、私はほとんど予備知識なしで試乗した。全長3395mm×全幅1475mm×全高1950mmの外寸は、たとえば三菱「ミニキャブ バン」と比較すると全長と全幅は同一で、全高が55mm高い。どこから見ても、街中で見かける軽ワンボックス(黄色いナンバープレートだし)。

ただ、グリル開口部を(あえて?)小さく見せるなど、デザイン的には手が入っている。充電ソケット用のリッドがあるのもフロントだし、LEDを使った灯火類なども、そう意識してみればEV的というべきか、新しさを感じさせる意匠といえる。


インテリアはごく一般的で、エアコンはもちろん、パワーウィンドウやシートヒーターもつく(筆者撮影)

運転席まわりはEV的ではない。というか、いたって普通。軽ワンボックスに慣れている人なら、まったく違和感なく操縦できるだろう。センターディスプレイは、GoogleのAndroid OSで動いている。ただし、発語によって各種操作ができるような機能はない。

いい意味での“普通さ”は、2つ並んだフロントシートの背後、つまり荷室部分についてもいえる。実用性が高いのだ。荷室にはビールケースなら33ケース、みかん箱なら68箱、搭載できるそうだ。


リヤタイヤの張り出しもなく、フラットなフロアで良好な積載性を実現(筆者撮影)

大きなテールゲートを開くと、開口部の高さは1150mm、幅は1160mm。スライドドアを開いたときの開口部幅は750mm。荷室床面の地上高は、床下に駆動用バッテリーを搭載しているものの、660mmに抑えられているし、フロアはフルフラットなので使い勝手はよさそう。

マツキヨ、佐川、オートバックスが導入

契約大手として、「マツキヨココカラ&カンパニーや佐川急便がある」とASFの広報担当者は教えてくれた。配送で使われているため、街中で見たことがある人もいるだろう。

東京ではほかに、オートバックスセブン(東京都江東区)などのサービス拠点で使われる。

なお、オートバックスセブンは2023年12月にASF社への出資も発表。「当社は新興EVメーカーにとって車両販売後のアフターサポート網構築が参入障壁となっていると捉えています」とプレスリリースに記したうえで「国内EV市場の活性化と、EV普及の促進に寄与してまいります」としている。

ASF2.0を実際にドライブした印象を端的に表現すると、「ふつう」かつ「静か」。EVだから当然だが、軽自動車にありがちな大きな機械音(エンジン音やトランスミッションからの音)がないのはメリットだ。

発進はすっと気持ちよく出ていく。市街地での配送ではたしかによさそう。30kWhの駆動用バッテリーは、一充電走行可能距離が209kmと発表されているので、配送拠点から近隣へのデリバリーに使うなら問題なさそうだ。


車線逸脱警報機能やASF開発の自走事故防止機能など安全機能も充実している(筆者撮影)

自動車専用道で試乗したときは、中間加速性能は「やや難あり」と感じた。バッテリー残量を確保するのと、少々ペースの速い交通の流れに乗るのとは、相反する。

バッテリー残量を気にして床までアクセルペダルを踏みこまないように走っていると、時速70kmがせいぜい。速度違反に問われることもない代わりに、ガソリンエンジンの軽商用車にもすいすいと抜かれてしまった。

ASFの「異様さ」が当たり前になる日

私がASF2.0に乗ったのは、JAIA(日本自動車輸入組合)開催の試乗会。JAIAは正規輸入車の日本法人、ほぼすべてが加入している団体で、加入社のプロダクトを集めてジャーナリストに試乗させるというイベントである。

テスラ「モデルY」もあれば、BMW「i5」やメルセデス・ベンツ「EQE」、さらに、フォルクスワーゲン「ID.4」やボルボ「C40 Recharge」、はたまたヒョンデ「コナ」やBYD「ドルフィン」など、“そうそうたる”と言いたくなる最新のBEVが並ぶ。

そのなかで、軽商用車のASF2.0は、はっきりいって異色。多くのジャーナリストが「ちょっと異様な光景」と評していた。


筆者が以前、試乗したBYDドルフィン(筆者撮影)

EVベンチャーというと、「なにか目新しいことをやってくれるのではないか」と、(あらぬ)期待をしがちだけれど、しっかりとビジネスを考えて乗り出したASF社の方針は、しかし「しごくまっとう」といえるもの。

冒頭で触れたとおり、ASF社は日本の企業だが、ファブレスというビジネスの方針も、いろいろな面で小回りが利いて、やりやすいだろう。なので、「異様さ」が感じられたとしても、近い将来「当たり前」になるかもしれない。


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ASF2.0の価格は、260万7000円。当初は「100万円台のクルマを作りたい」というASF社の飯塚社長の発言が報道されていたが、さすがにそれは無理だったようだ(もちろん、今後はわからないけれど)。

一般への販売は当面はなく、「リース販売のみ」とASF社ではしている。一般販売はないとはいえ、スズキやダイハツは、うかうかしていられなさそうだ。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)