キリンは「免疫ケア」を打ち出してきたが体脂肪低減機能をうたう「ヘルシア」も加わった(記者撮影)

「ヘルシアは、お客様との接点を持つ非常に大事な事業だった。しかし、われわれで飲料事業を成長させることが難しいと判断した」

花王の長谷部佳宏社長は2月7日、決算会見でこう語った。同月1日に花王は、茶系飲料「ヘルシア」ブランドをキリンホールディングス(以下、キリン)傘下のキリンビバレッジに売却すると発表。8月以降はキリンビバレッジがヘルシアの製造・販売を行うことになる。

ヘルシアは、茶系飲料として初めて体脂肪低減機能をうたった特定保健用食品(トクホ)として2003年に発売された。国から個別に認定の許可を得る必要があるトクホは、販売にたどり着くまでの難易度が高い。それでも1990年代から脂質代謝の研究を続けてきた花王は、この認可をいち早く取得。茶系飲料系では初のトクホとして、発売時は話題をさらった。

30〜50代男性を中心に支持を集め、発売初年度の売上高200億円と大ヒット。その後、2023年までに累計約31億本を売り上げた。花王が得意とする研究開発がヒット商品に結びついた成功事例だった。

飲料分野のシェアはわずか

しかしその後、各社がトクホ商品を次々と投入し、2015年にはトクホよりも参入障壁が低い「機能性表示食品」の制度が開始。健康関連の食品が増加し、事業環境は厳しさを増していった。

洗剤や生理用品などで高いシェアを誇る花王だが、飲料分野のシェアはごくわずか。コンビニやスーパーでの棚取りでは、飲料メーカーが競合となる。大和証券の広住勝朗シニアアナリストは、「ヘルシア事業の年間売り上げはピーク時に300億円あったものの、直近では数十億円に縮小し、利益に至っては営業赤字に転落していた」と推測する。

花王の中期戦略において、ヘルシアは直近まで重要な立ち位置を担っていた。

今から3年前、2021年1月の社長就任時に長谷部佳宏社長は、2025年までの中期経営計画で「アナザー花王」という新構想を掲げた。「生命を守る事業」というコンセプトで「ライフケア事業」を新設。ヘルシアはこの事業に組み込まれ、「生活習慣病予防など、人の健康・命を守るための活動に取り組んでいるブランド」と、これまでの日用品事業とは別軸に位置付けられた。

しかしライフケア事業は、直近の2023年12月期で売上高563億円、営業赤字53億円に沈む。長谷部社長は「アナザー花王の中核は、他社と協力しながら研究資産を増やして拡大していくこと。ライフケア事業は今後も成長するべく舵を切っていく」と説明。研究開発などの費用先行が続く中、知名度は高いものの採算が悪化しているヘルシア事業は売却対象となった。

最高益から一転、4期連続減益

花王は2019年度まで7期連続の営業最高益を更新していたが一転、2020年度から4期連続減益と苦しい状況に置かれている。2019年度に2117億円あった営業利益は、2022年度に1100億円まで縮小。原材料高騰による主力の衣料用洗剤の採算悪化や、インバウンド需要の剥落で紙おむつの販売数量が激減するなどの要因が重なった。

2023年度は構造改革費用として547億円を計上した影響で、営業利益は前期比45.5%減の600億円で着地した。業績の立て直しに向けて、早期退職などの人材関連費用で150億円計上したほか、昨年8月に紙おむつ「メリーズ」の中国生産撤退を発表。中価格帯メイク「オーブ」は今年8月末に販売終了と、人員体制や事業、ブランドの再構築を進めている最中だ。今回のヘルシアも構造改革の一環となる。

花王の看板がなくなるヘルシアは今後、どうなるのか。キリンは今回の買収によって「ヘルスサイエンス(健康関連)領域の強化・拡大をさらに進め、高収益化を目指す」と狙いを語る。


キリンの緑茶ブランド「生茶」は2023年に2780万ケース(出荷ベース)を売り上げたが、緑茶市場でシェアは長年4位。伊藤園「お〜いお茶」、サントリー「伊右衛門」、コカ・コーラ「綾鷹」の後塵を拝す。飲料市場全体では、2022年のキリンビバレッジのシェアは5位となっている(いずれも飲料総研調べ)。

国内の人口減で飲料市場の大きな成長が望めない中、キリンは商品の付加価値化で単価上昇を進めている。2019年には免疫維持のサポートをうたう独自素材「プラズマ乳酸菌」を主力に据えた「ヘルスサイエンス」事業がグループ横断で立ち上がり、キリンビバレッジが牽引してきた。

「iMUSE(イミューズ)」や「おいしい免疫ケア」、プラズマ乳酸菌入り生茶の商品などを続々と発売しており、機能性表示食品はキリンビバレッジで11商品、グループ全体で36商品にのぼる(2023年12月末時点)。2024年度にはヘルスサイエンスを黒字化させる計画を掲げる。

2022年から2社でコラボしていた

これまでキリンは「免疫」を強く押し出してきたが、ヘルシア買収で「内臓脂肪」への効果もうたうことができるようになる。「大きな社会課題である“体脂肪・内臓脂肪”領域へチャレンジしていく」(キリン)と意欲的だ。茶系飲料の中で高価格帯に位置するヘルシアブランドは、キリンの戦略とも合致する。

キリンはスーパーやコンビニの販路に加え、全国に約18万台の自販機を持つ。ヘルシア緑茶の年間販売数量が180万ケース(2023年、飲料総研調べ)に留まる中、まずは販売面での相乗効果から見込めそうだ。

花王とキリンの両社は、2022年から免疫機能と内臓脂肪との関連について共同研究を実施している。キリンはヘルシアとコラボし、昨年11月には「免疫ケア・内臓脂肪ダウン」をうたうサプリメントを販売。翌12月には、花王がプラズマ乳酸菌を入れたヘルシアを発売していた。機能性表示食品市場では、1つの商品で複数の機能をうたう「マルチヘルスクレーム」で差別化する商品が増えている。

ヘルシアブランドはキリンビバレッジに限らず、グループ全体で活用を検討する方針だ。発売21年目を迎えた元祖トクホ茶が、花王からキリンへ看板を変えて再び輝けるのか。8月から再スタートを切ることになる。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)
(田口 遥 : 東洋経済 記者)