■コロナの恩恵を受けたテレビ朝日

世間が新型コロナウイルスによる混乱を受けつつも、多かれ少なかれその“恩恵”を受けている業界の一つがテレビ業界だ。3月にダイヤモンド・プリンセス号内に感染者が確認されて以来、国民のコロナへの関心が高まっていることもあり、報道番組は連日高視聴率を記録している。

テレビ朝日「モーニングショー」ホームページより

特に緊急事態宣言が出た4月7日以降、各局の報道番組は軒並み好調で、4月15日放送の「報道ステーション」は、視聴率20.6%を記録。緊急事態宣言以前は、同番組は視聴率上位にランクインしなかった事実を見ると、テレビ朝日はコロナの恩恵を受けていると言えるだろう。

だが、その代償も大きかった。4月11日、同番組のメインキャスターである富川悠太アナウンサーが新型コロナウイルスに感染したことが判明。結果として、テレビ朝日はコロナ禍においてもっとも注目を集めたテレビ局となったと言えるだろう。

そんなテレビ朝日において、もうひとり連日注目を集める人物がいる。それが「羽鳥慎一モーニングショー」)にコメンテーターとして出演している同社社員の玉川徹氏だ。

■元テレ朝スタッフが語るテレ朝の本当の闇

実は筆者はかつて、テレビ朝日のスタッフとして同局の業務に携わっていた。

当時、テレビ局外でよく耳にしたのが「テレビ朝日は左寄り」「玉川徹アナはなぜあそこまで現政権にケンカ腰なのか」といったことだ。だが、同局の中にいた身として、正直にその内実を語るならば、テレビ朝日はそこまで大きなイデオロギーを持っているわけではないと結論付けたい。

では、なぜ玉川徹氏はここまで問題発言をしてしまうのか。彼に近い場所にいた身として、玉川徹氏をめぐる問題を整理したい。

まず、よく耳にする世間のメディアに抱く誤解として、テレビ局各局が持つイデオロギーについての見解を述べたい。日本のマスコミは先進諸国と比べるととても特殊で、新聞社とテレビ局、ラジオ局がそれぞれ株式を保有してグループ会社化する「クロスオーナーシップ」と呼ばれる制度下に置かれている。

■クロスオーナーシップ、イデオロギーは正直無縁

たとえば、フジテレビ、ニッポン放送、産経新聞社はフジサンケイグループという同じグループに属しており、そのため各メディアで独立性が保たれておらず、さらに互いの利害関係下に置かれているため“自由な報道”ができないという批判だ。

むろん、この批判は正鵠(せいこく)を射ているとも言えるが、その一方で中にいた身としては、やや言いすぎな意見でもある。というのも「朝日は左」「産経は右」などとよく言われるが、それはクロスオーナーシップの関連企業すべてに適用されているわけではないからだ。

特に朝日新聞とクロスオーナーシップ関係にあるテレビ朝日、そして同局の玉川徹氏が出演する「モーニングショー」もその例外ではない。「テレビ朝日は政権に批判的」という声を、SNSを中心に耳にするが、その“陰謀論”は間違いだ。玉川氏が自由に放言していると言われているが、それはあくまで同局の番組制作チームが、ある程度玉川氏に発言を自由に任せているだけにすぎない。

■学生時代より「本を読まなくなった」報道スタッフ

そもそも、玉川氏はテレビ朝日の正社員である。そして、彼一人で「そもそも総研」の調査をしているわけではなく、制作チームの中で担当者が割り振られ、さらに報道チームから情報を得てあのコーナーを放送している。そして、その内実を率直に話すと、報道記者は日々の業務に追われているため、インプットがおろそかになっているケースがとても多いのだ。

テレビ局で報道番組に配属になったスタッフは、政治や社会問題に対して比較的関心を持っているケースは少なくないが、学生時代と比べればめっきり本は読まなくなったと答える人が大半で、明日の締切に追われ続けているため取材や調査がずさんになりがちなのだ。

先日、それを示す典型的なケースがあった。4月28日放送の「モーニングショー」の「そもそも総研」で、玉川氏は「4月27日に東京都が発表した、土日に行われたPCR検査で陽性と判明した39人は、全部民間検査によって行われている」という趣旨の発言をした。

■翌日、すぐに訂正。なぜこんなことになってしまうのか

具体的に発言を引用すると、<民間よりも、通常は平日で言えば、行政検査の方が多いんですよ。行政検査が土日休みになっちゃって、結果として、民間で検査をしたものの中から、感染者が39例ということなんですね>というものだ。この“事実”をもとに、彼は5月の大型連休に入ると、行政検査が休みになり、民間検査が続くためこの数値が続くと批判的に発言したのだ。

だが、周知の通り、玉川氏の“スクープ”は完全なる誤報だった。

4月29日放送の「モーニングショー」で、司会の羽鳥氏は「東京都の感染者の数について解釈が違っていました」と謝罪し、玉川氏もこれに続いて謝罪した。

玉川氏は、このような誤報に至った理由について「テレビ朝日の記者が都庁でのレクチャーを取材して作成したメモの解釈が間違っていた」という趣旨の説明をした。彼は誤報を認め、すぐに謝罪したとはいえ、報道番組としての責任はあまりにも重い。

■玉川氏の謝罪からわかること

だが、ここで一つわかることがある。

それは、玉川氏は「批判のための批判」をしているというよりは、サラリーマンとしてできる範囲の時間を割いて業務にあたり、番組で求められる立場として上述したコメントをしたということだ。つまり、彼にはイデオロギーがあるわけでも、つぶさに事実を検証していくジャーナリスト精神が宿っているわけでもない。

それを示す彼の発言がある。

玉川氏は以前、文春オンラインにおける直撃インタビューで、自身がテレビに出るコメンテーターになった理由について、「(僕は)制作者がどういう風なことを出演者に望むかということも体感上で分かるんですよ。僕はやっぱりディレクターなんです。番組に生で出てて、他のスタッフが演出した、準備した以上の足りない部分の演出を自分でやっているという感じなんですよ」と発言している。

■結局、サラリーマンにすぎない

つまり、確固たる思想があるわけではなく、会社が自信に望む期待に対して忠実に応える一人のサラリーマンにすぎないと発言しているのである。それこそが、彼が政権に対する批判的な発言を“気まぐれ”に口にする理由にほかならない。

コロナ禍において視聴率の好調が続く同局において、玉川氏は優秀なサラリーマンにすぎない。だがこのあっけない事実に対し、SNSに代表される世間はあまりに玉川氏に敏感になりすぎているきらいがあると思うのだ。とはいえ、世間に影響力のあるテレビ番組に出演する人物が事実と異なる報道をするのは大いに問題があることだけは付言しておきたい。

(ライター 柚木 ヒトシ)