沖縄初のプロオーケストラ・琉球交響楽団(琉響)が、約15年ぶりのCDアルバム制作に向けてクラウドファンディングで資金を募っている。発起人で指揮者の大友直人氏は「日本のクラシック音楽を盛り上げるためには、時代に即した新しい音楽をつくり出す活動が不可欠」と訴える。なぜその具体策がクラウドファンディングなのか。その背景にあるクラシック音楽業界の課題とは――。/取材・文=加藤藍子

■「背水の陣」で挑んだクラウドファンディング

指揮者の大友直人(おおとも・なおと)氏。1958年東京生まれ。現在、東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団音楽監督を務める。

「今回は相当厳しい。延期するしかないかもしれない」

協力してCD制作を手掛けるリスペクトレコード社(東京)の高橋研一代表が、大友氏にこう電話してきたのは2019年6月のこと。「楽団員もすっかりやる気になっている。ここでプロジェクトを止めるわけにはいかない、と頭を抱えました」と大友氏は振り返る。

琉響が第一作のCDをリリースしたのは2005年だ。沖縄で親しまれている伝統音楽をオーケストラ音楽に編曲し、地元を中心に好評を集めた。しかし、当時と比較すれば、音楽CDの市場規模は大きく縮小している。さらに、公的助成を得ていない琉響の財政基盤は厳しく、採算が取れないことは想像に難くなかった。それでも、皆でどうにかプロジェクトをやり通す方法がないか――。結果、思い当たった唯一の手段がクラウドファンディングだったという。

必要経費の総額は約750万円。自分達ではどうにもならない金額だ。大口のスポンサーを探すにしても確たるあてはない。半分だけでも確保するため、目標額を350万円に設定して、7月10日にクラウドファンディングをスタートした。当初は反応が鈍く、ゴールは見えなかった。だが、9月13日の最終期限まで2週間を切ったところで急激に支援者が増え、350万円をクリア。現在は、新たな目標額として、550万円を設定している。仮に達成したとしても、すべての費用をまかなえるわけではない。なぜそこまでしても大友氏は、このプロジェクトを成功させたいと考えるのだろうか。

■時代に合った「新しい音楽」を作り出さないといけない

琉響の発足は2001年。沖縄県立芸術大学(県芸)に音楽学部が開設されたことを受け、県出身の演奏家のために活動の場を提供しようと、県内初のプロオーケストラとして活動をスタートした。旗を振ったのは、県芸の当時の音楽学部長で、過去にはNHK交響楽団の首席トランペット奏者も務めた故・祖堅方正氏。大友氏は過去に共演した縁で、設立当初からミュージックアドバイザーとして参画した。毎年の公演で指揮を重ね、2016年からは音楽監督を務めている。

今回、琉響オリジナルの楽曲を制作することの意味について、大友氏は次のように語る。

「一般に、オーケストラ活動の大きな柱は、スタンダードな古典の名曲を演奏し続けていくことです。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンから近代の名作まで……といった具合ですね。ただ、これは世界中どこの楽団でも、日常的に営まれていること。楽団としての独自性を打ち出していくためにも、クラシック音楽を後世に伝わるものとしていくためにも、もう一つの柱が必要です。すなわち、時代に即した新しい音楽をつくり出していくことです」

■「客席総立ち」で踊りだしたアンコール

琉響は、その「もう一つの柱」を実践する場にふさわしいと、大友氏は考えている。人材育成機関としての公立の芸術大学があり、合唱や吹奏楽、コーラスなどを含めたアマチュア楽団の活動も盛んだ。ジャンルは異なるが、安室奈美恵をはじめとしたスターを生み出した「沖縄アクターズスクール」の存在など、音楽と県民の距離は、国内の他の地域と比較しても非常に近い。

実際、東京都出身の大友氏にとっては、忘れられない体験となった沖縄での出来事があるという。自衛隊の音楽隊による吹奏楽のコンサートを聴きに行ったときのことだ。

「メインのスタンダードな演目はもちろん素晴らしかったですが、アンコールで驚かされました。突然、隊員の数名が三線(さんしん)を取り出し、他のある隊員はマイクを手にして、沖縄の民謡を披露し始めたんです。すると、客席が一斉に総立ちになって踊り始めた。地域に、本当の意味で音楽が根付いているのだと実感しました」

大友氏は、琉響が介在することでその土壌をより豊かに育てていけると考えている。今回、制作に挑むCDでも、沖縄古来のメロディーと四季の風景に着想を得つつ、オリジナルの楽曲を仕立てる。

「今回のアルバムは気鋭の作曲家萩森英明さんによる、今までにない洗練された沖縄の音を感じていただけるはずです」

■東京と地方では「音楽へのアクセス」に深刻な格差がある

琉響の楽団員は県芸の卒業生が中心で、現在34人だ。春と秋の定期演奏会のほか、地元の学校などで年間約80回の公演を行うなど活動は盛んだが、財政基盤は安定せず、ほぼ全員が音楽教室での指導や、楽団外の演奏活動などで収入を補わざるをえない。

演奏家たちが広報活動、事務作業なども兼務して楽団の活動が成立している状況の中、大掛かりなオリジナルCD制作に挑むことはリスクでもある。だが、それでも大友氏は「地域の、そしてクラシック音楽の未来をつくっていく上で重要な取り組みだ」と力を込める。

日本のクラシック音楽業界全体に目を移せば、観客の高齢化や、欧州各国などに比較して公的助成が少ないことなどが問題視されて久しい。大友氏はなかでも、東京と地方の「格差」の深刻さに目を向ける。

「音楽への『アクセス』について、こんなにもひどい状態の地方がたくさんあるということに対しては、悲しいの一言しかありません。プロオーケストラもホールも東京や大阪など大都市圏に集中し、日々数え切れないほどの公演がある。ところが、一歩地方に足を踏み入れるとどうでしょう。公演自体が少ないことに加え、例えば東京のオーケストラが巡業に来ても、旅費や宿泊費が上乗せされチケット金額が倍以上に跳ね上がることも。教育と文化について、国民がそれを等しく享受できる環境をつくるのが国家の使命であると僕は思いますが、それが果たされていません」

■どうやって「日本型」のオーケストラを成立させるか

チケット収入には限界があり、それ以外の方法で資金を集めなくてはいけないという事情は、世界中どこのオーケストラでも同じだ。米国では、税制上の優遇措置によって個人・企業からの寄付金を集めやすい仕組みを整え、欧州では国や自治体の助成が厚いことで知られる。そんな中、「日本型」をどのようにつくっていけばいいのか。

「日本に関しては、公的助成の状況は地域や団体によって隔たりがあります。民間の援助の厚みを増していきたいところですが、これも民間経済が潤っていない地方では、思うように伸びない。琉響の今回のプロジェクトを何とか成功させ、こういった状況を打開するための一つの試みとしていけたらうれしく思います。地域独自の豊かな文化は観光資源にもなりますから、長期的にみれば、地元経済を潤すことにもつながっていくはずです」

■クラシック音楽ファンの「オタク化」が進みすぎた

クラウドファンディングが実現するのは「資金を集めること」だけではない。寄付金額によって、定期演奏会やリハーサル見学への招待を受けることもできるこの仕組みは、コアなクラシックファン以外の層に開かれたコミュニティーをつくっていくことにもつながる。

「かねがね、クラシック音楽ファンの『オタク化』が進み、特殊な世界になりすぎてしまっていることは日本の課題だと感じています。洋服を買ったり、食事をしたりするに当たっては、一人ひとりがコストパフォーマンスを計算して、自分なりの『好き嫌い』の判断軸を持って選ぶことが定着していますよね。それなのに、クラシック音楽と言ったとたん、知識の有無や評論家の批評を気にしてしまう空気がある。その純粋に楽しめない『ぎこちなさ』は、おそらく音楽と生活の距離が離れすぎてしまったところからきていると思うんです」

多くの人々に活動を認識してもらい、応援してもらう。そして心を震わせるものとして、音楽を「体感」できる環境を取り戻す。今回の挑戦を「オーケストラの活動を楽しみにしてくれるファンを増やすための光とすることができたら」と大友氏は語る。

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加藤 藍子(かとう・あいこ)
ライター・エディター
慶應義塾大学卒業後、全国紙記者、出版社などを経てライター・エディターとして独立。教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材している。
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(ライター・エディター 加藤 藍子)