番組の制作者に知識がないからだ。よいスタジアムは何かという自分なりの定義が構築されていないので、批評しようという意欲が湧かないのだ。そのためにも日本にはよいスタジアムが必要なのだが、新国立競技場は残念ながら不合格だ。

 傾斜角が緩すぎるのだ。特に1階席が酷い。傾斜角は20度しかない。横華国際日産スタジアムといい勝負だ。

 球技場に改修されれば、最前列の座席が陸上トラックの4コース付近までせり出してくる予定だった。しかし座席が増え、前に伸びれば視角はさらに緩くなる。球技専用になれば見やすくなるかと言えば、そうでもない。特に1階席は眺望に優れないエリアになる。

 よいスタジアムでなければ、試合が面白く見えないのがサッカーなので、観客ファーストに立っていないことになる。著名な建築家が、自分が建てたいモノを建てたという印象だ。

 とはいえ、少なくとも球技専用になれば聖地感だけは増す。求心力は増すが、陸上競技場となると、それさえも奪われることになる。

 球技場から陸上競技場へ変更になった理由はなにか。陸連が頑張ったからと考えるのは自然だ。陸上トラック付きの方がイベントを行いやすいと言う声も聞いたことがある。

 日本にトラック付きのスタジアムが多く、球技専用が少ない理由は、陸連の力が強いからだとされる。しかし、陸上のイベントに観客は何人はいるだろうか。かつて、世界陸上を開催しても空席が目立ったほどだ。そもそも陸上には(日本の)、観戦する文化が根付いていない。その日本選手権を幾度か観戦に行ったことがあるが、国立競技場に1万人を集めるのが精一杯と言う感じだ。現在は男子100mを中心に、その競技力は上がってきているが、それでもスタンドには空席が目立つ。

 それは競泳についても言えることだが、観客を集める努力を怠っているのだ。観戦する文化が育っていないのだ。サッカーの努力を見習え!と、その空席を見るとつい言いたくなる。言い換えれば、観客ファーストではないのである。

 新国立競技場で陸上のイベントは年に何回行われ、毎度どれほど観客を集めることができるか。冷静に考えてみて欲しい。代表戦では毎試合ほぼ満杯が見込めるサッカーと、集客能力という点において、とてつもない開きがある。

 サッカーを上回るモノがあるとすればコンサートなどのイベントだ。しかし、フィールドの芝生は、これによって大きなダメージを受ける。その数には限界がある。そもそもイベントを重視するなら、ドームにするとか、最初からそれがしやすい構造にすべきだったのだ。

 具体的なコンセプトがないままに発注してしまった弊害を見る気がする。しかし、それ以上に残念なのはメディアの沈黙と、世の中の無関心だ。これではスポーツ文化も、観戦文化も、スタジアム文化も、そして観客ファーストの精神も育たない。

 新国立競技場。メディアは、木のぬくもりが感じられるスタジアムと、建築家の言葉をそのまま伝えようとしているが、近隣住民でもあるこちらには完成が近づくほど、コンクリートの塊に見えてきている。