新車として売られているクルマのほとんどはAT車

 いま、新車として売られるクルマの98%がAT車だ。販売ランキングの上位に入るホンダN-BOX、ダイハツ・タント、トヨタ・プリウスなどは、MT(マニュアルトランスミッション)を選べず、ATが多数を占める。

 それなのにMTは、関心が意外に高く話題になる。これを示すデータがAT限定免許の比率だ。2019年に第1種普通運転免許を取得した人のうち、AT限定は67%だった。残りの33%はMTも運転できる免許を取得している。仕事で商用車を運転するとか、念のためにAT限定を避ける人も含まれるが、MTを選ぶ可能性も残している。

 そして最近は、MTを選べる車種が徐々に増えてきた。マツダは積極的で、OEM車を除くと、CX-8以外の全車に6速MTを用意した。トヨタもスポーツカーの86のほかに、ヤリス、C-HR、カローラでも6速MTを選べる。日産はスポーツカーのフェアレディZに加えてノートやマーチのNISMO S、スズキスイフトは、スポーツのほかにノーマルエンジンのRS、アルトワークスにも5速MTがある。少数派ではあるが、コンパクトで割安な車種にMTが設定されている。

昔のMTを知る中高年層が小型車でMTに回帰!

 背景には複数のねらいがある。まずは需要の掘り起こしだ。SUV風のモデルやエアロパーツ装着車と併せて、MTも設定してユーザーの反響を見ている。車種のイメージ向上もある。ヤリスやスイフトにMTを設定すると、運転を楽しめる走りの良いコンパクトカーという訴求が成り立つ。

 MTによる楽しさの訴求は、もはや古い発想だが、今はクルマのユーザーも高齢化した。子育てを終えてコンパクトカーにダウンサイジングするとき、MTが用意されていると故郷に帰ったような懐かしい気分になる。ヤリスのMT比率は5%以下と少ないが、イメージリーダーだから、それで良いわけだ。C-HRで6速MTを選べるのは1.2リッターターボのみで、ハイブリッドには設定されないが、全体の10%だから意外に高い。

 そしてMTの販売比率がATを上まわるのは、マツダ・ロードスターの70%以上、ホンダS660の約70%になる。運転の楽しいスポーツカーだからMT人気も当然だが、エンジンの排気量も重要だ。大排気量のMT車で高回転域まで回したら、法定速度を簡単に超えてしまう。

 しかし1.5リッターのロードスター、軽自動車のS660、先に述べた1.2リッターのスイフトRSなら、MTを駆使したパワーを出し切る走りを無理のない速度で味わえる。あるいは峠道の登り坂では、MTを上手に操作してエンジン回転を高く保たないと、楽しく活発に走ることができない。小排気量車は、大排気量と違って、MTの操作にそれ相応の技術を必要とする。

 こういった事情を知っているのは、MTとATの比率が各50%だった1980年代に、スポーティカーを運転した世代だろう。前述の子育てを終えた中高年齢層には相応の説得力がある。

 ダイハツのエンジニアは次のようにコメントした。「東京モーターショー2019にロッキーを出展したら、多くのお客様から『MTはないのか』、と尋ねられました」。この質問をしたのも、おそらく中高年齢層だ。忙しい時期を過ぎて、改めて自分に適したクルマ選びを考える。大きなクルマで見栄を張りたいとは思わないが、自分流のこだわりを反映させたコンパクトで楽しいクルマに乗りたい。だからロッキーに「MTはないのか」と尋ねたのだろう。

 自動車メーカーもクルマ好きの集団だから、自分達が欲しいと思える車種を企画してみたらどうだろう。絶好調に売れることはなくても、閉塞感のある毎日が、少しは楽しくなる。それで十分ではないか。