東京は、飽きない街である。

東京都の人口は、約1,400万。47都道府県ある中、1割以上の日本人は東京に住んでいるという計算だ。

その分、人との出会いが多く、刺激的な仕事も多い。この生活に慣れると、東京以外で暮らすということが考えられなくなってしまう。

もしそんなとき、“地方に住む”という選択肢を提示されたら…?

これは「地方に住む」経験をした(している)人の、リアルな体験談である。

今回話を聞いたのは、夫の転勤で北海道に引っ越した恵梨佳さん(30)。東京以外の生活はアリだった?ナシだった?




<今週の地方在住者>
名前:恵梨香さん(仮名)
年齢:30歳
住居:北海道千歳市


東京育ちのお嬢様が経験した、カルチャーショック


待ち合わせ場所に、白いニットで現れた彼女。席に着くなり、東京との気候の違いについて語り始めた。

「東京人の私からすると、北海道に秋はないんです。10月に入ると千歳の朝晩はもう気温一桁。8月に大きなお祭りがあったんですが、うっかり夏気分で浴衣を着て芯まで冷えて、翌日から風邪で寝込みました。」

今回話を聞いたのは、北海道で絶大な人気を誇るルタオのカフェ『ドレモルタオ』。東京にいても目を引くであろう華奢で目力美人の彼女は、予想に反して勢いよく喋りだした。

「このカフェ、千歳駅から歩いてすぐなんてお伝えしてしまいましたけど、ヒールだと20分近くかかりますよね?ごめんなさい。ここに来た頃は7分以上のところは絶対タクシーに乗っていたんですけど、いつのまにか北海道感覚になってるんですね」

そういう彼女の足元は、歩きやすさ重視のスニーカー。今ではすっかり“北海道仕様”になっているようだが、彼女は元々、東京生まれの東京育ち。

「そう、事前にお伝えした通り、私の実家は港区高輪です。中学高校は近くのミッション系の一貫校でした。大学も就職ももちろん東京。学生時代にUCLAに1年交換留学してその寮に住んだ以外は、東京以外で暮らした経験、なかったんです。それが今では…。その経緯とカルチャーショック、きいてくれます?」


生粋の東京ガールが直面した衝撃の展開と、北の大地の驚くべき「あるある」とは?


大事なものは全部“東京”に集約させていた


彼女はよくこのカフェに来るらしく、店員とは顔なじみのようだった。「リコッタチーズのパンケーキ、お願いします。」と慣れた調子で追加オーダーをすると、窓の外いっぱいに広がる白樺の木立を眺めた。

さっきまで陽光が煌めいていたが、午後4時、心なしか暗く、日没の気配が漂ってきたではないか。さすが北海道、イギリスと同程度の緯度なだけある。

「…私、大事なものは全部『東京』に集約したかったんです。家族も交友関係も、キャリアも。持って生まれたもの、築いたもの全部。せっかく東京に生まれたんだから、それを最大限に生かして効率よく生きていきたかった。」

彼女がそう考えるに至ったのは、どんな経緯があったのだろうか?

「だってそうでしょう?東京にはハードとしてすべてがそろっている。じゃあ個人的なソフトもそこに集められれば言うことない。最強の勝ち組だと思ったんです。だから大学時代から付き合ってた彼氏にも、転勤のない会社に行ってねと頼んだくらい。」




彼女の愛らしい印象からするとかなり堅実かつシビアなセリフ。だが北海道に来た理由は、夫の転勤についてきたと聞いている。計画通りとはいかなかったということか。

「…そうなんですよ。彼が28歳、私が26歳の時に結婚したんですが、翌年彼が財閥系の超大手ディベロッパーに転職が決まったんです。お給料は格段に上がるし、海外駐在の可能性もある。何より彼のやりたいことだから反対はできませんでした。」

夫の勤務は東京の本社でスタートし、外資系航空会社で英語を生かしたオフィス勤務の彼女と、最強のDINKSライフを送った。

しかし結婚3年目、夫が肝入りのレジャー施設のプロジェクトチームに配属され、北海道千歳市への辞令が出る。

「お互い、3秒で“単身赴任にしよう”と決断しました。プロジェクトの現場も近くて毎週金曜最終便ですぐ帰れるし、空港のある千歳に住むのは都合が良かった。週末婚のような感じでお互い行ったり来たり。」

週末婚のような生活は、かなり充実していたようだ。彼女は当時を振り返ってこう語る。

「私も別荘気分で…そうすると北海道って最高なんです。まあ一番いい季節の春夏だった、ってことも後から考えると大いに関係してたんですけど…。食材は新鮮、ちょっとドライブすれば世界遺産、温泉、牧場、絶景スポット。根っからの東京人の私でさえ、骨抜きになりました。」

…意外にも単純でピュアな部分もあるらしい。だが半年の単身赴任を経て、彼女は夫の住む町に引っ越してきた。

「ちょうど秋、去年の今頃ですね、ここに来たんです。週末婚もよかったのですが、さすがにずっとこれを続ける訳にいかないし。不動産屋さんには、せっかくこっちで住むんだからと“駅徒歩47分の庭付き4LLDK一軒家”などを勧められましたが、頑として突っぱねて、町で唯一の鉄筋10階建て駅前マンションに決めました。だってどうやって毎朝雪おろしなんてしたらいいんです?」

新居を整え、秋も深まった頃、ふと空を見上げた彼女は気がついた。午後3時半には、辺りはすでに夕闇に包まれ始めていたのだ。

北海道の、冬が迫っていた。彼女の北の大地での奮闘は、ここから始まった。


マイナス20度の日も?!東京人に北の試練が襲い掛かる。


「夏頃から気が付いていたんです、自転車やベビーカーに乗ってる人が少ないなって。それもそのはず、使えない期間が長すぎるのと、建物や目的地の距離が遠すぎる。」

北海道では、10月から5月のゴールデンウィークくらいまで雪が降ると言う。だから半年くらい、地面が常に凍結してツルツルだとか。

「私、免許がないんです。おかげで近所のイオンの買い出しに子供用のソリを引いていきました。町中スケートリンクみたなものなので、食材を抱えて歩くなんて無理なんです。

東京にいた頃はヒールの靴が大好きでたくさん持っているのですが、千歳市に来てからはほとんど履いていません。歩いてる人の足元を見ても、ソールの溝しかみてないかも。」

にっこり笑う彼女の笑顔には、北の大地で越冬した力強ささえ漂う。

何かと不便を感じて冬に免許を取りに行こうとしたが、見学に行くと敷地内コースさえ雪に埋もれて雪道講習さながらだったため、怖気ついて春を待ったという。

「札幌は例外中の例外として、北海道はまだまだ自然と人間が共存している感じ。市役所からヒグマ出没情報も配信されます。そんな中で移動手段は徒歩のみって、友達もできやしません。一人ぼっちで本当に辛かったですね。」




人間関係も、“東京流”に固執していては駄目だった


見るからに社交的で華やかな彼女だが、こちらに来てからずっと友人ができなかったというから驚いた。それほどまでに北海道が閉鎖的なのだろうか?あるいは彼女のふるまいに何か問題があったのだろうか。

「これまで人間関係で苦労したことがなかったので、そういう心配はしてなかったんですが、それは東京の限られた人たちの中の社交術だったことに気が付きました。」

そして彼女はこのままでは駄目だと気づき、行動に移す。

「子供もいないし、仕事もしてないし、まずはきっかけが必要だと思ってコミュニティセンターや町内の集まりに行ってみたんです。」

だがそこには、思わぬ落とし穴があった。

「ようやくできたお友達に呼ばれて行ってみるとネットワークビジネスの宣伝お料理会だったり、自宅エステの勧誘だったり。考えてみれば東京のように女性の仕事が多くないから、どうしてもそうなる。やっと友達ができたと思っていた私は傷つきました、なんだかカモにされてるみたいで。」

そこで仕事をしてみようとハローワークに行き、検索するとヒットしたのは工場の早朝作業と漁師。強がっていた心はぽっきり折れた。

「とにかく寒いし、寂しくて、引きこもりがちになって。夫以外の人と1週間もしゃべってなくて、もう駄目だ、東京に帰ろうと思ったある日、以前ネットワークビジネス攻撃を仕掛けてきた年上の友達が、心配して山菜やタケノコの下処理してたくさん持ってきてくれたんです」

30歳にして初めて故郷を離れて、どこか力んでいた彼女は、そこでふっと力が抜けた。

勧誘が嫌ならどんどん断ればいい。北海道の人は合理的でさっぱりしていると言われるが、とにかく東京流に固執しては前に進めない。

そしてようやく雪解け。免許と小さな車を手にした彼女の世界は一気に広がった。

「小樽、富良野、ニセコに十勝。週末ごとに夫を乗せて1泊2日でドライブに行きます。私が好きなところに行きたいので、運転も私。2、300キロくらいならちょっとそこまでっていう感じ。」

また、北海道ならではの“社交術”も身につけたと言う。

「平日も、スポーツセンターやパン屋さんのアルバイトで知り合った人にこちらからどんどん聞いちゃいます。〇〇に行きたいんだけど一緒にどう?って。みんな忙しいから断られることもあるけど、北海道の人っておおらかだから変に探り合うってこともなくて。

東京では、どこか『お誘いや予定が多い人気者の私』に満足してたようなとこ、あったんですけど。どう見られるかより、どうしたいかだなって。私、ようやく楽に息ができるようになりました。」

そこまで話すと、彼女はふわふわの名物パンケーキをほおばった。そして美味しそうな海鮮丼が並ぶインスタを開きながら、にっこり笑った。

「ところで苫小牧の漁港に漁師さん御用達の食堂があるらしいんですけど、良かったら明日の朝ご一緒しません?」

彼女の北海道ライフはこれからが本番なのかもしれない。

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