ジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんは、2020年6月からYouTubeチャンネル「公式 池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」で動画を配信している。これまでの配信本数は170本超。テレビ出演などで多忙にもかかわらず、なぜそこまで続けているのか。池上彰・増田ユリヤ『メディアをつくる!』(ポプラ新書)より一部を紹介する――。
撮影=中西裕人
ジャーナリストの池上彰さん(左)と増田ユリヤさん(右) - 撮影=中西裕人

■「本音」や「素」の部分が出ている

【増田】始めてからもうそろそろ1年になりますが、池上さんは、YouTubeを始めてみて、どうですか?

【池上】それが、楽しくて。我ながらびっくりしている。これまでも、テレビでも、書籍など出版の世界でも新しいことにチャレンジしてきたけれど、YouTube学園では新たなジャーナリズムやメディアの形に挑戦したいと思っているんだよね。

テレビでは、「週刊こどもニュース」で、ニュースに詳しいお父さん役を通して、家族でニュースを見て考えるというコンセプトの番組に挑戦した。NHKを退職した後は、民放のゴールデンタイムの番組で海外情勢を解説したり、選挙特番をしたり、さまざまな切り口で報道に取り組んできた。そこで次は、YouTubeという初めての分野に挑戦したいと思ったんだよね。

【増田】私もYouTubeをやってみて、「私たちが伝えたいことを伝えられている」という手ごたえを感じています。テレビや出版の世界とは違う、池上さんと私の「本音」や「素」の部分を見てもらえたら、と思っています。

【池上】そういう意味で、メイン動画以外に、日々のニュースについてZoomで語るZoomホームルームは、実にYouTubeらしい試みだよね。

■「日常的なやりとりをそのまま見てもらいたい」

【増田】企画会議のときに制作スタッフから、メイン動画以外で二人の日常の様子がわかるようなものをアップしたいという意見が出たんですよね。当初、それぞれの毎朝の習慣、いわゆる「モーニングルーティーン」を自撮りしてもらえないかと提案されました。

【池上】さすがに自分のプライベートを見せるということには抵抗があったので、別のアイディアはないだろうかと考えていたら、増田さんがよいアイディアを出してくれたんだよね。

【増田】池上さんはきっと一人でカメラを回すなんてしないだろうな、と思っていたものですから。深夜まで原稿を書いている池上さんの起床は、お昼前後でしょうから「モーニング」ルーティーンにならないし(笑)。ちょうど、コロナ禍でZoomなどを使った会議や講演会が増えていたので、Zoomを使った何かができたらいいな、と。それなら、池上さんと増田の日常的なやりとりをそのまま見てもらったらどうか、と思いつきました。

■意見を言わない池上さんにいらだつ増田さん

【池上】オレも緊急事態宣言があってから、大学の授業をZoomで行うようになり、これはいいアイディアだと思ったんだ。

撮影=中西裕人

メイン動画は台本なしでやっているけれど、Zoomホームルームはもっと即興でやる。Zoomの時間になったら、スタッフがそれぞれの場所からアクセスして、オレと増田さんがその日気になることは何かということをざっくばらんに話していく。

5分くらいで何を話すか決めて、すぐに撮り始める。長くても30分くらいかな。収録に参加している動画の校正者やスタッフから情報の間違いや表現について同時進行で確認してもらい、必要があればすぐに撮り直す。その場で、制作陣とタイトルの相談をして、だいたい1時間以内にはすべて終了。その後、スタッフが正式なタイトルを作成して、オレと増田さんがチェックしたものをアップする。

【増田】今までに動画は全部で約170本余アップしていますね(2021年5月現在)。最初に撮ったZoomホームルーム「河井夫妻逮捕の裏には安倍政権と検察の知られざる戦い⁉」では、ただただ、テレビと同様にニュースの解説を続ける池上さんに、私が「じゃあどうすればいいんですか?」と繰り返し聞いていますね。池上さんがなかなか自分の意見を言わない。いらいらしているのが画面越しに伝わってきます(苦笑)。

■「増田さんが池上さんと対等にやりとりしている」

【池上】今見ても、増田さんから突っ込まれて、オレがタジタジになっているのがわかるよね。長いこと、ニュースの解説ばかりをしてきたので、自分の意見を言うということに慣れていないんだよ。

【増田】実はこういうやりとりは、動画の中でも外でもあって、私が遠慮会釈なく池上さんに対して突っ込むのは日常的なこと。視聴者の皆さんは、きっとハラハラしてご覧になっていたことでしょうね。スタッフだって最初はハラハラしていたんですから。そんな私の態度が批判されてしまったこともありました。

【池上】ふだん、たとえばテレビではオレが解説をして、女性タレントあるいは女性アナウンサーが聞き役をするという構図が多いものだから、そのくせが抜けなかったんだよね。テレビとは全く違う世界が新鮮だったな。コメント欄に、テレビと違って、増田さんがオレと対等にやりとりしている、という書き込みもあったよね。

池上彰、増田ユリヤ『メディアをつくる!』(ポプラ新書)

【増田】情報番組やニュース番組は、男性が解説して女性アナウンサーが「素直に受け止めて」聞き役に回る、というイメージが、視聴者にもしみついているのでしょうね。

【池上】増田さんのツッコミがあるからこそ、予定調和にならず、ニュースのわかりづらいところがわかりやすくなるし、見ごたえあるものになっているんだと思うんだよね。

今、あらゆる分野でジェンダー平等が言われるようになってきている。男性が解説し、女性が拝聴しながら頷くというのは、もはや前世紀の遺物という感じだよね。これからは、男女で話をする場合でも、男性が過激なことを言ってあおったり、女性が過剰な反応をしたりするのではなく、真の意味で対等なスタンスで話し合うというスタイルが、いろんなところに広がっていくんじゃないかな。われわれは、その先頭を走っている、ということだ(笑)。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。
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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
国學院大學卒業。27年にわたり高校で社会科を教えながら、NHKのリポーターを務めた。世界各地を精力的に取材している。著書に『新しい「教育格差」』『教育立国フィンランド流 教師の育て方』『揺れる移民大国フランス』などがある。
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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ)