大幅な番組改編に疑問や批判の声も上がっています(撮影:尾形文繁)

この1週間、「金曜の家族だんらんを奪うな!」「国民的アニメを何だと思っているのか!」「『Mステ』の歴史を壊すな!」など怒りの声がネット上に飛び交っています。

多くの人々から問題視されているのは、テレビ朝日が先日発表した秋の番組改編。10月からアニメ「ドラえもん」が金曜19時から土曜17時に、「クレヨンしんちゃん」が金曜19時30分から土曜16時30分に、「ミュージックステーション」を金曜20時台から21時台に移動することが発表されました。

【2019年9月5日10時50分追記】初出時、上記番組の現行放送時間に一部誤りがありましたので修正しました。

「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」が放送されている金曜19時台には現在金曜21時台の「ザワつく!金曜日」、金曜20時台には現在水曜23時20分から放送している「マツコ&有吉 かりそめ天国」を移動。金曜のゴールデンタイム(19〜22時)をすべて刷新する、まさに大改革です。

どんな番組改編にも一定の批判はつきものですが、今回は怒りの声が飛び交うという異様な状況。テレビ朝日にはどんな狙いと誤算があるのでしょうか?

ファミリー層のテレビ離れを加速か

とりわけ強い不満の声を上げているのは、子どもを持つ親たち。

「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」が放送されている金曜夜は、子どもにとって唯一無二のゴールデンタイムであり、1週間のごほうびとも言える時間です。今回の改編によって、親たちはそんな子どもたちに「1日待て」と言わなければいけませんし、これまでドラえもんやしんちゃんが登場していた時間帯に長嶋一茂さんや石原良純さんが毒舌を吐いていたら、びっくりしてしまうのではないでしょうか。

秋以降、金曜日に「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」を見せるとしたら、1週間前に録画しておいたものか、ネット配信されているものに変えざるをえません。ファミリー層のテレビ離れを進めかねないものであり、子どもという近未来の顧客を大切にしない戦略です。

また、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」の移動先となる土曜の夕方は、すでに日本テレビが17時30分から「MIX」、18時から「名探偵コナン」を放送している時間帯。つまり、テレビ朝日は日本テレビの「MIX」「名探偵コナン」の直前に「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」を放送しようとしているのです。

2時間4つのアニメが続くことで喜ぶ子どもがいる反面、親としては「2時間ぶっ通しで見せたくない」と困ってしまう人も少なくないでしょう。そもそも土曜夕方は、金曜夜と比べると、イベント、レジャー、習い事など外出の多い時間帯だけに、「親子そろって見るのが難しく、スケジュールの調整を求められる」というデメリットがあります。

テレビ朝日は2年前の改編でも、朝の情報番組「サンデーLIVE!!」をスタートするために、スーパー戦隊シリーズと仮面ライダーシリーズの時間をそれぞれ20年ぶり、17年ぶりに移動。ただ、これによってフジテレビのアニメ「ONE PIECE」などの放送時間とバッティングしてしまい、批判の声がTwitterを埋め尽くしたという過去がありました。ファミリー層にとっては、「またテレビ朝日がやってくれたか」という印象を与えてしまっているのです。

「ドラえもん」は休日に入るスイッチ

「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」は全国ネットのゴールデンタイム唯一のアニメで、テレビ朝日だけの強みであり、テレビ業界にとっても最後の砦。「ドラえもん」は1979年から40年間、「クレヨンしんちゃん」は1992年から27年間もの長期にわたって放送されている国民的アニメであり、子どもだけのものではありません。

大人にとっても「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」は長年親しんできた1週間のリズムをつかむ番組。例えば、ザッピング中にチラッと映っただけで、休日に入ったことを実感するスイッチのようなところがあり、長年の感覚が変わってしまうことへの不満があるようです(ちなみに日曜18時台の「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」は休日が終わるスイッチ)。

また、見方を変えると、今回の改編は視聴者にとってのロスだけではありません。テレビ朝日にとっても、長年かけて作り上げた「金曜19時台は『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』、20時台は『ミュージックステーション』を見る」という視聴習慣を失うものであり、再構築を求められることになります。

ネットの発達によって、「見たいときに見たいものを見る」オンデマンドが当たり前になりました。だからこそ「〇曜日の〇時はこれを見る」という視聴習慣をどう作り、どう継続させていくかは、テレビ最大の課題であり、弱点とも言えるところです。

ところが、アニメと音楽の代わりに放送するのが、毒舌をベースにしたトークバラエティだったため、視聴者層はほとんど重なりません。はたしてテレビ朝日の社員たちは「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「ミュージックステーション」の視聴者に胸を張って、「10月以降は『ザワつく!金曜日』『マツコ&有吉 かりそめ天国』を見てください」と言えるのでしょうか。

まるで、「これまでの視聴者層を切り捨てて、別の視聴者層を拾おう」という姿勢に、視聴者のみならず、業界内からも疑問の声が上がっているのです。

ゴールデンタイムは深夜番組の墓場

「ザワつく!金曜日」「マツコ&有吉 かりそめ天国」のようなトークバラエティは、他の番組よりも制作の手間がかかりにくく、視聴率に対するコスパがいいため、「バラエティ全体の3分の1を占める」と言われるテレビ局にとって都合のいいコンテンツ。また、何かと話題になりやすい毒舌が売りのトーク番組を2つ並べたのは、「同じ視聴者に続けて見てもらおう」という視聴率対策にほかなりません。

さらに、「21時台だった『ザワつく!金曜日』を19時台に見てもらおう」という移動も視聴者から見たら強引ではあるものの、より批判の声が強いのは「マツコ&有吉 かりそめ天国」の深夜23時台から20時台への移動。「2人の毒が薄くなる」「扱えなくなるネタが多い」など内容を不安視する声が大半を占めています。

不安視する声が多い理由は、テレビ朝日に「深夜のバラエティをゴールデンに移動させ、内容をマイナーチェンジしたうえに、けっきょく打ち切りにしてきた」という過去があるから。

実際、深夜で人気を集めた「愛のエプロン」「銭形金太郎」「くりぃむナントカ」「クイズ雑学王」「シルシルミシル」「中居正広のミになる図書館」「陸海空 こんな時間に地球征服するなんて」などが、ゴールデン向きの内容にマイナーチェンジしたことに不満の声が上がり、終了の際には「深夜から移動させないでほしかった」とテレビ朝日に怒りをぶつける人が少なくありませんでした。

民放テレビ局が営利を考えるのは当然のことですが、だからと言って人気商売であり、公共の電波を利用している以上、番組を支持する人々より視聴率獲得を優先させていいわけではないでしょう。視聴者がテレビ朝日に対するネガティブなイメージを持つことになった歴史を今秋、繰り返しているところに、いまだ「テレビはトップのメディア」「無料放送だからこれくらいはいいだろう」という上から目線を感じてしまうのです。

「視聴者ファーストではなく、視聴率ファースト」というテレビ朝日の姿勢は、今秋の改編だけではありません。

8月に放送された「日曜プライム」(日曜21時〜)のラインナップは、「点と線」「刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史」「十万分の一の偶然」という過去に放送されたドラマの再編集版でした。それぞれビートたけしさん、渡辺謙さん、田村正和さんという大物が主演を務めただけあって、いずれも視聴率15%以上を獲得した作品だけに、「今回も制作費がほとんどかからないうえに、高視聴率を獲れるだろう」という狙いが透けて見えます。

さらに、8月の「日曜プライム」で唯一の新作ドラマだった25日放送予定の「深層捜査スペシャル」は、急きょ「世界バドミントン2019 スイス・バーゼル 決勝」に差し替え。これは同大会で複数の日本人選手が決勝に勝ち残ったことを受けての変更であり、すなわち「これならリアルタイムで見てもらえるだろう」という視聴率獲得に向けた緊急対応でした。

しかし、バドミントンの中継はすべて生放送で見られるわけではないうえに、BSから地上波に変わったことでCMが目立つなど、ファンにとっては必ずしも歓迎すべきものではなかったのです。結果的に、男子シングルスの桃田賢斗選手、女子ダブルスの永原和可那・松本麻佑ペアが優勝したにもかかわらずネット上には、「決勝に行ったから急きょ放送するなんてあざとすぎる」「放映権を獲ったなら、責任を持って地上波で放送すべき」「2時間ドラマを楽しみにしていたのに」などのテレビ朝日への批判が見られました。

なぜテレビ朝日は、「長年放送してきた『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『ミュージックステーション』を移動させる」「名作ドラマの再放送を立て続けに放送する」「急きょバドミントン中継に差し替える」などの批判の声が上がるであろう策を採ってまで、視聴率を獲得しようとしているのでしょうか。

テレビ朝日が「明日なき戦い」に挑む理由

その答えは、ライバルの日本テレビに勝って年間視聴率三冠を達成したいから。年間視聴率三冠とは、全日(6〜24時)、ゴールデン(19〜22時)、プライム(19〜23時)の3つでトップを獲ることであり、テレビ朝日はまだ獲得したことがありません。

いわば局の悲願であり、5年連続視聴率三冠の日本テレビを上回るために、これまでアンタッチャブルな存在だった「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「ミュージックステーション」を移動させるという思い切った改編を行うのでしょう。

しかし、テレビ朝日は視聴率が好調であるにもかかわらず、2019年3月期(2018年度)の連結決算で民放5局唯一の減収減益でした。これは中高年層の視聴者が多いことで自社商品を売りたいスポンサー受けが悪く、視聴率にふさわしい広告収入が得られなかったから。私自身がテレビ朝日の社員、某広告代理店の営業マン、某大手企業の宣伝担当から直接聞いたことであり、間違いないでしょう。

テレビ朝日は、朝の「モーニングショー」「じゅん散歩」から、昼の「ワイド!スクランブル」「徹子の部屋」、夜の「報道ステーション」「ポツンと一軒家」、ドラマの「相棒」「科捜研の女」(再放送を含む)まで、中高年層がターゲットの番組を量産してきました。

テレビ朝日が中高年層を狙い撃ちしてきたのは、録画視聴やネット視聴ではなく、視聴率につながりやすいリアルタイム視聴をしてくれるからにほかなりません。事実、テレビ朝日は日本テレビとトップ争いをするほどの視聴率を獲得していますが、中高年以下の年齢層を後回しにしたことで、クライアントと視聴者の両方から評価を得られていないのです。

その意味で、広告収入につながりやすく、長期の顧客になりやすいファミリー層や若年層を軽視するような今秋の改編は、「今年の結果を得るための短期的な策」と言われても仕方ないでしょう。

他局で情報番組を手掛けるプロデューサーに「今回の改編をどう思うか?」と尋ねたら、「テレビ朝日もここまで来たか」「明日なき戦いに突入したように見える」と言っていました。

日本テレビを筆頭に他局は、現在各メディアが報じている世帯あたりの視聴率ではなく、世代別で見た若年層の視聴率を重視する方針に変えはじめています。もし今秋の改編が成功してテレビ朝日が視聴率三冠を獲得したとしても、手放しで喜べるのは一部の上層部だけで、大半の関係者は不安に襲われるでしょう。

テレビマンの危機感と苦笑いの意味

一方、テレビ朝日の追い上げを受ける日本テレビは、ドラマ「あなたの番です」がたびたびツイッターの世界トレンドにランクインしているように、若年層をターゲットに含めた番組制作を進めて一定の成功を収めていますが、しばしば視聴率を得るための演出が行きすぎてしまうケースが散見されます。

例えば、先週末に放送された「24時間テレビ」では、「4人目の駅伝ランナーを放送中に発表」「番組終了までにゴールできず『行列のできる法律相談所』に視聴者を引っ張る」など視聴率狙いの内容に「あざとい」という声が飛び交っていました。程度の差はあれど、「視聴者ファーストではなく、視聴率ファースト」という点では、テレビ朝日だけではなく、他局もほとんど同じなのです。

テレビは、「好きなときに、好きな場所で、好きなものを、好きな分だけ見る」というユーザビリティでネット動画コンテンツに劣るだけに、それを補うためには視聴者ファーストでの番組作りが必須。もともと視聴者にとって視聴率は無関係のデータだけに、これに固執し続けていると、人々との温度差は広がってしまうでしょう。

先日、テレビ朝日のある社員と会ったとき、視聴率トップ争いについて話を聞くと、「それだけではダメだと思うけど、今年はやり切るしかない」と苦笑まじりに答えてくれました。さらに、日本テレビのある社員に同じことを聞いたら、同じような苦笑いで「トップにはなりたいけど、それだけではいけない」と言っていました。

トップ2社が「視聴者ファーストではなく、視聴率ファースト」に陥ってしまうところにテレビ業界の厳しい現状を感じてしまいますが、救いは現場の社員たちが危機感を抱いていること。民放各局が持つ映像制作の技術とノウハウは、依然として他の追随を許さないレベルだけに、視聴率をベースにしたビジネスモデルから脱却し、視聴者ファーストの姿勢を前面に出すことさえできれば、再び黄金期を迎えることも夢ではないでしょう。