◆ プロ初登板

 オフに支配下選手登録となったプロ5年目の森遼大朗が30日のオリックス戦で、プロ初登板を果たした。

 4−6の9回に登板した森は先頭の福田周平を左飛に仕留めると、続く中川圭太のセーフティバントを捕手・佐藤都志也が素早く処理して2アウト。4番・吉田正尚に四球を与えるも、5番・杉本裕太郎を146キロのストレートで空振り三振。プロ初登板は1回・無失点に抑え、ストレートの最速は148キロだった。

◆ プロ初登板までの道のり

 ここまでの道のりは険しかった。17年育成ドラフト2巡目で入団した森は、入団会見では松葉杖姿で参加し、翌18年1月に行われた新人合同自主トレは別メニュー。「左足が十分に使えないので、使える上半身とか体幹を鍛えてやっています。走れるのが3月ぐらいになるので、そこから順調にいったら6月に投げられるようになりたいですね」と前を向いてリハビリに励んだ。

 18年6月に二軍の全体練習に合流。当時森は「メニューは毎日別々というか、日替わりでやっています。(練習後に一人残り練習は)自分が合流したばかりで、みんなと遅れている部分がある。ちゃんとしたやり方を教わりながらやっています。人より少し遅くなっている部分がありますね」と日々のトレーニングについて明かしていた。

 その時、森の練習を最後まで見守っていたのが当時二軍投手コーチだった小野晋吾コーチ。「まだ彼は育成していかなければ行けないピッチャーなので、みんなと同じようにというか、今までは種市、島、原、成田にしても2対1だった。マンツーマンで色々できるので、膝の状態を確認しながら、少しずつ体力強化と技術練習をやっている段階です」。

 9月9日のBC・武蔵との二軍練習試合でと初実戦を踏み、「練習試合で投げたのがあったので、そこまで緊張とか不安はなく挑めた部分があります」と、同年9月19日の楽天戦で公式戦デビューを果たし、同日の最速は143キロだった。

 当時小野コーチは「ストライク先行でしっかり投げ切れていたと思うので、大きな当たりとはいってもプロのバッターをストレートで打ち取れたのは評価できますし、良いスタートをきれたのではないかと思います」と評価していた。

 1年目のオフに台湾で行われたウインターリーグに参戦し、2年目の19年は2月の春季キャンプで台湾・ラミゴ戦で一軍の試合に初登板。「すごいいい機会を与えてもらって、結果としても自分的には良い感じで出せたのでよかったです」と1回を無失点に抑えた。小野コーチは当時「彼の場合は育成なので、アピールしていかないといけないところがある。高卒2年目のくくりなので、育成の部分が多くなるが、とにかく、今年1年投げられる状態に作ってもらいたい。とにかく状態を作るということです」と1年間投げ切ることの重要性を説いていた。シーズンが始まってから森は7月に月間3試合・11回1/3を投げて、2勝0敗、防御率0.79の好成績を収めたが、シーズン終盤に右肘を痛め離脱。

 森は、2年目を終えた19年11月の取材で「最後の方に怪我をしてしまったんですけど、春先は結構いい経験をさせてもらって、ファームで今年1年間、試合でも結構投げさせてもらった。充実していたかなと思います」と振り返った。

 3年目の20年は敗戦投手になったが、9月9日の楽天戦で8回1安打1失点に抑えプロ入り初完投するなど、チーム最多の61回イニングを投げ、1勝6敗、防御率3.84。そして、4年目の昨季はシーズン通して先発ローテーションを守り、イースタン最多の10勝を挙げた。マウンドでの表情を見ても、「自分でこう投げれば、うまくいくんじゃないかというのが少しわかってきたような感じがあります」と昨季あたりから堂々と自信を持って投げられるようになった。

 1、2年目は故障が多かったが、3年目にファームでチーム最多の投球イニングを投げ、4年目の昨季はイースタンで最多勝と一歩ずつ成長し、5年目の今季、支配下選手登録を掴み一軍デビューを飾った。プロの第一歩を踏んだとはいえ、勝負はまだまだこれから。ここに満足することなく一軍に定着し、マリーンズに欠かせない投手になってもらいたい。

取材・文=岩下雄太