愛しているJ! Jリーグ2023開幕特集
橘田健人(川崎フロンターレ)インタビュー前編
2023シーズンが始動し、タイトル奪還を目指す川崎フロンターレは、沖縄でキャンプを行なっていた。その1次キャンプが始まったばかりの1月17日だった。
橘田健人は鬼木達監督に呼ばれると、部屋を訪ねた。
話の内容については、少しだけ予感めいたものはあった。ただし、プロ3年目の自分が大役を任されるとは思ってはいなかった。
「いつもこの時期くらいに決まることだったので、もしかしたらその話かな、くらいは思っていました。(谷口)彰悟さんの移籍が決まり、自分も次のキャプテンは誰になるのかなとは思っていたので。
それでも鬼さん(鬼木監督)に呼ばれた時は、きっと副キャプテンを任されることになるのかなと思って、軽い感じで部屋に行きました」
フロンターレの新キャプテンに指名された橘田健人
川崎フロンターレでは、2020年から谷口がキャプテンを務めてきた。日本代表としてカタールワールドカップを経験したCBは、それを機に活躍の場を海外に求め、今冬にアル・ラーヤンSC(カタール)に移籍した。選手たちのなかにも当然、次期キャプテンについては気になる事案だった。
そう考えながら橘田は部屋をノックしたが、伝えられたのは副キャプテンではなく、"キャプテン"だった。鬼木監督は言った。
「彰悟が移籍して、次のキャプテンを誰に任させたらいいかという目線で、練習をはじめ、いろいろと見てきたけど、自分は健人にキャプテンをお願いしたいと思った」
橘田が桐蔭横浜大学を卒業して川崎フロンターレに加入した2021年、すでに谷口がキャプテンマークを巻いていた。うしろからプレーや声でチームを鼓舞する姿は常に頼もしく、凛々しかった。だから、素直な思いを鬼木監督にぶつけた。
「自分はずっと、彰悟さんがキャプテンとしてチームを引っ張っていく姿を見てきました。自分は彰悟さんのように振る舞うことはできないと思います」
橘田の性格を理解している指揮官は、きっと謙虚な言葉が返ってくることも見抜いていたのだろう。
「彰悟みたいなキャプテンを目指そうとは考えなくていい。人によってキャプテンシーは違うように、自分らしくやっていってくれれば、それで大丈夫だから」
【大先輩からのアドバイス】そして鬼木監督は、自分の経験を語って聞かせてくれた。
「自分も(コーチから昇格して)監督に就任した時は、監督が務まるかどうか不安ななかで挑戦してきた。でも、やったからこそわかったこと、見えてきたこともある。だから健人も、やる前からできない、やらないではなく、やってみてほしい。
なにより、昨シーズンは優勝できず、何ひとつ残すことができなかった。そこから再びチャレンジャーとしてやっていく今季、キャプテンとして一緒に戦っていってほしい」
やる前から、できないと匙(さじ)を投げるのではなく、やってみたうえで判断してほしい。また、新たな役割に挑戦することで、わかること、見えてくることがある──。
それは、鬼木監督も語ったように、川崎フロンターレが今日まで続けてきた、培ってきたチャレンジャーとしての姿勢でもあった。
橘田は言う。
「これだけすごい人たちがいるクラブで、自分がキャプテンを務めるなんて、想像するだけでもプレッシャーが半端ないというか......。正直、今もイメージが沸かないところはあります。でも、鬼さんの言葉を聞いて、覚悟を決めました」
鬼木監督からは、副キャプテンには登里享平、脇坂泰斗、ジェジエウの3人にお願いすると聞いた。だから、登里には「サポートをお願いします」と伝えにいった。
自分が副キャプテンになることを知らなかった登里は、「えっ? 何のこと?」と言って、そこで橘田がキャプテンに就任する事実や、登里が副キャプテンを務めることも"ネタバレ"する格好になった。ただし、8つ年上の大先輩は、アドバイスも忘れなかった。
「キャプテンをするからといって、彰悟みたいなキャプテンを目指す必要はないと思う。健人は健人らしく。最初は今までのように、プレーでチームを引っ張っていってほしい。ほかの部分は俺らがサポートするから、少しずつキャプテンらしくなっていけばいいと思うよ」
脇坂も同様のことを橘田に語り、背中を押し、そして自分が勝手に乗せようとしていた重しを取り除いてくれた。
【引っかかっていた後悔】部屋に戻り、あらためて自分がキャプテンになることを考えると、ふつふつと沸き上がるものもあった。
思い出したのは、神村学園高校時代のことだった。
高校3年生になった時、橘田が今も恩師として仰ぐ有村圭一郎監督から「チームを引っ張っていってほしい」とキャプテンに指名された。また、その時は「自分だけでなく、周りに対しても厳しさを持てるようになれ」と、キャプテンを託された意図を教えられていた。
しかし、3年時も全国大会への出場は叶わなかったように、橘田はチームメイトに対して声や行動で発信することができなかった。それが自分のなかで全国への切符を掴めなかった理由として、後悔という形で心に残っていた。
「高校生の時から、キャプテンとしてチームを勝たせられなかったことは、ずっと後悔していました。その時、自分が変わっておけばよかったなという思いがずっとあったので、それも今回、キャプテンを引き受けた理由のひとつにあります。もしかしたら、その時のことがなければ、今回も引き受けることはなかったかもしれません」
その後、大学ではキャプテンを任されるような機会はなかったという。橘田は「正直、キャプテンに選ばれないようにやっていたところがあったかもしれません」と笑う。
ずっと、引っかかっていた自分自身への後悔と、さらなる自分自身の成長のために、彼は変わること、そして背負うことを決めたのである。
「性格的に周りに対して厳しく言うことができないまま、高校時代は終わりました。今、それができるかと言われたらわからないですけど、周りに厳しくするだけではなく、プレーで見せることや行動で見せることはできるとは思うので、キャプテンだからというのではなく、ひとりの選手として、チームにいい影響を与えられるようにやっていきたいと思います」
鬼木監督に「まだチームのことを考えられるほど、自分に余裕はないです」と心境を明かした時には、こうも告げられていた。
「チームのことを背負おうと思わなくていい。率先して自分のプレーを見せることで、チームに好影響を与えてくれると思ったから、健人にキャプテンをお願いしたいと思ったんだ」
【歴代キャプテンたちの軌跡】近年、川崎フロンターレのキャプテンを務めてきた中村憲剛も、小林悠も、そして谷口彰悟も、最初からキャプテンマークが似合う選手だったわけではない。彼らはその腕章を巻いて先頭を走り、苦しい時も顔を上げてきたことで、徐々にチームを背負うことのできる責任感をまとい、風格を漂わせるようになっていった。
そしてなにより、中村はゲームコントロール、小林はゴール、そして谷口は守備と、それぞれがプレーでチームを引っ張っていた。登里が「健人は健人らしく」と伝えたのも、そうしたキャプテンたちの軌跡を見てきたからだろう。昨季から中村が着けていた背番号14を背負った脇坂が、同様のメッセージを送ったのも、きっと橘田の覚悟や重圧がわかるからだ。
だから、橘田も言う。
「どんなにきつい状況でも試合に出続けて、プレーで周りに影響を与えることのできる存在になりたいと思っています。みんなが苦しい時こそ、自分が走る。みんながやりたくないと思うようなことを、率先して自分がやる。そういったところで、チームに意欲を与えることができたらいいかなとは思っています」
プレーでチームを牽引する。自身の成長こそがチームを押し上げる、なによりのリーダーシップになる──。
◆後編につづく>>鬼木達監督が「新キャプテン」橘田健人に伝えたこと
【profile】
橘田健人(たちばなだ・けんと)
1998年5月29日生まれ、鹿児島県霧島市出身。神村学園→桐蔭横浜大学を経て2021年に川崎フロンターレに加入。ルーキーイヤーから存在感を示し、シーズン終盤にはアンカーのポジションでレギュラーに定着。2年目もリーグ戦32試合2得点とチームに欠かせぬ主力となり、2023シーズンからキャプテンに就任する。ポジション=MF。身長169cm、体重68kg。