―私は私。他の誰とも比べたりしない。

結婚して、出産する前まではこんな風に考えていたのに。

子供を持ち母となって、劣等感と嫉妬心に苦しめられる女たち。

未だかつてない格差社会に突入した東京で、彼女たちをジワジワと追い込むのは「教育格差」だった。

大恋愛の果てに結婚したエミと、代々続く病院の医師と結婚した実沙子。高校時代の同級生だったふたりはそれぞれ、幸せの絶頂にいたはずだった。

しかし偶然の再会をきっかけに、エミと実沙子の幸せだった日常は少しずつ狂い始めていくー。

結婚により生活レベルが下がってしまった佐々木エミ。夫と娘を愛しているのに、森田実沙子との再会によって、教育格差を実感し、今まで感じたことのない暗い感情を抱くようになってしまう。

だがリッチな夫を持つ実沙子も、産後夫に触れられたくないと夫婦生活を拒否し続けていた結果、思わぬ事態が引き起こる。




森田実沙子:医者の夫の浮気疑惑


女の勘ほど鋭いものはない。

私の経験上、直感で「おかしいな」と感じた時は、絶対に何かがあるのです。

最近、夫・昌幸の様子が随分と変わりました。

まず、あれだけ甘いものに目がなかった夫が、少しずつではありますが自ら間食を制限するようになったのです。

以前は、お勉強会など頭をたくさん使う日には、「帰りのタクシーで食べるために」といつもチョコレートを用意しておくように言われていました。それが、ある日から突然必要なくなった。

夜中に甘いものを食べる習慣も少しずつ減っています。

そして、"あの目つき"が無くなりました。

ねっとりとした、私を見つめる時の欲望に満ちたあの目。

さらに変化したのは声です。私を呼ぶ声のトーン、質が変わりました。

夫は相変わらず優しくはあるのですが、その優しさには以前のような濃密なニュアンスが消え、淡々とした、まるで仲の良い友人に対するものに変化したのです。

ー昌幸さんは、浮気をしているのかしら…。

そう思っても、あまりショックではない自分にもとても驚きました。

家庭の外でそうしたことを済ませてくれれば、私の肩の荷も降りるというものです。

夫の浮気疑惑くらいで動じない自分のことを、誇りにも思っていました。いちいちそんなことで驚いているようでは、未来の院長夫人は務まりません。

ですが、そんな風に余裕で構えていた私に、後日お義母さまから連絡があり、とんでもないことを言われたのです。


義母からの信じられない一言。動揺した実沙子が思わず取った行動とは?


少しずつ壊れてゆく家庭


私が専業主婦である理由は、娘と夫のサポートに自分の力の全てを注ぐことはもちろん、お義母様に呼ばれた時にすぐに対応できる状態でいる為でもあります。

とある平日の午前中、私はホテルニューオータニに呼ばれました。ベビーカーに乗せたみなみがちょうどお昼寝をしたタイミングで、お義母様の大好きなスイーツがある『SATSUKI/ホテルニューオータニ』に入りました。




お義母様は、真ん中にちょこんと乗ったイチゴが可愛らしい、クラシックシリアルホットケーキをオーダーし、私は授乳中で乳腺炎を気にしているので飲み物だけにしました。

お義母様は「ちょっとくらい大丈夫よ、あなたも食べればいいのに」と仰いましたが、お義母さまの支配的な生活に少しストレスが溜まっていた私は、自分の食べ物くらいは自分で選ばせて欲しいと半ば意地になってしまいます。

するとお義母様が、少し面白くないと言った表情で、信じられない様なことを仰るではありませんか。

「実沙子さんも結構、頑なよね。それだから昌幸も外で憂さ晴らしをする様になるのよ」

ー昌幸さんが外で憂さ晴らし…?

私は一瞬、自分の耳を疑ってしまいました。

昌幸さんが外で浮気しているかもしれないことを、なぜお義母様が知っているのか。

そしてなぜ、それを私が”頑な”なせいだと仰るのか…。

私は決して、頑固な女ではありません。

娘のみなみの早期教育のためのスクール見学も、全てお義母様の希望通りのところに行き、お洋服もお義母様がお好きな子供服ブランドのものを着せている。

今日だってこうして予定をやりくりして、急な呼び出しに文句も言わずに駆けつけたというのにー。

そして何より、息子が浮気をしているかもしれないということを、実の母親が平然と口にしているのです。その異様な光景に、生理的な嫌悪感さえ抱きました。

私があまりのことに言葉を失っているというのに、お義母様の方は何事もなかったかのようにいつも通り私に細かく頼み事をしてきます。

「そうそう実沙子さん、年末のお料理のことなんだけどね。私とお父さん、もう年だからいつもの神戸牛は重たくて…私達だけ別のものをお取り寄せしたいのよ。考えてくれない?」

こんなときに、なんと無神経なんだろうか。本心ではそう思っていても、当然私には、お義母様に従う以外の選択肢はありません。

ーなんでこんな家に来てしまったんだろう…。

みなみのことは可愛くて仕方がありませんが、その日、私は初めて森田の家から逃げたいと思ったのです。


なぜか夫の浮気を把握している義母に対する嫌悪感が溢れる実沙子。そして、ついにエミと実沙子が再会する


佐々木エミ:ついに訪れた偶然の再会


私は、保活の帰りに立ち寄った恵比寿三越の子供パークエリアに来ていた。

育休明けに、りあを預ける保育園が、当たり前に見つからない。

泣く泣く知人や先輩ママの話を聞き、インターナショナルスクールや民間のお勉強系のスクールも見学したが、とてもではないけれど私と健太のお給料で払えるようなところではなかった。

そして絶望的な気分になりながらも、りあがぐずったので立ち寄った恵比寿三越で、高校の同級生・森田実沙子によく似た人物を見かけたのだ。

ーあれ…もしかして、実沙子?

顔立ちは実沙子のようにも見えるが、全体の雰囲気がなんとなく記憶の中の彼女と違う。当時の彼女は弾けるような笑顔が印象的だったのに、それよりもだいぶ暗いオーラを醸し出している。

一瞬迷ったが、実沙子とは少し前からInstagram上でメッセージのやり取りをしていた。私は、勇気を出して実沙子の元に駆け寄った。

「ねぇ、実沙子…だよね?」

そう声をかけると、固い表情をしていた実沙子がパッとこちらを向いた。

「わぁ、エミ!!久しぶり!!」

見かけたときは心配したけれど、振り返った彼女の笑顔は、高校1年生で初めて同じクラスになった時から何ら変わっていない。




共に過ごした日々が懐かしく思い出され、ひとこと言葉を交わした後はあっという間に10年以上の空白が消えた。

あまり積極的にママ友を作ってこなかった私にとって、子供のことをこんなに気軽に話せたのは本当に久しぶりだ。

お互いの娘のことも話し足りずに、後日改めて会う約束をしたのだった。

帰りがけに、ちょうどガーデンプレイスのバカラシャンデリアのイルミネーションが点灯した。

写真を撮影しようとするたくさんの人たちに混じり、スマホを取り出す。

「綺麗だね〜、りあちゃん。みなみちゃん」

そんな風ににこやかに子供の名前を呼びかけあい、母になった自分たち同士も微笑みあう。

りあと2人で家にいるばかりの日々はさすがに退屈で、久しぶりに会った旧友との再会は、育休中乾きかけていた私の心に確実に潤いを与えてくれたのだ。

だがしかし。

少しだけ、気になる兆候はあった。

実沙子がとても高価そうな鞄を持ち、おそらくこちらも高価なものであると一目でわかる靴を履いていたこと。

帰りに別れた際、颯爽とタクシーに乗って帰って行ったこと。

私が保活の話をした時に、不思議そうな顔をしていたこと…。

その時はまだ、自分たちの暮らしぶりに差があることを気にしていたわけではなかった。

けれど、結局私はこの日の再会をきっかけとして、大切な家庭を壊しかけてしまうことになる。

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久しぶりに再会し、急速に距離を縮めていく2人。エミの家庭にも、シビアな現実が待ち受ける。