「公的年金以外に老後資金2000万円が必要」の金融庁報告書が話題になったのはつい最近の話。しかし今は徐々に税率が上がる「大増税時代」だ。どうすれば堅実に資産を残すことができるのか? 税制改革の最新事情をまじえながら、各種税金を節税する方法を専門家が伝授する。

■節税をディフェンスの技術として考えない

2019年10月1日に消費税が8%から10%に引き上げられた。そこにばかり注目されがちだが、近年、日本は全体的に増税傾向にある。2020年から給与所得控除額が引き下げられ、所得税は実質的にアップ。だからといって「お上はヒドイ……」と嘆いているだけでは、家計はますます税に圧迫されるばかりだ。そこで積極的に策を講じていきたい。

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税理士の湊義和氏は、「節税を『税金からわが身を守る』というディフェンスのテクニックとしてとらえないほうがいい」と語る。

「近年、税制を活用することで結果的に家計の資産を増やしたり、次世代のために役立てようとする仕組みが増えています。脱税に近いような節税テクニックを磨くのではなく、これらの税制を積極的に活用することで、ポジティブに節税をすればいいんです」

■どのように税制を活用するべきなのか

では、どのように税制を活用するべきなのか。湊氏によれば、「所得税で大事なのが、まず制度全体がどうなっているのかを認識すること」だという。

まずは所得税制度の全体像を確認してみよう。所得税がかかる所得は10種類に分類される。そしてこの10種類の所得は、税率の掛け方が異なる「総合(合計)課税グループ」と「分離課税グループ」に分けられる。

「総合課税グループ」は、基本的に通常の所得にかかるもの。収入が多ければ税金も多く負担してもらおうという発想で、所得が上がるにつれて税率も上がる「超過累進税率」だ。一方の「分離課税グループ」は、臨時的にかかるもの。退職所得のように、一生の中の大事なイベントで入ってきたお金を、ごっそり持っていかれてしまうと生活が困難になる可能性が高い。そのため、税金が安めに設定されている。

「この全体像が頭に入っていると、取るべき節税対策が見えてきます。つまり、現在自分のキャッシュフローが総合課税グループにある人は、分離課税グループに移すことで税金がグンと安くなる。このレーンチェンジする仕組みを知っておくことが重要です」(湊氏)

会社員の税金関係は年末調整で会社が処理するため、自分では手の付けどころがないようにも思える。しかし、自分でレーンチェンジできる仕組みもある。そのひとつが、自分で決めた掛け金を積み立てて運用し、60歳以降に受け取る私的年金制度「iDeCo」だ。

「iDeCoに加入し一時金として受け取れば、それは退職所得となるので、給与所得の一部を退職所得にレーンチェンジしたことになります。iDeCoの運用先は銀行の定期預金でも認められるのに、活用している人は案外少ない。非常にもったいないですね」(同)

また、株式の譲渡が分離課税グループであることも注目したい。現在の所得税の最高税率は45%で住民税は10%なので、合計55%の税金がかかる。これに対して株式は、どんなに儲かっても税率は一律20.315%。圧倒的に有利だ。

ベンチャーなど、企業の創業期にかかわった人たちの財産が圧倒的に残るのは、ストックオプション税制を利用していることが大きい。自社の株式を売却するとき、給与所得ではなく譲渡所得で課税されるため、節税効果は非常に高くなる。

「勤務先にストックオプション制度がなければ活用できませんが、これから転職する際、制度があるかないかは、ひとつの目安になります。iDeCoもストックオプション税制も、増税傾向にある中で設定された、自ら資産をつくると同時に節税効果もある制度。今後、さらに同じような制度がつくられていく可能性があるので、知見を広げておきましょう」(同)

■効果が大きいのは「税引き前」

所得税を課税グループ別でとらえる以外に、湊氏がビジネスマンに意識してほしいというのが、「税引き前」という見方だ。会社員が手にするお金は、基本、税金が天引きされた後のもの。しかし大きな節税効果を狙うなら、税引き前のキャッシュフローをコントロールすることが大事なのだという。

ビジネスマンが扱える「税引き前」のお金といえば、ここ数年推奨されている副業で得た収入になる。たとえば英文の翻訳で100万円の売り上げがあったとして、資料や辞書の購入、翻訳講座の受講費など、経費として認められる使い方で100万円を使い切ってしまえば税金はゼロになる。

「もちろん同時にその年の所得もゼロになりますが、この年に経費をかけて自己投資したことが、次年度以降の売り上げ増につながる可能性も出てきます。つまり、税と向き合うことが今後のビジネス戦略や、仕事との向き合い方、ひいては人生設計の計画にもつながっていく。それが後の大幅な収入増になる場合も少なくありません。ゆくゆくは大きなリターンが得られる節税となるのです」(同)

■資産2億円までなら相続税はゼロに?

「相続税を払うのは一部のお金持ち、という感覚はひと昔前の話。相続税の基礎控除は以前に比べて4割も縮小されています」

こう語るのは税理士・公認会計士の高橋敏則氏だ。現行制度の基礎控除は「3000万円+600万円×法定相続人」。総務省統計局の調べによると、高齢者世帯の貯蓄現在高は2017年で1世帯あたり2386万円、中央値は1560万円。土地や建物など不動産の評価額を足せば、控除枠を超える家庭は少なくないだろう。

「とはいえ、相続税は節税の余地がかなりあります。あくまでも目安ですが、資産2億円くらいの資産家なら、節税対策で相続がゼロになることも珍しくありません。ただし、対策のほとんどは被相続人が亡くなる前に行う事前対策です。相続は被相続人が死亡した瞬間に始まりますが、そこから対策を取っても手遅れの場合が多い。とにかく早め早めに手を打つことがポイントになります」(高橋氏)

まず何から始めるべきか。基本は、いかに相続財産を減らすかだ。息子や娘へ財産を移転して、生前のうちにできるだけ多くの贈与をすることが鍵となる。

「贈与税は、もっとも税率の高い税金。だから贈与をする場合は、まずは贈与税が非課税になる特例制度を優先して活用すべきでしょう。なかでも『住宅取得資金の贈与税特例』は、今回の消費増税対策のひとつとして、期間限定で非課税限度額が大幅にアップしています」(同)

■不動産に変えて贈与したほうが、2〜3割得

また、現金でなく不動産を贈与することも節税効果が高い。贈与税を計算するときの財産の価格は、通常の取引価格ではなく相続税評価額を用いることになっている。不動産の相続税評価額は場所によって異なるが、通常の取引価格の70%から80%程度。現金で贈与するよりも不動産に変えて贈与したほうが、2〜3割得をするのだ。

相続税対策は親の意思がハッキリしている元気なうちに開始するのが理想だ。では節税対策に無関心な親をその気にさせるにはどうしたらよいのだろうか。

「知人などの相続の苦労話を聞かせると、ひとつのきっかけになるかもしれません。相続開始後に遺産分割が成立していないと特例を受けられないこともあります。相続開始後、遺産分割を成立させるためにも、親が積極的に対策に乗り出すことは重要です」(同)

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湊 義和
慶應義塾大学卒業後、国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。米国留学、本店勤務などを経て、税理士事務所へ転職。1999年湊税理士事務所として独立開業。
 
高橋敏則
1956年生まれ。80年公認会計士二次試験合格後、外資系会計事務所、監査法人を経て、高橋会計事務所を開設。著書に『相続・贈与でトクする100の節税アイデア』など。
 

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■▼所得税対策 さまざまな控除を活用する

Getty Images=写真

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■▼相続税対策 いかにして財産を減らすか

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(山田 由佳)