盛んに行われてきた、AIが労働市場に及ぼす影響の研究。生成AIの登場によって、結論はどう変化するのだろうか(写真:jessie/PIXTA)

「AI(人工知能)によって人間の仕事はどの程度代替可能なのか?」

ディープラーニング(深層学習)の登場で第3次AIブームが起こってからこれまで、AIが労働市場に及ぼす影響を分析する研究は盛んに行われてきた。

野村総合研究所も2015年12月に、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究で「10〜20年後に日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能である」という推計結果を公表している。では、ChatGPTに代表される生成AIの登場によって、こうした結論は変化するのだろうか──。

野村総研プリンシパル・アナリストの城田真琴氏は、新刊『ChatGPT資本主義』で、生成AIがビジネスをどう変えるかについてさまざまな視点から迫っている。業界によってはすでに株価が大幅に下落したり、AIが代替可能な職種の採用を停止したりするなど、深刻な影響も出始めているという。

オープンAIとアメリカの大学の注目すべき論文


ChatGPTに代表される、さまざまなタスクをこなす大規模言語モデルの登場によって、労働市場にはどういった影響を及ぼすのか。欧米では早くもさまざまな研究論文が公開されている。

代表的なのは、ChatGPTを開発したオープンAIとアメリカのペンシルベニア大学の研究者らが、アメリカの労働市場に及ぼす影響をまとめた「GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models(GPTはGPTである:大規模言語モデルの労働市場への潜在的な影響についての初期研究)」だ。

この論文で一番注目したいのは、「高賃金の職種が多くの影響を受ける」、そして「就業の障壁が高い職業ほど影響が大きい」としている点だ。

就業の障壁とは、職業に必要な教育レベル、必要な経験の量、オン・ザ・ジョブトレーニングの必要性の程度などのことである。

業界別でも、データ処理、情報サービス、証券・保険、出版業界が「影響大」、職業としては数学者、税理士、金融クオンツアナリスト、Web・デジタルインターフェースデザイナー、会計士・監査役、報道アナリスト・レポーター・ジャーナリスト、法務秘書・事務補佐、臨床データ管理者、気候変動政策アナリストなどが「影響大」としている。

これまでの研究は、「ルーチン化された反復的なタスクに従事する労働者(≒低賃金で就業難易度が低い)に及ぼす影響が大きい」というものが多かったので、まさに真逆の結果といっていい。

3億人分の仕事が自動化される?

生成AIが労働市場に与えるインパクトについて分析した研究としては、ゴールドマン・サックスが今年3月末に公開した「The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth(経済成長に対するAIの潜在的に大きな影響)」という調査レポートも注目を集めている。

このレポートでは、生成AIは労働生産性の向上を実現し、10年間で世界のGDPを7%、または7兆ドル増加させる可能性があるとしている。一方で、アメリカと欧州の職業分類に関するデータを使用して分析した結果、生成AIは現在の仕事の最大4分の1を代替できると推計し、それを全世界に拡大して考えると、3億人相当のフルタイム労働者の仕事が自動化されると指摘している。

とくに影響が大きい職種としては、事務/管理サポート、法律関係、建築/エンジニアリングを挙げ、反対に建物や敷地の清掃/メンテナンスなど肉体労働系の職種は影響が小さいとしている。

アメリカでは、教育産業で早くもその影響が表れている。

2006年に設立され、アメリカのカリフォルニア州サンタクララに本拠を置く教育テクノロジー企業Chegg(チェグ)は、2023年5月1日に行われた決算説明で同社CEOが「ChatGPTの登場によって新規顧客の獲得に影響が出ている」と発言したことから、株価が一時約48%も下落した。

チェグは月額15.95ドルからのサブスクリプション形式で、オンライン教育や学習支援サービスを提供している。2021年には『フォーブス』誌の「アメリカで最も価値のある教育テクノロジー企業」にも選出されている。

しかし、これまで高いお金を払って塾で教えてもらっていた問題の解き方をChatGPTは無料かつ24時間いつでも教えてくれる。こうなると、塾や家庭教師、あるいは通信教育などは明らかに不利である。

チェグも手をこまぬいているわけではない。オープンAIと共同開発でGPT-4を組み込んだ「CheggMate(チェグメイト)」という新サービスを発表し、学習状況に合わせてパーソナライズしたテストやサポートの提供を開始した。しかし、同社の株価は依然として低迷している。

7800ものポジションが「採用一時停止」に

事務や管理系タスクが生成AIの影響を受けやすいというゴールドマン・サックスのレポートを裏づけるように、早くもそうした業務に携わる人員の採用停止に踏み切る企業も出てきている。

今年5月、自らもAIの開発を進めているアメリカIBMのアーヴィンド・クリシュナCEOは、時間の経過とともにAIに取って代わられる可能性のある約7800のポジションの採用を一時停止する計画を明らかにした。

クリシュナCEOは人事などのバックオフィス部門の採用を一時的に停止、または減らし、顧客対応ではない約2万6000人に影響があるとしている。これには、自然減で空席になったポジションの補充が行われないことも含まれる。

採用を一時停止する理由として、同氏は「今後5年間で顧客対応でない業務の30%がAIと自動化によって置き換えられると予測できるからだ」と述べ、具体的には「雇用確認書の提供や、部署間の従業員の異動などの特定のタスクは完全に自動化される可能性がある」としている。

歴史を振り返ると、人間はこれまでも大きな技術変革に対し、適応力を発揮してきた。たとえば、産業革命によって多くの手工業の仕事が自動化され、多くの人が職を失った一方で、新たな工業製品や機械が生まれ、自動車生産ラインでの組み立て作業や、機械の修理、設計などの新たな職種が誕生した。また、コンピューターの普及によって多くの事務作業や計算作業が自動化され、職を失った人々が出たものの、コンピュータープログラマーやソフトウェアエンジニア、データアナリストなどの新たな仕事が生まれた。

リスキリングは間に合うのか

こう考えてみると、新技術の登場によってある仕事は消滅する一方で、別の新たな仕事が生まれることは間違いないように思える。しかし、注意しなければならないのは、職を失った人々がそのまま右から左へと横滑りで新たな仕事に就けるわけではないことだ。先の例で言えば、それまで手工業の仕事に就いていた人が何もせずに機械の設計の仕事に就けるわけでもなく、事務作業を行っていた人がそのままソフトウェアエンジニアになれるわけでもない。新たに生まれる仕事に就くためには、相応の努力が求められるのはいつの時代も変わらない。

オープンAIのサム・アルトマンCEOは、アメリカのニュース番組「ABCニュース」の独占インタビューに対し、近い将来、一部の仕事がAIに置き換わる可能性があることを認め、「それがどれだけ早く起こるかが心配だ」と語っている。これまでの産業革命やコンピューター化と異なり、わずか数年で人間の仕事がAIに置き換えられた場合、人間はそれを受け入れ対応できるのか、というのである。

ここ数年リスキリング(学び直し)という言葉がブームになっている。ただ、同氏の懸念どおりAIの導入が早期に進み、人間の仕事を代替するようになったとしたら、悠長にリスキリングに取り組む余裕はあるのだろうか。

(城田 真琴 : 野村総合研究所 DX基盤事業本部 兼 デジタル社会研究室 プリンシパル・アナリスト)