アニメーターの過重労働の根っこにある本当の問題点とは?(写真:Graphs/PIXTA)

「キングダム 第3シリーズ」「ハイキュー‼ TO THE TOP 第2クール」「約束のネバーランド 第2期」など、放送中止や延期に追い込まれたテレビアニメは数知れず、新型コロナウイルス感染拡大はアニメ業界にも多大なダメージを与えている。緊急事態宣言による外出自粛期間は、制作作業はほぼストップし、宣言解除後も苦戦は続いているようだ。

アニメ制作会社の人に話を聞いたところ、以下のような話をしてくれた。

「脚本会議や打ち合わせはリモートでもできる。製作委員会もほぼリモート。原画に関しては、以前からアニメーターが自宅で描き制作進行の人が車で回収していたが、今は専門業者が回収している。コストはかかるが、事故が防げるし社員も休ませられる。苦しんでいるのはアフレコ。スタジオ内に仕切りを作って3人しか入れないとか、オンライン・アフレコというのも始まっていると聞いている。プロデューサーはスタジオに行かず、リモートで社内から指示を出したりしていることもあるが、スタジオの中はどうしても密になってしまうことが悩みだ」

コロナ禍で顕在化する制作会社の経営力の差

さらに映画館の閉鎖で、興行収入10億円!と期待されていた作品がその半分もいかなかったり、公開翌日に閉鎖となってしまったりした作品もある。現在は上映が再開されているが、座席を空けて座らなければならず興行収入は減少してしまう。また、アニメのイベントもすべて中止、チケット収入はなくなり、プロモーションも弱くなる。

コロナ禍が経営に与えるダメージは深刻だ。制作がストップしている間も、家賃、光熱費、社員人件費は、必ずかかってくる。増えた分の費用をどこが負担するのか、製作委員会なのか、それとも制作会社がかぶるのかもはっきりしていない状態が続いている。

ただ私は、アニメ作品の制作中断や延期が直接的に業界に与える影響以上に、コロナ禍によってこれまで隠れていた、もしくは見て見ぬふりをし続けてきたアニメ業界の根っこにある問題点が、一気に顕在化していることに注目すべきだと考えている。それは、アニメ制作会社の経営力の差だ。

業界関係者によると、『エヴァンゲリヲン新劇場版:序』を大ヒットさせた庵野秀明監督は、この作品のために株式会社カラーを設立する際、BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)など財務を勉強し、100%自社で出資し大きな利益をあげ、次作の『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』につなげたそうだ。

しかし庵野監督のような経営者は少数派で、多くの経営者はBSは読めず、資金繰り表も作れず、内部留保の重要性もわからず、気にするのは翌月の現金だけ。だからキャッシュ(現金)が足りなくなると、前受金をもらうために無理を承知で新作を受注する。そしてあとで苦しくなり現場が崩壊。「アニメ業界の残酷物語」などと言われる過重労働問題の根本にあるのは、財務の健全化を図れない経営力のなさなのだ。

コロナ禍によって倒産したアニメ制作会社はまだないが、元々、4割くらいの会社が赤字だと言われている。問題が出てくるのはこれからだろう。それというのもアニメは、企画の開始から放送・公開までに2〜3年はかかる。今は2〜3年前に企画された作品が回っているが、今後は、劇場アニメの黒字が見込めないうえ、製作委員会を組成している各企業も自身の経営が苦しくなり投資を控えることが予想されるので、制作費の調達が難しくなる。

そうすると2〜3年後くらいに作品数の減少が起きるということになる。 業界に流れてくる資金が減るので、自転車操業を繰り返している内部留保がないアニメ制作会社は今後、新規の企画が減ると一気に苦境に立たされることになるだろう。

ちなみに内部留保とは、企業が生み出した利益から税金や配当、役員賞与など社外流出する分を差し引いたお金で、簡単に言えば「企業の儲けの蓄え」を指す。内部留保が少なく体力がない会社は厳しい状況に追い込まれる。だがその一方で、経営がしっかりしている会社はしっかりと儲けている。新型コロナは、これまでの経営の実力の差を明確にしてしまう。

コロナ禍で見えてきた製作委員会の功罪

新型コロナによって、製作委員会の問題点も見えてきた。今のアニメは、ほとんどが製作委員会方式で作られている。製作委員会は高額の制作費を集めるために考え出されたリスク分散システムだ。アニメはとにかくお金がかかる。30分枠の深夜帯テレビアニメ1話の制作費は1800万円〜2500万円が相場で、なかには3000万円を超えるものもあるといわれる。ゴールデン帯やプライム帯に放送される1時間枠のドラマより、時間あたりの金額は高いくらいだ。

しかし視聴率はせいぜい数パーセント。アニメは作品がヒットすれば大きな利益が出るが、その確率は低いハイリスク・ハイリターンのビジネスだ。1社で制作費を負担するのは危険なので、複数の企業が製作委員会を組成し共同出資する方式が生まれた。出資するのは、DVDやブルーレイ、音楽CDなどを販売する企業、キャラクターを利用する玩具メーカー、ゲーム会社、ネットに配信する配信サービス会社などで、アニメ制作会社が出資するケースもある。

製作委員会によってリスクが分散され、数多くの作品が生まれることになった。今の日本アニメの隆盛はまさに製作委員会があったからこそ成り立ったものだ。しかし今の製作委員会に問題がないわけではない。製作委員会から制作会社が受注すると制作費はそこで確定する。しかしその後も製作委員会からはさまざまな要求がくるため、それらをすべて受け入れると制作費は増えてしまう。

本来なら見積もりを出し直し制作費の増額を交渉できればいいが、それがなかなかできないので赤字になる。するとキャッシュが不足するので、また困難な案件をとってしまう。赤字作品を生み出す無限ループだ。これが繰り返されることによって粗製濫造の作品が増える。人は育たず過重労働が増え、やめていく人が増え、さらにはアニメ業界の悪い噂がたつ。

解決するには制作会社がしっかり交渉できる力をつけ、一方で製作委員会も制作会社が受注した後に要求をする場合、制作費の増額をすべきだ。現在の業界の疲弊状況ではアニメーターの育成もままならない。制作会社が利益を残し、内部留保を積んで経営を安定化させ、人を育てられる体制を作らないと、業界自体がどんどん弱体化していくことになる。

以下の「アニメーション制作者実態調査 報告書2019」にある「アニメーション制作としての仕事経験年数」別の人数割合を参照して欲しい。

(外部配信先では図やグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


(出所:アニメーション制作者実態調査 報告書2019)

アニメの世界も制作者の平均年齢は高くなっている。アニメーターには高度な技能が求められる。高技能者なら1時間の作業が、低技能者は100時間でも達成できないことがありうる。このため多くの原画をこなせるベテランの原画マンに仕事が集中し、若く未熟な人の収入は少なくなり離職率も高くなる。さらに低賃金・過重労働といった報道もアニメーター志望者の減少に拍車をかけている。

制作工程の中のレイアウトを描ける人材がだんだんと少なくなっているのも心配だ。レイアウトとは監督や演出が描いた絵コンテを元に、背景の構図とキャラクターの動きや配置を緻密に描いた完成カットの設計図ともいえるもの。近年、よく使われるようになっている3Dレイアウトは、それを補完するものでもあり、一度作れば誰でもどの視点からでもレイアウトをとれるので効率はよい。

しかし作品を見て圧倒されるような“すごい”レイアウトは、3Dでは表現できない「誇張」がほどこされている。 例えばレイアウトや原画の手本とされている1995年公開の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』や1989年公開の『機動警察パトレイバー』は、3DCGが導入される前の作品であり、日本のお家芸である鉛筆描きだった。

しかし今は、作業もデジタル化、細分化されていて、そうした芸術といえるほどのものを描ける人材を育てる環境がなくなりつつある。

ヒット作は実績データではなく、非言語の力が生み出す

アニメ作品への投資は巨額だが何に「懸けて」いるかというと、クリエイティブとそこにかける情熱であり、それは過去の収益実績や運用実績などのトラックレコードでは測れないものだ。例えば『君の名は。』は興行収入250億円と大ヒットしたが、新海誠監督の前作『言の葉の庭』は興収1億5000万円しかない。

過去の実績ではなく、あのセンス、才能を信じたことが、新海誠監督を劇場アニメ第1作の『ほしのこえ』以来支援していたプロデューサー、川口典孝さんのすごいところだ。トラックレコードでアニメへの投資を判断すると失敗することが往々にしてある。

加えて、ヒットアニメを生み出すのにどうしても必要なのがチームビルディング。どんなクリエイターを集め、どうやってチームの雰囲気を作っていくか。そこでできたカルチャーが何かを生み出すパワーとなり、ヒットにつながる。それはトラックレコードをきれいにパワーポイントにまとめただけでは表せない。

数字に出てこない、言葉に落とせない何かが画面に伝わり、客はそれを見抜く。他業界からアニメ業界に転職したとある人の言葉が、コロナ禍でも変わらない制作現場を浮かび上がらせる。

「過重労働など、現場の状況を一方的に切り取られることが多いけれど、アニメ業界はいい業界だと思う。みんなが1つの方向に向かって進んでいく感がすごくある。これは、ベクトルが個々に違う一般企業との大きな差だろう。アニメ業界は忙しく給料も安い。ただ、どういう人たちと一緒に働いているか、どのような満足があるかということは、人間としてものすごく大事なはず。コロナ禍であらためて気づいた」

良質な作品を作り続けられる環境を守るために、今こそアニメ制作会社は経営能力を身に付ける必要がある。