レアル・マドリードの下部組織(カンテラ)といえば、イケル・カシージャスやグティ、カスティージャ(レアルBチーム)で監督を務めるラウル・ゴンサレスなどを輩出した名門中の名門だ。今のトップチームにも、ダニエル・カルバハル、ナチョ・フェルナンデス、ルーカス・バスケスら、カンテラ出身者が名を連ねている。

 現在、カンテラのカデーテA(U−16)に所属する15歳の中井卓大は、カスティージャ、その先のトップチーム昇格を目指して奮闘している。そんな中井を、カデーテAのトゥリスタン・ロドリゲス監督はどう評価しているのか。20年以上にわたり、クラブの育成部門をわたり歩いてきた名指導者に話を聞いた。


レアル・マドリードの下部組織、カデーテAでプレーする中井  photo by Mutsu Kawamori/AFLO

――カスティージャに所属していた久保建英は、スペイン1部のマジョルカに期限付きで移籍しましたが、日本人選手がレアル・マドリードでプレーする可能性が広がってきた現状をどう捉えていますか?

「明らかなことは、日本人選手のボールコントロールの技術レベルが非常に高いということ。これは私の個人的な印象だが、真面目で自己犠牲の精神も兼ね備えている日本人選手は、どこの国・クラブに行っても重宝されるはずだ。それはレアル・マドリードという特別なクラブでも同じ。フットボールはチームスポーツであり、とくに現代サッカーでは”チームファースト”で動ける選手の価値が高いから、スペインでもチャンスが与えられる日本人選手は増えていくだろうね」

――現在、カデーテAでは中井卓大がプレーしていますが、レアルのカンテラからカスティージャ、トップチームへと進む選手はどのくらいいるのですか?

「どの世代のカンテラに入るかによっても変わってくるね。一番下(7歳〜8歳が属するプレ・ベンハミン)からカスティージャに上がる選手はひと握り。フベニール(17歳〜19歳の下部組織)からプレーする選手は確率が高いかもしれないけど、難しいことに変わりはないよ。

 カスティージャが戦う2部B(3部相当)も簡単なリーグではない。1部リーグと比較するとボディコンタクトが多いため、フィジカル面も重要になってくる。体がまだできあがっていない10代の選手にとっては難しい部分もあるし、とくにスペイン以外の国から来た選手は、その激しさと強さに最初は戸惑うかもしれない。ただ、そこで結果を残せた選手が、数少ないトップチーム挑戦へのチャンスを得ることになるんだ」


カデーテAのトゥリスタン・ロドリゲス監督 photo by Kurita Shimei

――以前はスペインの育成といえば、アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)らを輩出したバルセロナという印象も強かったですが、近年ではレアルのカンテラ出身の選手が世界中のリーグで活躍しています。この変化をどう捉えていますか?

「レアルに限らず、セルタ、セビージャ、デポルティーボ・ラ・コルーニャ、アトレティコ・マドリードの育成は非常に伸びているね。これは下部組織の国内での成績を見ればはっきりしているよ。バルセロナがひとつの時代を作り、その時代が幕を閉じようとしているのかもしれない。フットボールの隆盛というのは常に時代と共に移ろうもの。またバルセロナの時代になる可能性もあるし、どのチームのカンテラからフェノーメノ(怪物)が出てきてもおかしくないよ」

――ここ数年で、レアルのカンテラの育成方針が変わった点などはありますか?

「レアルに関しては、クラブの育成理念は昔から変わっていない。ヨーロッパ1部リーグのクラブにはレアルの下部組織出身の選手が多く、活躍もしている理由をひと言で説明するのは難しいが、やはり競争力が世界一であることが挙げられるだろう。レアルの哲学というのは、昔から『できるだけ少ないタッチで、できるだけ速くゴールまでボールを運ぶ』ということ。そのスピードに慣れた選手は、どこのリーグや国でも適応できる土壌を持っているんだ」

――乾貴士(エイバル)が台頭するまで、日本人にとってリーガ・エスパニョーラは”鬼門”になっていました。トゥリスタン監督は日本で子供たちを指導する機会もありますが、育成の段階から改善するべき点があるのでしょうか。

「繰り返しになるが、どんな練習をしているか教えてもらいたいくらい、技術面を向上させることは本当にすばらしい。しかし中には、その技術を試合のどこで使うかを正しく理解していない選手もいるように感じる。私が日本で指導をする時には、ドリブルが好きな子供が多く見受けられるね。ドリブルは局面を打開する大きな武器ではあるけど、ボールがひとつの場所に留まるということは、相手にチャンスを与えるのと同じだということも理解しないといけない。

 小さい頃から正しい指導を受け、選手が本質を理解しないと改善は難しいだろうね。より少ないタッチでゴールに迫ることが要求されるスペインに来て戸惑うJリーグの選手が多いのは、そういった戦術面やフットボールへの理解の部分が大きいと思う。乾は日本人の特長である献身性と、自ら仕掛ける技術と判断力を兼ね備えているが、そういった選手がもっと育ってきてほしいね」

――9歳からレアルのカンテラで育ってきた中井の印象は?

「ピピ(中井の愛称)の特徴は、ボールを落ち着かせることができること。その点でいえば、レアルだけではなく、スペイン中の同年代でもトップクラスの能力がある。チームの攻撃は彼を経由して始まることが多いし、ボールコントロールというスペシャルな武器を持っていることが彼の強み。今はボランチが主戦場で、チームのシステムが変われば前めのポジションでプレーする時もあるが、彼には自分なりのスタイルを見つけてほしいね」

――これまで、複数のカンテラ関係者に彼の評価を聞いてきましたが、やはりボールコントロールが優れていると口を揃えた一方で、守備面を不安視する声も多かったですが。

「たしかに、以前は守備で物足りない部分があったけど、今は格段によくなった。どんなにいい選手も、現代サッカーではデイフェンス力が求められるから、それは大きな成長だよ。今のピピは、攻守でチームに貢献できる選手になったね。ゴール数も増えてきたし、まだまだ伸びていくと思っている」

――彼がトップチームに上がる可能性はどのくらいあるでしょうか。

「ピピに限らず、世界中のどんな選手でもレアルのトップチームに上がることの難しさは、日本のファンやメディアの人間もしっかりと理解しなければならない。クラブの歩んできた歴史、ブランド、エンブレムの重さ、競争力も含め、すべてが世界トップクラスだからね。ただ、ピピのポテンシャルは計り知れないし、人間的にも上に行ける可能性が十分にある選手。私個人としても大いに期待しているよ」