彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:美容整形をSNSで逐一報告する29歳女。予想以上にバズり、調子に乗った結果…




後編:自分しか愛せないオンナ・咲子(29)


― この前の肩ボト、良い感じじゃん!

私は鏡の前で首を左右に振り、鎖骨のラインをチェックする。以前よりも肩の張りが軽減され、デコルテ周りがすっきりしているように見えた。

気分を良くした私は、肩と鎖骨のラインがしっかりと出る白のオフショルダーのトップスをチョイス。それに細身のジーンズとヴァレンティノのサンダルを合わせる。

シンプルだけど、スタイルの良さが際立つコーディネートだ。

今日は、Twitterで知り合った「マコくん(26)」と初めて会う日。

お互い美容を愛する者同士、DMで会話するうち意気投合した。

美意識の高い彼との対面は緊張する。だからこそ絶対に「美しい」と思われたい。

今まで男性には抱いたことがない“ライバル心”のようなものが、マコくんに対して芽生え始めていた。

ゆるくセットしたポニーテールが崩れないよう、店まではタクシーで移動。彼が予約してくれたのは、南麻布にある韓国料理店の個室だった。

美肌に良いと言われる「タッカンマリ」が絶品のお店らしく、さすがは美容男子といったところだ。

私は、完璧な状態をキープするため、何度も手鏡を見ながらこまめにメイクを直す。

― でも、ここまで気合入れていって、マコくんが加工詐欺だったらがっかりだなぁ。

せっかく美容の話を心置きなく楽しめる同志ができたのだ。どうせなら、彼も美しくあってほしい。

そんなことを考えている間に、タクシーが雰囲気の良いビルの前に停車する。店は、どうやらここの地下にあるようだ。

私は胸を高鳴らせて、階段をゆっくりと下りていく。

重めの扉を開き、予約名を告げると店の奥へ案内された。

そして……。

「あ……サキさんはじめまして。マコ、です」


“マコくん”を見て、咲子が驚愕する……


美容男子と運命の出会い


個室で私を迎えてくれた男性は、まるで少女漫画に出てくる王子様のようなルックスだった。

端正な顔立ちに圧倒されつつ、私はニコッと微笑み席についた。座った途端、思わず彼の顔をまじまじと観察してしまう。

整形とはいえ、元が相当良くないとここまで美形にはなれない。肌も陶器のようにツルツルだ。

― あ、よく見るとカラコンしてるけど、すごく自然。どこのメーカーかしら。

「……サキさん?」

「あ、ごめん!ジロジロ見ちゃって。こんなに綺麗な男の子に出会ったことないから、びっくりしちゃった」

私が本音を伝えると、彼は「そんなことないですよ」と照れたように笑う。少しくしゃっとした笑顔も魅力的だ。

― 性格も良さそうだし、マコくんとはいい友達になれたらいいな。




私の望み通り、マコくんとは「整形」という共通の話題があるのですぐに打ち解けることができた。

男性とこんなに楽しい時間を過ごすのは人生で初めてだった。

マコくんが整形に興味を持ったのは、今から10年前・16歳のときだったそう。付き合っていた女の子を、自分よりイケメンの先輩に取られたことがきっかけだったという。

「今は化粧品メーカーで男性向けコスメの企画開発を行ってます。美容感度の高い男性は増えてますが、これがもっと世の中の当たり前になっていけばいいなと思ってて。その一端を自分が担いたいんです」

人材紹介会社で平凡に働く私とは違い、美容を仕事にしている彼。「趣味の範疇で終わらせたくない」という、美容に対する熱意は尊敬に値する。

その日以来、私たちは定期的に会うようになり、美容はもちろんのこと、韓国アイドルや、Twitterで有名な美容アカウントについても熱く語り合うようになった。

いつの間にか、マコくんと会うことは私の生活の一部になっていた。

そして……、ある日。

「僕、サキさんのことが好きです。付き合ってください」

いつものようにマコくんと会った帰り道。昼下がりのけやき坂通りで、彼から突然の告白をされた。

目の前には見慣れた風景。何も特別ではないシチュエーション。

それでも、彼の真剣な眼差しがあまりにも美しくて、まるで映画のワンシーンのように思えた。

― こうして改めて見ると、本当に長いまつ毛。美容液なに使ってるんだろう。

なんてどうでもいいことを考えてしまい、ハッとする。

― えーっと、なんて返事しようかな…。

正直、マコくんが私に好意を抱いてくれていることは薄々感づいていた。でも、私は彼を恋愛対象として意識したことはなかった。

とはいっても、話も合うし、彼は整形に理解もある。それに、せっかく築き上げた友達関係を壊すことが何よりも嫌だった。

「……いいよ。私たち、付き合ってみよっか」

この日。私たちの関係は、友人から恋人へと変わった。


付き合い始めた2人だが、そこには思わぬ障壁があり……


趣味は同じだけど……


最初の3ヶ月くらいは、今までと変わらず親友のようなノリで楽しく付き合うことができた。

マコくんはデートではコスメを一緒に選んでくれるし、前の恋人には「食べた気がしない」と言われたヴィーガンレストランにも喜んでついてきてくれた。

パーソナルカラーや骨格タイプを考慮して、私にぴったりのワンピースをプレゼントしてくれたこともあった。

それに、美しい彼と一緒にいると、以前よりもさらに街中で人々の視線を感じるようになった。

カフェで私が離席している数分の間に、マコくんが女の子たちから声をかけられているところを見かけることもしばしば。

はたから見れば、正に美男美女カップル。私は、これまでに感じたことのない優越感を味わっていた。




しかし、だんだんと彼との付き合いを窮屈に感じるようになっていった。

「咲子ちゃんはBLACKPINKのリサに似てるから、こういう方向に寄せたほうがいいんじゃない?」

彼が推している人気の韓国アイドル。確かによく似ていると言われるし、私自身も似ていると思うことがあるが、私が目指している系統とは、少し違う。

人の意見を聞くことも大事だが、譲れない部分もあるので「ありがとう、考えてみる」とだけ伝えその場をしのいだ。

その後も、ことあるごとに「髪色はもう少し明るくしたほうが可愛い」「もっとアイラインをはねあげてみたら」など、私を自分好みに寄せようとする言動がちらほらと目立つようになった。

自分好みの彼女になってほしいという、彼の思いは理解できる。多くの男性がそうだろうし、そして多くの女性はその要望に無理のない範囲で合わせていくのかもしれない。

でも、私は自分を1ミリも曲げられないし、誰かと価値観をすり合わせながら生きていくことが苦手だ。

だんだんとデートが億劫になり、彼との付き合い自体を面倒に思うようになった。

― 付き合う前は、あんなに楽しかったのにな。

でも、これはマコくんのせいじゃないことを、私は知っている。

結局、私はいつもこういう結末を迎えるのだ。誰かと付き合っても、すぐにうまくいかなくなる。

私が恋愛に対して冷めていることが、原因なのだと思う。

二人の間に何か問題が起きたとき「うっとうしい」と思ってしまう。ケンカしたり話し合ったりして解決することが、苦手なのだ。

そして、そのうち相手のことが嫌いになる。

でも、マコくんは美容について語り合える「同志」だ。彼のことを嫌いになりたくなかったから、早々に自分から別れを切り出した。

「……ごめん、マコくん。私、やっぱり恋愛とか向いてないかも」

私は彼と別れて、再び孤独に生きる道を選んだ。そっちの方がずっと気楽だった。



マコくんと別れてから、半年。

最近の彼は美容インフルエンサーとしても活躍の幅を広げているらしい。

『皆さんこんにちは。マコです。先日、またメディアの取材を受けました。詳細を楽しみにしててください』

マコくんとは未だに相互フォロー中で、ツイートとともにアップされている写真を見ると、彼は以前にも増して美しさに磨きをかけているようだった。

私はというと、前に受けた鼻の修正が気に入らず、結局肋軟骨の移植手術を受けることにした。

今日は、その手術の前日。

肋骨を採取するという侵襲が大きい施術なので、いくらリモートワークといえども最低でも3日間はベッドの上で安静にしていたい。

久々に有休を取り、必要なものの準備も万端。ドキドキしながら夜を過ごしていた。

『やばい、鼻の肋軟骨移植めっちゃ緊張する…!でも、理想の自分になるために頑張ります』

自分の今の気持ちをツイートすると、何十人ものフォロワーが「頑張ってください」「応援しています」「私も先日受けました」とたくさんのリプライをくれる。

みんなの言葉を嬉しく思いながら読んでいると、あるリプライが目に留まった。

― ……あれ?

『サキさん、応援しています』

たった一言のメッセージ。

それを送ってきていたのは、紛れもなくマコくんのアカウントだった。

久々に連絡を受けて、彼と過ごした楽しい日々が脳裏に浮かぶ。

― マコくん、元気にしてるかなぁ。

恋愛関係ではうまくいかなかったけれど、私は彼のことが大好きだった。かなうことなら、もう一度彼と話がしたい。

なんとなく、彼のLINEを開いてみた。でも、自分から振っておいて「会いたい」というのはあまりにも都合が良すぎる気がした。

『ありがとうございます!生きて帰って来られたらいいな(笑)』

彼からのリプライにはTwitter上だけで返信をして、スマホを閉じた。

ふと鏡を覗き込み、自分の顔を見つめる。

鼻の修正がうまくいき、今よりももっと美しくなった私を想像すると自然に笑顔が浮かんだ。

― マコくん。私、もっともっと美しくなるから。見守っててね。

いつか私が究極の美しさを手に入れたら、そのときは胸を張って彼に会いに行こう。

それまではとりあえず、“相互フォロワー”程度の距離感で十分だ。

私はスマホを充電器につなげ、電気を消して目をつぶる。ダウンタイムのつらさを想像すると憂鬱だが、明日からまた新しい自分にアップデートできるのかと思うとワクワクで胸がいっぱいだった。

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元彼に最低な振られ方をした女の不遇な人生