「最近、港区飽きたよね?」

そんな女子の嘆きを、貴方は聞いたことがあるだろうか。

毎回同じメンバーが集い、デートも口説き方も、遊び方も変わらない。

そんな“港区”に飽きた女たちが、新鮮味を求めて流れている場所がある。

それが、代官山を中心とした渋谷区だ。

そこに集う男性たちは、ITを駆使して時代を切り開く東京のニューリッチ層。

そんな、まさに“NEO世代”と呼ぶに相応しい、渋谷区に生息する「#ネオシブ男子」である恭平。

アキという彼女がいながらも“結婚制度は更新制で良い”と豪語していた恭平だったが、編集者の由奈に出会い、心がザワつき始めたのだが、由奈が突然婚約した事を知る。

その一方で彼女のアキに別れを告げると慰謝料を請求され・・・




「じゃあ、慰謝料500万貰っていい?」

別れ話をした時に捨て台詞の如く、慰謝料を請求してきたアキ。彼女が去ってから、僕はしばらくカフェのテーブルの上に置かれたコーヒーカップを2つ、呆然としながら眺めていた。

「ありえないだろ」

そう吐き捨ててみるものの、アキはアキで傷ついていたことも確かである。しかしどう考えても慰謝料500万なんて成立するわけもなく、僕はどうやって彼女を説得すべきか考え込んでしまった。

ふと昔の自分を思い出す。

学生時代、バイトに明け暮れていた時に交際していた彼女からは、“お金がない人とは付き合えない”と振られたっけ・・・。

今の僕は、どうやったら最短で金を稼げるかと考えていた学生時代の僕から見ると、どう見えるのだろうか。


ネオシブ男子の周りに、心を許せる人はいるのか?


その晩、男だらけの食事会に顔を出すため僕はオープンしたばかりの『broc 長谷川稔Lab』へと向かった。

不定期に開催されているこの会は、メンツは元外資系金融マンで今はコンサル会社の社長、僕と同じような投資家と経営者たち、あとは俳優と職業はバラバラのメンバーが集まるが、案外楽しい会となっている。

「恭平さん、最近どうなんですか?」

右隣に座っていた俳優のタケルが訪ねてくる。先月まで映画の撮影で忙しかったらしく、しばらく顔を見ていなかったのだが、今月はちょっと落ち着いたとのこと。

ちなみに、意外に僕の周りには女性だけではなく、こういう俳優とか男性モデルの人も多い。

彼らは華やかな世界にいながらも今のご時世を反映してか、セカンドキャリアを考えている。皆芸能界とは別のビジネスをしたいようだ。

だから僕たちのような投資家や経営者の会によく顔も出すのだが、こちらも多少なりともミーハーな気持ちもあるので、こうしてフラットに付き合っているのだ。

「あぁ、彼女と別れようって言ったら慰謝料500万請求されたよ(笑)」
「マジっすか!?えぐっ・・・」

タケルも失笑している。そりゃそうだろう。そんな事を言う女性が実際にこの世の中にいるなんて思ってもいなかった。




「なになに?恭平、彼女にそんな事言われたの!?面白いじゃん」

ついでにもう1人、僕の左隣に座っていた経営者の春樹先輩が身を乗り出してくる。

「恭平ってさ、感情を表に出さないし何考えているか分かりにくいところがあるから、その女の子も煮え切らなかったんじゃないのか?まぁ頑張れよ」

僕より10歳年上の春樹先輩。確実に面白がっているようだ。

「ただ、その子も勿体無いよなぁ。そういう事をした子ってすぐ噂も広まるし、次に繋がらないのにな」

春樹先輩の言葉に大きく頷く。

港区ほど密に繋がってはいない渋谷区。他人に無関心そうで、個々で活動しているようにも見える。

けれども意外にも根っこの部分では変わらなくて、誰かを介せばすぐに繋がるし、信頼できる人を求めている。

「本当、勿体無いですよね」

僕は独り言のように、春樹先輩の言葉を繰り返した。


ネオシブ男子のゴールは?アキとの最終決着の行方・・・


結局、アキの一件は何度かLINEや電話でやり取りをして落ち着いた。

さすがに向こうも無謀な言いがかりだと、どこかでは分かっていたらしい。そして何より、彼女はとにかく結婚したかったことがよく分かった。

「いやいや、だから俺はそこまで結婚願望はないって言っていたじゃん?」
「恭平には、寂しいっていう感情はないわけ?結婚したいとか思ったことないの?」
「寂しい、か・・・」

広い部屋に一人でいる時に、寂しいと思うことはある。美味しいご飯を食べ、良いワインを飲むときに分かち合える人がいると嬉しい。

けれども寂しさを埋めるために結婚しようとは思わないし、多分僕は今の人生が結構気に入っているのだと思う。

「もういいよ。勝手にして。でもいつか、結婚したいと思えるような子が現れるといいね」

それだけ言うと一方的に電話を切ったアキ。

ちなみに、彼女が投資をやっている別の男と結婚したことを、風の噂で聞いたのは半年後のことだった。




火曜の昼下がり。

この時間に、ふらふらと散歩がてら気になる本を手にとって読むのが好きだった。週末になるとかなり混む蔦屋代官山だが、平日昼間はまだ少しは空いている、

外の椅子に座っていると、幸せそうにベビーカーを押している女性や、コーヒーを片手に楽しそうに話している女性たちが目に入る。店内ではPCを広げて何やら仕事をしている僕と同じ歳か、少し若いくらいの男性が沢山いる。

渋谷区には様々な人がいる。

服装も職業も皆自由で、一見クール。けれども心の中では何かを生み出したいと切に願いながら、それを認めてくれる人、そして愛し愛される誰かを探し続けているのかもしれない。

だがそれを大々的に言葉に言うのは少しダサい気がして、心の奥底にそっと隠している。そんな厄介な意気地なしの扉をガンガン壊してきてくれるような人に出会えた時、僕たちの心は動き始めるのだ。

「10年後、何をしているんだろうなぁ」

目の前を通り過ぎた、犬を連れた由奈に似た女性を見ながらふと考える。

由奈のような自立している女性は、僕のことを選ばない。けれども好きになるのはそういったタイプ、という何とも皮肉な一方通行が成り立っている。

明確な目標があるわけでもなく、欲望がものすごくある訳でもない。そんな中で久しぶりに感情が動いた、由奈という女性。

きっとまたどこかで、彼女のような人に出会えるだろう。

そう思いながら、僕は11月にしては異常に眩しい日差しに目を細めた。

様々な人が行き交い、出会いと別れを繰り返す中で特に大きなドラマがあるわけでもないけれど、少しだけ華やかで楽しい日常生活がこの界隈にはある。

そんなこの街が好きで、僕は秋の日差しの中でしばらくぼうっと人間観察を続けていた。

Fin.