1980年代後半に生まれ、現在30代前半の世代は、その多くが”就職氷河期”を経験している(撮影:今井康一)

「正規雇用を3年間で30万人増やす」――。

政府は”就職氷河期世代”の就職支援を本格化させる。就職氷河期世代とは、バブル崩壊後の1993年〜2004年ごろに高校や大学を卒業した世代で、その数は約1700万人。「団塊ジュニア」の世代とも重なるために人口が多い。

現在、彼ら・彼女たちは”30代半ばから40代半ば”に至っているが、企業が新卒採用を絞った影響で新卒時には就職できず、その後も正規で働けない人が多い。このまま高齢化すると、十分な年金を受け取れず、生活が困窮するのではないかと懸念されている。

また就職氷河期世代には、もう1つの塊がある。前述より前の1980年代後半生まれで、現在”30代前半”の人たちである。2008年秋のリ−マンショックの影響で思うように就職できず、いまだに非正規で働いている人が少なくない。

いずれにせよ、少子化と人手不足で就活ではチヤホヤされる22〜23歳の新卒大学生とは、大きな環境の違いだ。

毎日全員の前でプレゼン、何度もやり直し

「あなたがもし社長だったら、30代の社会人未経験者を採用しますか? グループで5分間話し合ってください」。セミナー会場に講師の声が響く。

就職支援事業を展開するジェイック社は、34歳までの非正規雇用者を対象にした就職支援セミナー「就職カレッジ30代コース」を7月に初開催。受講に集まったのは、30〜34歳以下の非正規で働く人16人である。リーマンショックで思うような就職ができなかった世代だ。

セミナーは月曜日から金曜日までの5日間。時間は一般企業の勤務時間と同じ、朝9時30分から夕方17時30分までに設定されている。実際に聴講するよりも、さまざまなワークを行うことが多い。毎日全員の前で何かしらのショートプレゼンを行う。4日目には自己PRのためのプレゼン大会があり、講師から合格が出るまで何度でもやり直さなくてはならない。そのほか、2人1組になっての面接ロールプレイングやビジネスマナー研修、企業研究など濃密なメニューをこなす。

5日間の講義を乗り切れば、翌週の月・火曜日に、IT系やメーカー、建設、商社など多様な企業が集まる集団面接会へと、参加することができる。面接会直前の土・日曜日には、講師の小久保友寛さんが休日返上で、受講生からの相談に対応する。

もし、集団面接会の後、企業から「再度会いたい」とのオファーがあれば、後日行われる個別面接に進む。ジェイックがこの個別面接に対応した指導を1人ひとりに行っているのだ。それぞれの企業の業務内容やニーズに合わせ、受講生と個別面接のための作戦を練るというわけである。

就職させるだけではない。定着させるための支援も行っている。就職が決まった受講生に対して、入社前研修のほか、就職後1カ月、3カ月、6カ月というタイミングでも研修を行う。

こうした就職支援サービス「就職カレッジ」は、何と受講料が無料。就職が決まったら、当該の企業からジェイックに対して、料金が支払われる仕組みである。


セミナーを聴く受講者の表情は真剣そのもの(撮影:今井康一)

これまでジェイックは、正社員経験のないフリーターや経験が少ない第二新卒などに特化した、就職カレッジを運営してきた。本来の対象者は30歳未満なのだが、時には30代前半が紛れ込んでいる場合もなくはない。就職カレッジのセミナーを修了した、30代人材を企業に紹介したところ、就職率が高かったという経緯がある。

当初、企業は30代の求職者を喜ばないのではないかと危惧していたが、現実には「30代前半ならば構わない」といった声が多く、これまで敬遠するような企業はなかったという。そこで同社は今回、対象を30歳から34歳に絞った、「30代就職カレッジ」を新たに開催することにしたのである。

「人前で話すことが苦手だった」

ところで集団面接会への参加企業は、30代の非正規雇用者について、どう見ているのだろうか。

山陽精工は山梨県に本社のある精密部品加工メーカー。小泉利明・総務副部長は「最近、30代非正規を採用したらとても優秀だったので、さらに採用することにした」と評価する。同社では新入社員をまず加工現場に配属。現場での作業の様子で性格や適性を判断し、それから配属を決めるため、加工メーカーで経験がなくても問題ないという。

明光義塾のフランチャイズで学習塾を展開するネクストワンの花島泰典・事業部長は「優秀な大学を卒業して順風満帆に来た人には、(塾に来る)生徒の気持ちがわからない。むしろ挫折体験がある人のほうが塾の職員に向いている」と分析する。同社ではジェイックの就職カレッジを修了した人(20代)をこれまで採用した実績があり、30代の非正規であっても適した人がいれば積極的に採用する方針だ。

セミナーを修了した受講者に話を聞くと、「人前で話すことが苦手なのでセミナーに参加するか迷ったが、毎日プレゼンをやったおかげで自信がついた」(サービス業バイト・女性)、「自己分析を深めることができた。自分の短所を自覚しながら就活を進めたい」(無職・女性)といった声が返ってきた。

ジェイックの場合、新卒や転職など支援サービスを手がけているが、対象は”就職に苦労している人たち”だ。他社ではほとんど対象にしない大学中退者の就職支援まで手を広げている。今回は非正規で働く34歳以下を対象にしたが、「年内には39歳まで範囲を広げて、その後は45歳までを対象にしたい」(近藤浩充常務)。

一方、公益財団法人・東京しごと財団が運営する「東京しごとセンター」は、東京都民の雇用・就業を支援するための施設で、2008年から非正規雇用者の正規就職をサポートし続けてきた。非正規雇用者が正規就職するための支援プログラムを3つ用意している。

まず1つ目は「就活エクスプレス」。これは早期に就職を決めたい人向けの5日間のプログラムだ。現在は非正規で働いていても次にやりたいことが明確な人が参加することが多い。短期集中で自己PRや履歴書の書き方など就活のノウハウを学ぶ。

プログラム修了後は、コーディネーターが3カ月間、個別に就活をサポートしてくれる。5日間のプログラムで、指導してくれたコーディネーターが引き続き担当してくれるため、受講者は安心して就活に取り組める。毎月1回の合同面接会にも参加することが可能だ。東京しごとセンターが概要を決め、パソナへ運営を委託する形になる。

2つ目の「Jobトライ」は、入社希望企業で15〜20日間実習し、お互いが納得すれば、そのままその企業に就職するというプログラム。採用試験を兼ねたインターンシップともいえる。

最初の3日間はセミナーがあり、適職診断を受けたり、自己PR方法について学んだりする。その後はジョブリーダーと呼ばれる指導員と相談しながら実習先を決める。ジョブリーダーは実習期間中も、受講者と企業の間を取り持って動く。

受講者に1日5000円、企業には6000円支給

かつて実習先だった工具メーカーで正社員として働く30代の男性は、「Jobトライ」で印象に残ったこととして、「ジョブリーダーが実習内容を細かく調整してくれたこと」を挙げる。実習の当初は工場での組み立て作業が続いたため、ジョブリーダーに「なかなか営業現場へ行けないので不安だ」と話したところ、すぐに工具メーカーの担当者に連絡し、営業同行の日程を決めてくれた。おかげで早めに営業のイメージをつかむことができたという。

ジョブリーダーは企業や受講者と相談しながら実習計画を作る。受講者の相談に乗るのはもちろんだが、企業からの相談にも対応する。受け入れ企業には社員教育に不慣れなところもあるので、会社をサポートするのも重要なのだ。

また就職が決まったとしても、就職後6カ月間は受講者のさまざまな相談に乗り、早期退職しないように支援する。「Jobトライ」では受講者に1日5000円のキャリア習得奨励金が支給される。受講期間中は仕事ができず無給になるので、その分を補う意味がある。受け入れ企業にも負担がかかるので、企業には1人につき1日6000円の受入準備金が支給されるほか、採用した場合、社員の入社6カ月後に採用奨励金10万円が支給される。

こちらも就活エクスプレス同様、運営を受託しているのはパソナ。同社は実習受け入れ企業の開拓なども行っている。

3つ目は「東京しごと塾」だ。これは3つのプログラムの中では、最も就職準備が整っていない人が受講するもの。受講生は2カ月間の職務実習を通じて、じっくりと正社員就職を目指す。

ジョブトレーナーを上司、受講者を部下に見立てたグループを作り、そのグループごとに外部企業に対して営業するという形式で、プログラムが進む。営業するにはビジネスマナーはもちろんのこと、プレゼン能力やPCを活用した資料作成能力が必要。そこで2カ月間にさまざまな職務実習をしながらこうした能力を身に付ける。期間中には企業との交流会で企業研究をする機会もある。

東京しごと塾は実習開始から、5カ月間、ジョブトレーナーが受講者の就活をマンツーマンでサポートする。そして就職した後も、定着支援を3カ月間継続する。ただ、実際は3カ月過ぎた後でも、受講者が東京しごとセンターを訪れて、ジョブトレーナーに職場の悩みを相談することは少なくない。

「Jobトライ」同様に、受講者は就活支援金を1日5000円、企業は謝礼を1日6000円、受け取ることができる。東京しごと塾の運営はパソナとパーソルテンプスタッフが受託し、年間各社4回ずつ、合計8回実施されている。

官民挙げて、非正規労働者の正規就職に向けてさまざまなプログラムを用意しているが、これだけでは非正規雇用の正規化は進まない。実はこうしたプログラムに参加したくても、参加できない人は多いのだ。生活のために非正規で働いているが、プログラムのために仕事を休むわけにはいかない。就活支援金が支給されても、1日5000円では不十分だろう。

正規雇用30万人増の壁とは

思い切って非正規の仕事を辞め、プログラムに参加したとしても、必ず正規就職できるとは限らない。優れた就職支援プログラムがあっても、参加するのは想像以上に困難と言える。

東京しごと財団の上野芳江・正規雇用対策担当課長は、「支援プログラムに加えて、非正規として働いている企業内での正規への移行や待遇改善も、検討されるべきではないか」と指摘する。

単に非正規を正規にしたり、単に給料を上げたりすることはできない。そこで非正規としての籍は確保したまま、勤務時間中に職業訓練校などへ通い、会社にとって重要なスキルを身に付けてから、正規へ移行する。会社に負担がかかるので、その負担に対し、国や自治体が補助するといった方法も検討されるべきだろう。

政府の氷河期世代への就職支援がこれから本格化する。正規雇用を3年間で30万人増やすため、解決すべき課題はまだまだ多い。