政策現場で科学的知見を活かすために必要なことは?(写真:Ryuji/PIXTA)

パンデミックの中、研究者が果たしうる役割を問い続け、社会・経済活動との両立を考えるための分析や、感染シミュレーションを発信し続けてきた経済学者の仲田泰祐氏と藤井大輔氏。毎週更新の見通しに加え、その時々で重要なテーマに関する分析をさまざまに公表してきた。

それは政策現場にも届き、たびたびの分析依頼にも応えながらモデル分析を通じて政策判断の材料を提供してきた。彼らはどのように行政や政治家等の政策関係者たちに分析を伝え、対話してきたのか。今回の経験を通じて何を感じ、研究者が政策現場で果たすべき役割として何が重要だと考えたのか。

「私たち経済学者が『コロナ感染の分析』に挑んだ訳」(9月21日配信)、「政府のコロナ対応、経済学者との知られざる対話」(9月28日配信)に続いて、共著『コロナ危機、経済学者の挑戦 感染症対策と社会活動の両立をめざして』より、2人の対談部分を一部抜粋、再構成してお届けする。

外部の研究者だからこそ果たせる役割

――行政・政府の内部の人間ではない、外部の研究者だからこそ果たせる役割もあるのではないでしょうか。

仲田 泰祐(以下、仲田):それはあると思います。危機時において政策現場の方々はとにかく忙しい状況に置かれます。そのため、内部で議論しているうちに意識が目の前の問題に集中してしまい、広い視野でビッグピクチャーを見ることが難しくなっている場合も往々にしてあります。

そんなときに、私たちのような外部の研究者が一歩引いた目で客観的に分析し、その結果をお伝えすることで、「言われてみれば当たり前だけど出てこなかった視点」を提供することができます。それは、たとえば「緊急事態宣言をもう少し続けて感染者数を抑えることは、中・長期的には経済にとってよいかもしれない」とか、「五輪入国者の感染への影響は限定的で、国内在住者の行動の方が感染状況に大きな影響を与えるかもしれない」とか、そういった知見です。

2021年6月の五輪会場の観客に関する分析でも、私たちはそうした知見を提供できたと思っています。6月中旬頃に観客数の上限、あるいは有観客か無観客かについて検討されていたとき、東京都オリンピック・パラリンピック準備局等、当事者の方々の中では、その時点でどうすべきか決める方向での議論に意識が集中していました。そんな中で私たちは現場の方々に、「今決めてそれにコミットしなければならないのですか?」としつこく疑問を投げかけました。

6月中旬に決定してその後変えられない場合と、6月中旬には何らかのアナウンスをしておいてその後変更することが可能な場合とでは、意思決定の質がまったく異なります。結局、6月中に何かしらの指針は出す必要はあるが、いざとなったら前日にでも無観客にできる、ということがわかりました。

そういった現場とのやりとりを私たちの五輪分析に関する第2弾レポートにも反映させて 、「現時点での観客数制限の指針にかかわらず、感染状況が悪くなったらいつでも無観客にすること、そしてそういった柔軟性があることを人々に理解してもらうこと」の重要性を強調しました。

第2弾レポートを公表した次の日に加藤勝信官房長官(当時)が電話をくださったのですが、そのときにも、観客数の決定には柔軟性があることをはっきりと伝えることの重要性を最も強調しました。その直後のオリパラ専門家会議で一番強調した点もこの部分です。この点には、参加していた多くの感染症・公衆衛生専門家の方々からも賛同が得られました。

そして、その後の関係者の発信を見るとはっきりと「状況に応じていつでも無観客にする」と明言してくれたケースも多く、できるだけ観客を入れたいと考えていた方々も含めてこのような発信をしてくださったことから、私たちのレポートが多少は貢献できたのかもしれないと考えています。

6月のオリパラ関係者は、開催を1カ月後に控え準備等で疲労しており、また多くの感染症専門家が中止や無観客を訴えている中、さまざまな気持ちが交錯していたと思います。そういった環境で、課題に直接対応している現場の人々だけでは議論が煮詰まってしまうことや、細部に意識が集中してしまって他に潜んでいるかもしれない重要なポイントにまで目が届かなくなるといったことが起こりえます。

そんなときに、外部の人間が、客観的かつ大きな視点で新たな論点を提供したり、見落とされている問題を指摘したりすることで何かしらの貢献ができるのかもしれません。たとえ「言われてみれば当たり前」と思われるような指摘であっても、こうした役割は意外に重要です。この点は、私たちのような外部の研究者という立場だからこそ果たせる役割だと思います。

政策現場は科学的知見を求めている

――実際にコロナ分析を通じて政策現場と密接に関わってきて、お二人は率直にどんなことを感じたのでしょうか。

藤井 大輔(以下、藤井):政策現場の方々との対話を通じて感じたのは、彼・彼女らは多忙をきわめる状況に置かれているということと、その中でもさまざまな分析に向き合い、自分たちもトライしながら、検討を深めているんだということです。この点は、本当に尊敬しています。私たちも外部の研究者として、そういう方々をうまく援護したいと思って取り組んできました。

モデル分析とシミュレーションによって見通しを計算したり、物事を解析したりするのが私たちのできる一番の貢献だと思いますが、加えてコロナ禍では日々膨大なデータが溢れており、それらを整理する人が決定的に不足していました。

私たちはこの点でもお役に立ちたいと思って、五輪の観客数を計算するスプレッドシートを公開したり、国内の大規模イベントの観客数を調べてまとめたりといったことも行いました 。非常に忙しい中、真摯に課題に取り組んでいる方々に、数理モデルやデータを扱える専門家としてそういう形でもお役に立てたという意味では、やりがいがあったと思います。

仲田:私がコロナ分析を通して交流する機会をいただいた政策現場の方々の多くは、直面する課題を解決しようと真剣に取り組んでいて、私たちを含むさまざまな人々の意見や分析に耳を傾け、それらを参考に政策を決めていきたいと考えておられます。

FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)で働く中でも同じように感じましたが、今回のコロナ分析の経験を通じても、このことを強く感じました。それと同時に私たち研究者も、政策現場の方々に役立ててもらえる水準の政策分析を提供しなければならないということを強く感じました。

具体性のない意見や質の低い分析を出したり、意思決定の場で何が必要とされているかを深く考えることなく単に自分の研究を説明したりしても、政策現場の方々のお役に立つことはできないと考えています。

専門家チーム編成の課題

――とはいえ、今回お二人が果たしてきた役割は外部の研究者がボランティアベースで担うのではなく、政府内部の専門家会議等に分析チームを設置することでも対応できたのではないかと思います。この点はいかがでしょうか。

藤井:専門家チームの編成については、正直もう少しうまくできたのではないかと思う部分はあります。たとえば、分科会やアドバイザリーボードの中にもっとデータ分析、因果推論を専門にバリバリ研究をやっている人が多く入って、チームの中で具体的なエビデンスをどんどん蓄積できるような体制がつくれていればなおよかったのではないか、という思いはあります。

専門家といえども、具体的な分析を行わなければ、その場その場でエビデンスに基づいた説得力のある発言はできません。コロナの場合は状況が目まぐるしく変動し、そのたびにさまざまな政策対応がなされています。その中で、政策的な課題の一つひとつについて、データを分析して因果関係を吟味するという作業は、政策を立案し、改善しながら実施していくうえで最も重要なものだと思います。

実際にこうした作業に取り組めるように、政府の会議参加者の裾野を広げて、分析の実働を担う若手研究者も入るようになっていけば、今回とは違った対応ができるのではないかと思います。もちろんこれは、コロナ以外の問題でも同様です。

仲田:しかし、藤井さんが言われるような分析を行っていくには、政府の中にフルタイムで1〜2年間継続して雇用されている専門家がたくさんいるような状況にならないと、分析しながらそれを意思決定に活用していく体制をつくるのは難しいと思います。

私たちも今回、片手間では全然間に合わなくて、自分たちは毎日フルタイムでコロナ分析に取り組み、リサーチアシスタントも大勢雇って大きなチームをつくりました 。そこまでやってようやく政策現場に多少お役に立てるような分析を発信することができたのだと考えています。

政府の中で、より包括的にそれを実行していくためには、たとえばコロナ危機が始まったときに20〜30人くらいの若手研究者を集めて、適切なポジションをつくり、お金も出して、大学等に任期付きのポジションで雇われている人はその期限を止めて、フルタイムで安心してコミットしてもらえるような環境をつくらなければ、大きなインパクトは残せないのではないかと思います。

藤井:なるほど。そうかもしれないですね。

政策現場と研究者のつながりの弱さ

仲田:また、政府の中にこういう体制がつくられていない原因の一つとして、行政や政治家の方々に「世の中にどんな研究者がいて、誰が何をできるのか」といった情報が届いておらず、政策現場と研究者がつながるネットワークも乏しい、という問題もあるのではないかと思っています。

政府の会議等にたびたび参加している方々だけでなく、実際に手を動かして分析をこなせる若手の研究者たちと政府関係者との間にネットワークが築かれていれば、そういう研究者たちの協力も得やすくなります。そのためにも、私たち研究者が日頃からいろいろな発信をして広く社会で認知されるようになることも重要だと思います。 

ともあれ、今回の経験を通じて、日本の行政・政府には、きちんとした科学的な分析を求めていて、それを参考に意思決定したいと考えている人々もたくさんいるのだ、ということを実感しました。

――科学的知見の供給サイドである研究者側にもっと改善すべき余地があるというお考えですね。研究者が現場の求める政策分析を発信していけば、受け入れられる素地はすでに十分にあるし、むしろ現場もそれが求められているという手応えを感じられたということでしょうか。

仲田:私たちがコロナ分析を通して関わった方々の中には、科学的な知見を求めている人が多い印象を持った、というのが正確なところです。それが他の分野でも同じかどうかまでは、正直わかりません。ただしコロナ政策に関して言えば、供給サイドに改善すべき点が多々あったのではないかと考えています。もちろん、需要サイドにも改善点はあったとは思いますが。

――これまでは、需要サイド、つまり政策現場に科学的知見を受け入れる土壌をつくるべきだ、といった指摘が多かったように思います。

仲田:分野によっては、政策現場が使えるよい分析や知見を研究者側がいつでも提供できるけれども、政策現場がさまざまな理由でそれを受け入れないというケースもあるのかもしれません。

また、供給側・需要側のどちらに改善すべき点が多いかにかかわらず、科学的知見を政策に活用しようという際にその役割を担いたいという研究者が、分野によっては多くないかもしれない、という可能性もあります。たとえば、経済学専門家の部局を政府の中につくったとしても、そこで2〜3年フルタイムでコミットしたいと思う力のある優秀な研究者が、果たして日本にどれだけいるでしょうか。

政策分析への挑戦と気兼ねない学術研究、両方の尊重を

藤井:確かに、積極的に政策現場に関わりたいと考えている研究者は決して多くないのではないかと思います。やはり研究者の目的は、研究の世界にどっぷり浸かってよい論文を書くことです。だから、政策に直接関わりたい、政策現場の方々に発信したいと思っている人は、多数派ではないでしょう。

仲田:政府が研究者をフルタイムで雇用して専門家チームを組織するにしても、そこに適切なポジションやステータスが与えられ、十分な給料が保証される体制になっていなければ、実際によいメンバーを確保するのは難しいのではないかと思います。


「科学的知見を政策に活用する」と言うと聞こえはいいですが、それも腰を据えた研究の蓄積と、普段の研究で磨かれた分析能力があってこそだと思います。現実世界から少し距離をおいて数年・数十年というスパンで研究することにももちろん大きな価値があります。

実践的な分析を政策・ビジネスの現場で応用する研究者ばかりになることが社会にとっての最適解であるとは思えません。実践に興味を持った研究者がいつでも政策分析に挑戦できる一方、そうでない研究者は気兼ねなく学術研究に没頭できる。この両方が尊重される環境を整えていくことが、将来の危機に対して備えるうえでも重要だと思います。

(仲田 泰祐 : 東京大学大学院経済学研究科 准教授)
(藤井 大輔 : 東京大学大学院経済学研究科特任講師)