そのため、女王の自動車ライフは両極端だった。滑るように走る豪奢なラグジュアリーカーに乗っていたかと思えば、地方の広大な領地へ行くと、使い込んだランドローバーで荒れ地を跳びはねた。ランドローバーをとりわけ愛し、シリーズIからディフェンダーまでの全車種と、レンジローバーを運転した。ローバー3リッターと3.5サルーンも所有し、自ら運転していた。特に好んだのがエステートワゴンで、1956年には特注でフォード・ゼファー”ウッディー”を製造。ウッドフレームでルーフを通常より高く持ち上げ、サイドにもウッドパネルを”アップリケ”した。この非常にアメリカンな外観の1台は、サンドリンガムの博物館に収蔵されている。また、ヴォクスホールPAフライアリー・エステートも長年のお気に入りだった。

エリザベス2世が即位したとき、イギリスは世界第2位の自動車生産国だったが、崩御したとき、イギリスに独立した大手メーカーは存在しなかった。少しばかり悲しいことに、女王の棺をアバディーンからエジンバラまで運んだ霊柩車には、あのスリーポインテッドスターがグリルに付いていた。スコットランドの田園を厳かに進む葬列を望遠レンズでとらえた写真に、はっきり写っている。霊柩車に続いたベントレーのステートリムジンも、製造されたのはフォルクスワーゲンに売却されたあとだ。女王が愛したランドローバーも、現在はタタの傘下である。

その本社があるムンバイは、女王が若い頃はボンベイと呼ばれ、まだ大英帝国の一部だった。いかに時代が様変わりしたかを思わずにはいられない。

Words: Delwyn Mallett Image: ALAMY
編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA