日本の製薬会社が国際競争から取り残されつつある。企業買収に積極的なのは武田薬品ぐらいで、ほかの製薬会社は「再編は不要だ」と声を揃える。UBS証券・関篤史アナリストは「このままでは日本の製薬会社は衰退していく。それは国益を損なう」と警鐘を鳴らす――。
日本の製薬業界を見ていると、武田薬品の大型買収もどこか遠い国の出来事のようだ(アイルランドの製薬大手シャイアー買収を発表する武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長 写真=時事通信フォト)

■新薬・特許切れ薬共に価格圧力が高まり、悪化する収益環境

この十数年来、世界の製薬業界では超大型のM&Aが次々と起こっている。一方、日本の製薬会社の合従連衡は一向に進まない。社会保障費の自然増加抑制圧力に加え、隔年だった薬価改定が毎年となり日本市場は今後10年間で毎年−1%程度の縮小が見込まれる。母国市場の収益性が低下し、研究開発の競合が激化し、グローバルに医薬品への価格圧力が高まる中、日本の製薬企業はグローバル大競争時代にあって長期衰退の姿が見えてきた。

新薬メーカーは武田薬品工業、アステラス、第一三共などの新薬メーカーと沢井製薬、日医工などのジェネリック製品メーカーに大別される。また、製品の価格は全て国が決める公定価格であるのも本産業の大きな特徴だ。

新薬の独占販売期間満了後、ジェネリックが参入した製品を長期収載品と呼ぶ。製薬会社は長きにわたって、この公定価格の対象になる長期収載品で多くの利益を稼いできた。米国ではジェネリック参入後1年で9割以上の数量シェアをジェネリックに譲る。

これに比べ日本では、品質懸念などによりジェネリックが浸透せず、1年間に5〜15%程度の穏やかなシェア低下しかない牧歌的な時代が続いてきた。しかし、最近ではジェネリックによる数量シェア低下は1年間に5割にも達し、新薬を5〜10年に1つ程度生み出せば、食いつないでいけるという時代は、当然長く続かなくなってきた。

また、2018年度には厚生労働省が、“抜本的”と銘打った薬価制度改革を実施した。これは、2016年12月「薬価制度の抜本的改革に向けた基本方針」という四大臣合意(厚労、財務、官房、経済・財政)に対応したものだ。最も日本企業に影響が大きかった制度変更は、独占販売期間が満了しジェネリックが参入してから10年間経過した長期収載品の薬価を最大50%引き下げ、ジェネリックの価格水準とする制度が導入されたことである。

この変更は全く予見できなかったといえば、そうではない。2010年度に導入された、いわゆる新薬創出加算を振り返ってみよう。

新薬創出加算は、革新的な医薬品に対し2年に1度の薬価改定を免除し、薬価を維持する制度で、長期収載品に依存する事業モデルから革新的新薬の開発を促すという至極まっとうな趣旨の政策である。当然、移行期間を経て、長期収載品価格を引き下げて、創出加算に必要な財政影響を緩和する必要がある。武田薬品を始め、変化を予見した企業は長期収載品の売却といった対応をしたが、多くは後手に回った。

さらに、新薬への価格圧力も高まっている。2018年度の骨太の方針に消費税対応としての2019年度薬価改定と、2021年度以降の毎年改定の方針が記載され、事実上、薬価改定は2018年以降毎年となり、日本の医療用医薬品の市場規模はこれから縮小することが見込まれる。

抜本的改革では新薬創出加算の要件も厳しくなってしまった。ノーベル賞を受賞した本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大学特別教授の研究から生まれた抗がん剤オプジーボやC型肝炎治療剤ハーボニーは発売後、当初想定見込みよりも急激に売上高が拡大し1000億円以上となり保険財政への影響が懸念された。当初見込みを上回って成功した製品に対する監視も四半期ごとに行われることになり、新薬創出加算がイノベーションを罰する制度となってしまった。

2019年度からは、医療経済的な効率を精査する費用対効果評価も導入されることが決定し、効率が悪い医薬品の薬価が下げられてしまう。米国では、トランプ大統領がツイッターで医薬品価格を下げると頻繁にツイートしている。

■世界レベルの研究開発費30億ドル確保は武田薬品だけ

製薬会社は新薬開発がその命運を握る典型的な研究開発型の企業だ。我々は製薬会社がグローバルに競争するには、最低でも30億ドル程度の研究開発費が必要と考える(図表)。研究開発費を捻出するには、利益を増やす、コストを下げる、M&Aを行うといった手段しかない。

製薬産業全般を見ると、いかに研究開発費を捻出するかの知恵比べが起こっているように見える。多くの製薬会社は無借金経営で現金を豊富に有し投資余力はあるが、研究開発費を積み増せば、損益計算書を痛め利益率を低下させると投資家から批判される。経営者の本音は、株主から不満が出ない程度に使えるだけ使いたい、というところだろう。

グローバル大手は売上収益のおおよそ15%を研究開発に投入するが、日本企業は20%程度と比率では上回るが、金額は小さく、新薬創出対比でみると効率が良いとは言いにくい。

日本には30億ドル以上の研究開発費を持つ企業は武田薬品しかない。我々は武田薬品のシャイアー買収提案は、株主にとって魅力的なものと判断しており、武田薬品がグローバル企業と競争するために必要な案件と考える。

武田薬品はシャイアー買収により研究開発費は単純合算で約1.6倍の5200億円規模となり、コストシナジー(約700億円)を考慮すれば真水ではさらに投資が可能になる。その一方で、研究開発費対売上高比率は18%から14%へ低下する。

売上では業界第5位のエーザイは約13億ドル(対売上高比率23%)を研究開発に投下している。一見小さく見えるがパートナーからの研究開発費償還という革新的なスキームを考案した。パートナーからの支払いを研究開発費のマイナスとして会計処理することで、売上収益の約30%を研究開発費に実質的に投入しつつ、株主利益へのバランスに配慮している。

我々はロシュ/中外製薬の戦略的提携は、中外は売り手側ではあるものの日本製薬産業で最も成功したM&Aであると考えており、中外はロシュの豊富なリソース(年間1.1兆円もの研究開発費)へアクセスができ、研究開発に集中できる環境を整え、数多くの成果を生み出している。

中外は関節リウマチ、特定の遺伝子変異を有する非小細胞肺がん、血友病といった革新的な薬剤を創出し、ロシュに大きく貢献している。日本の製薬会社として最も多い米FDA(食品医薬品局)の画期的医薬指定7件を受けている。ちなみに武田薬品は2件、アステラスは1件しか獲得できていない。

■武田薬品の大型買収は別世界の話

一方、他の日本の製薬会社経営陣は、武田の当該買収案件を、外国人経営者が別世界で行ったことの如く振る舞っており、再編に対する危機感や興味は驚くほど薄い。実際、日本の製薬会社の経営陣は、合従連衡の必要性がないことを投資家に説くのに忙しい。

2014年9月に開催された日本製薬工業協会のセイサクセミナーで、当時の同会長は再編の必要性について問われ、「外から言うものではない」、つまり投資家などのステークホルダーの意見を聞く意思はないと応じた。中外に続く外資傘下型の提携が無いことも驚きであり(唯一外資大手と資本関係にあったJCRファーマは英GSKとの関係を解消)、資本を持たれることへの経営陣の強い抵抗感を示している。

2008年の協和発酵工業とキリンファーマ合併以降、日本の製薬業界で意義深い合従連衡は起こっていない。主な理由は5つに整理できる。

(1)コストシナジーを実現する人員削減が難しいこと。早期退職に対する経営陣の忌避感が強く、人員整理策として非コア事業子会社への出向が頻繁に用いられているため、非コア資産の整理も進まない。MRの減少もゆっくりとしている。

(2)合併で創薬の生産性が上昇するとは考えにくいこと。合併で直ちにパイプラインが創出できれば誰も苦労しないが、コスト効率化や重複の排除といった長期的な効果は認識されていない。

(3)2008年までの合併会社が文化的に苦労していること。いまだに単一の株式として取引される2社のような振る舞いをしている会社もあるように見える。

(4)薬価改定はあるものの、基本的には保護されており即座に収益性が低下するわけではないこと。日本の上場製薬会社で破綻を経験したり、会計年度を通じて赤字になったりした企業は存在せず、その点では異様な産業といえる。出口戦略の先例がないことも戦略的選択肢の検討を遠ざけているのだろう。

(5)再編で社長の椅子の数が減ること。

日本の製薬会社の経営陣は、自らの地位を守るために、失敗を避け、平穏無事に務めを果たすことに汲々としているように見えると言っては、言い過ぎだろうか。

■がんの新薬開発でわかる日本の製薬企業の国際競争劣位

論理的に考えると日本でも合従連衡が起こって当然といえる。だが、薬価の低下も競争力のない企業を倒産させるほど激烈なものではない、ぬるま湯環境が維持されているため、経営者たちは合従連衡の必要性を感じていないように見える。結果、国際的にみると現状の地位すら維持するのが危うく、国際的競争で劣後する可能性が高い。

その兆候はすでにがん領域で顕著である。オプジーボに代表されるがん免疫療法は5陣営(ブリストル/小野薬品、米メルク、ロシュ、アストラゼネカ、ファイザー/独メルク)がしのぎを削っている。小野薬品はブリストルに従う格好で、5陣営に日本の製薬会社が意義深く関与していないことは大変残念だ。他にも、最近市場で話題になっている革新的な抗がん剤に日本企業は関与できていない。

製薬産業は最先端の科学技術を患者への価値に変え、それを収益化するとても重要な産業だ。非資源国であり科学技術水準が高い日本にとって、海外で収益を上げ、日本で納税するグローバル製薬会社は国益にもかなう。製薬産業が国際競争力を失えば、日本経済にとっては付加価値の高い知的産業を失うことになる。また新薬を海外に頼れば、国民にとってはコスト高になるリスクにも遭遇することになる。

----------

関篤史(せき・あつし)
UBS証券 調査本部 バイオ医薬品セクター エグゼクティブ・ディレクター
東京大学大学院薬学系研究科修士課程終了、日本学術振興会特別研究員(DC1)を経て2009年バークレイズ証券入社、2016年より現職。2018年Institutional Investorsアナリストランキングヘルスケア&医薬品セクターで2位。経済産業省「伊藤レポート」「同2.0バイオメディカル産業版」委員。薬剤師。

----------

(UBS証券 調査本部 エグゼクティブ・ディレクター 関 篤史 写真=時事通信フォト)