生粋のウインガーとしてのプレーを見せている三笘薫(ブライトン)

 1990年代から2010年ぐらいにかけて、日本は中盤天国と呼ばれた。トップ下を中心とするMFに優れた人材が集中していた。その時、日本でウイング付きの布陣を採用するチームは珍しかった。たとえばイビチャ・オシムが4−2−3−1を採用した時、その3の両サイドに座ったのはMF系の遠藤保仁と中村俊輔の2人だった。適性から外れた選手を半ば無理矢理、そこに据えた感じだった。それから10数年。適性にマッチした文字通りのウインガーはいま、続々と誕生している。布陣に選手が育てられている状態にある。

 日本に限った話ではない。欧州もその昔、同様の傾向を抱えていた。日本に4−2−3−1が渡来したのは2000年代中盤以降だが、その10年前の欧州もウイング付きのサッカーをしているチームと言えば、クライフイズムに染まるバルセロナとオランダ代表、さらにはズデネク・ゼーマンなど、攻撃的サッカーを信奉する指導者が率いる一部のチームに限られていた。

 そこからウイング文化が欧州全土に広まっていく様を、筆者はこの目で見てきたつもりだが、同時に、この文化が日本に渡来するまで10年以上費やした経緯にストレスを溜めることになった。三笘薫という左ウイングがプレミアリーグを沸かせる現在から、中田英寿、小野伸二、中村俊輔らが欧州で活躍した当時を振り返ると、隔世の感を抱かずにはいられない。

 ウイングに好選手が増える傾向は欧州も同じだ。たとえば欧州で、それこそ無数に存在する左ウイングの中で、三笘はどれほどのポジションにランクされるのか。推理を巡らしてみたくなる。

 筆頭に挙がる選手はわかりやすい。現在、世界最高の選手ではないかと目されるキリアン・エムバペだ。パリサンジェルマン(PSG)ではたまにCFも務めるが、先のカタールW杯はフランス代表として、全7試合すべて左ウイングとして出場。ゴール前で張って構えたわけではないのに8ゴールを挙げ、得点王に輝いている。アルゼンチンとの決勝戦でPK勝ちを収めていれば、バロンドールはエムバペで決まりだっただろう。

【ストライカー色の強いウインガーたち】

 エムバペを追うのはヴィニシウス・ジュニオールだ。最近のチャンピオンズリーグ(CL)で劇的な勝利を収め続けているレアル・マドリードを語る時、ヴィニシウスはカリム・ベンゼマとともに欠かせない選手になっている。先日のCLリバプール戦(決勝トーナメント1回戦ファーストレグ)。0−2から1点差に追いついた一撃は、ウイングらしいと言うより、本格派ストライカーが放ったようなパンチ力溢れるスーパーゴールだった。

 スピード重視のエムバペに対しコンビネーション重視のヴィニシウス。若干タイプは異なるが、「左ウイング兼ストライカー」で一致する。ドリブルを交えながらゴール前に侵入していく道筋に近しいものがある。

 サディオ・マネ(バイエルン)、ソン・フンミン(トッテナム・ホットスパー)もこのタイプだ。なんというか、ウイングらしいウイングではない。後者は実際、所属のスパーズでは3−4−2−1の2シャドーの一角としてプレーする。シャドーにも内寄りと外寄りの2種類ある。そのなかでは外寄りで構えるが、ライン際を縦に抜ける動きより、切れ込む動きのほうが多い。

 切れ込んでシュートと言えば、三笘が1月22日のレスター戦で見せた一撃を想起するが、これまで挙げた4選手はウイング兼ストライカーという言い方がそうであるように、そのシュートのイメージを常に抱いている。ウイング色を強く発しているわけではない。

 三笘はそうではない。あえて言うなら生粋のウインガーだ。東京五輪を目指した森保一監督率いる五輪チームは、本番間際まで3−4−2−1を敷いていて、その2シャドーの一角で三笘がプレーした試合を見たことがあるが、ミスキャストであることは一目瞭然だった。能力は半分も発揮されなかった。

 ひと口に左ウイングと言っても、生粋のウインガーもいれば兼ストライカーもいる。右ウイングもこなせる多機能型もいる。右ウイングでプレーする姿を見たことはないので、三笘は、悪く言えばストライクゾーンが狭い選手、よく言えば左ウイングのスペシャリストとなる。得点よりアシストに期待したくなる選手だが、一般に評価はアシストより得点のほうが高い。得点力が高いほど大物に見られる。

【ウイングのスペシャリストの魅力】

 だが、そこには一長一短もある。得点力が高まればスペシャリストとしての魅力、希少さは失われる。本格派ストライカーとしての色が増せば、見た目の楽しさ、面白さ、アイドル性は失われる。

 先日のFAカップ5回戦、対ストーク戦で三笘は決勝ゴールにアシスト役として絡んでいる。自らシュートを放っても仲間から文句を言われそうもない状況だった。ラストパスの難易度のほうが高そうに見えるほどだったが、ウイングならではの鮮やかな身のこなしでアシストを鮮やかに決めた。職人芸と言いたくなる、捨てがたい魅力を見せつけた。

 三笘的な左ウイングのスペシャリストで、まず目に飛び込むのはラファエル・レオン(ミラン)だ。ポルトガル代表として臨んだ先のカタールW杯では、交代出場に限られながら2ゴールを挙げ、存在感をアピール。所属のミランでも大黒柱になりつつある。ゴールから離れた「大外」に基本ポジションを構えているにもかかわらず、得点が期待できるスケールの大きさが特徴で、実際、188センチと身体もデカい。それでいて足先は器用である。新しいタイプのウインガーだ。

 カタールW杯ではブラジル代表でヴィニシウスのサブに回ったガブリエウ・マルティネッリ(アーセナル)も面白い。三笘がそうであるように、右利きの左ウイングは基本的に右足でボールを運ぶが、この選手は両足を使う。しかも小刻みに、だ。どっちが利き足かわからない繊細なアクションで、進行方向をワンタッチ毎にずらしていく奥深い芸の持ち主だ。

 アメリカ代表のクリスチャン・プリシッチ(チェルシー)もカタールW杯で活躍した左ウイングだ。どの試合でもコンスタントに好選手ぶりを発揮し、チームを牽引した。クロアチア人の祖父を持つアメリカ人。クロアチアで想起するのは代表の左ウイング、イバン・ペリシッチ(スパーズ)だ。この2人、名前も似ているが、プレーも似ている。それぞれの所属チームも同じロンドンだ。

 だが、プリシッチはW杯後、チェルシーで埋もれた状態になりつつある。その原因のひとつにあるのが、冬の移籍市場でシャフタールから獲得したミハイロ・ムドリクの存在だ。昨季と今季前半、シャフタールの一員として出場したCLで活躍。絵になる格好いいアクションをする左ウイングだが、チェルシーにはもうひとり、ラヒム・スターリングというイングランド代表の左ウイングがいる。チェルシーでは欧州で最もハイレベルな左ウイング争いが演じられている。

 エムバペ、ヴィニシウス、マネ、ソン・フンミン、ラファエル・レオン、マルティネッリ、ペリシッチ、プリシッチ、ムドリク、スターリング。ここで挙げた以上の10人は、左ウイングとして三笘より上、あるいは同等ではないかと考えられる。

 三笘を含めた11人は、すべて右利きだ。左ウイングには右利きを据えるのが、もはや定番であるという事実に、あらためて軽い驚きを覚える。日本代表をはじめ所属のレアル・ソシエダでも左サイドで出場することが多い久保建英は、そうした意味では稀な存在だと言える。収まりの悪い選手にならないことを祈りたい。