4月22日に横浜みなとみらい地区に開業するロープウェー。駅舎内の作業のためゴンドラが空中に姿を現すこともある(記者撮影)

「次は桜木町、桜木町。横浜市役所へはこちらでお降りください」。横浜市営地下鉄ブルーラインに揺られていると、こんな車内アナウンスが聞こえてくる。久しぶりに地下鉄に乗った横浜市民にとっては意外な響きに感じるかもしれない。横浜市役所と言えば、関内駅前に建つレンガタイルの旧庁舎のイメージが強い。旧庁舎は1959年に竣工、建築家・村野藤吾(1891〜1984年)が設計した名建築として知られる。

変貌する桜木町駅周辺

市役所機能は2020年春以降、地下鉄・JR桜木町駅に近い北仲通南地区の新庁舎へ順次移転し、6月29日に全面供用を開始した。新庁舎は地下2階・地上32階建ての洗練された超高層ビルで、こちらのデザイン監修は建築家の槇文彦さんが手がけた。横浜高速鉄道みなとみらい線の馬車道駅とも直結。低層部では京浜急行電鉄の商業施設「LUXS FRONT(ラクシス フロント)」が営業する。

桜木町駅は1872年に日本で最初の鉄道が開業した歴史あるエリアだが、その海側はこの数年で市役所新庁舎と超高層ホテル、巨大なタワーマンションが建ち、大きく街の風景を変えている。駅には「新南口(市役所口)」が開設され、歩行者デッキで新庁舎と結ばれた。隣接のビルには「JR東日本ホテルメッツ 横浜桜木町」がオープン。日本鉄道発祥の地にちなんで1階に蒸気機関車(SL)を展示している。


桜木町駅の駅前広場に建設中のロープウェーの駅舎(記者撮影)

その桜木町駅周辺でまた新たな観光スポットが生まれようとしている。横浜市は1月13日、桜木町駅と新港地区を結ぶロープウェー「YOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマ・エア・キャビン)」が4月22日に開業すると発表した。みなとみらい21地区の表玄関とも言える東口の駅前広場では駅舎の工事が進行中だ。1月18日には新港地区側の駅舎内での作業のため、ゴンドラが初めて空中に姿を現した。

桜木町駅から新港地区の商業施設「ワールドポーターズ横浜」前の運河パークまでは、鉄道廃線を利用した遊歩道「汽車道」が通っている。ヨコハマ・エア・キャビンは汽車道の南側の水面上を、運河パークに建設したもう一方の駅舎まで直線で結ぶ。片道約630mの所要時間は約5分、最大で約40mの高さがあり、定員8人のゴンドラ36基で運行する。


新港地区に建設中のロープウェー駅舎(記者撮影)

事業主体は大阪市に本社を置く泉陽興業。同社はみなとみらい地区の遊園地「よこはまコスモワールド」のほか、葛西臨海公園(東京都江戸川区)や天保山ハーバービレッジ(大阪市港区)の大観覧車なども運営している。ロープウェーの建設費は約80億円。民設民営で公費負担はなく、横浜市には道路と水域の占有料が支払われる。

みなとみらいの夜景も楽しめる

営業時間は10時から22時。ゴンドラや駅舎などのライトアップは照明デザイナーの石井幹子さんが監修する。石井さんはコスモワールドの大観覧車などのイルミネーションも手がけているため、夜間もエリア一帯で調和のとれた景観演出が期待できそうだ。

気になるロープウェーの運賃は大人1000円、子供500円と、“運賃”としてはやや高めの印象だ。泉陽興業の担当者は「周辺の施設や国内のほかのロープウェーを参考にして決めた」と説明する。年間利用者数については当初200万人を想定していたが「新型コロナウイルスの影響で下振れする可能性もある」という。

みなとみらいにある大観覧車「コスモクロック21」の料金は900円。横浜ランドマークタワーの展望フロアは1000円。ロープウェーも眺めのよいアトラクションの1つと受け止めたほうがしっくりくる。

横浜を代表する観光スポット「赤レンガ倉庫」がある新港地区は、近年開発が進んでいる。2016年に結婚式場やレストラン、専門店が入る商業施設「MARINE&WALK YOKOHAMA(マリン・アンド・ウォーク・ヨコハマ)」がオープン。2019年には大型クルーズ船が発着できる客船ターミナルと高級ホテルが一体となった「横浜ハンマーヘッド」も開業した。


新港地区の赤レンガ倉庫付近を走る連節バス「ベイサイドブルー」(記者撮影)

新たな移動手段も増えている。2020年7月23日には、横浜駅前(東口バスターミナル)と山下ふ頭を結ぶ連節バス「ベイサイドブルー」がデビュー。新港地区や大さん橋、山下公園を周遊する移動手段として役立ちそうだ。終点の山下ふ頭は最近「実物大の動くガンダム」で話題を集めている。

ロープウェーは「多彩な交通」の1つ

横浜市は2015年に「横浜市都心臨海部再生マスタープラン」を策定。エリアの回遊性を高めるために「まちを楽しむ多彩な交通の充実」を施策に挙げた。2017年には「設備及び運営等にかかる費用は提案者自らの負担として、公費負担を伴わないこと」として公民連携の提案を募集した。今回のロープウェーや、京急が運行中のオープントップバス(代金は1人1800円)もここから生まれた。ほかにも水上飛行機を飛ばすアイデアなどが検討されている。

泉陽興業の担当者は「1990年に大阪で開催された国際花と緑の博覧会(花博)でロープウェーの運行に参加した実績があったため実現できると考えた。大観覧車を受け入れてくれている横浜市民に恩返しがしたいという思いもあった」と提案の理由を語る。


みなとみらい21地区の夜景。ロープウェーは22時まで運行する(記者撮影)

横浜市都市整備局企画課の松井恵太課長はロープウェーについて「便利に移動するだけでなく、横浜のいちばん代表的な景観を眺めながら街の魅力を発見してほしい」と期待を込める。市は新港地区にある円形の歩道橋「サークルウォーク」にエスカレーターを設置するなど歩行者向けのアクセスの改善も同時に進めている。

足下は新型コロナの感染拡大に油断できない状況とはいえ、レジャー目的の外出がまた気兼ねなくできるようになれば、横浜の臨海部はちょうどよい近場のお出かけ先だ。ロープウェーを使わずとも桜木町駅から新港地区まで、天気がよければ汽車道をのんびり歩くこともできるし、路線バスなら220円で移動できる。みなとみらいを訪れるのはカップルや友人同士、家族連れが多い。ロープウェーの運賃を“高い”と感じるかもしれないが、誰と利用するかによってはプライスレスの思い出となる可能性も秘めている。