窮地に陥ったイヴァンカ・トランプ大統領補佐官(写真:REUTERS/Jonathan Ernst)

ドナルド・トランプ米大統領の長女イヴァンカ大統領補佐官をめぐるメール問題が、11月19日、ワシントンポスト紙によって暴かれた。

同紙はトランプ大統領とは「犬猿の仲」であり、反トランプメディアの最右翼と目されている。同紙によると、イヴァンカ氏は、昨年の一時期、私用のメールアドレスを用いて、ホワイトハウス関連の公用のやりとりを数百回以上しており、連邦法違反の疑いがあるという。


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トランプ大統領は、その報道に対して、即座にイヴァンカ氏の強力な弁護に回った。イヴァンカ氏のケースは、私用のメルアドを公務に用いて、大問題となったヒラリー・クリントン元国務長官の場合とは多くの点でまったく異なる、というのである。

本欄でおなじみの憲法と刑法の両方に関わる法分野で、全米の最高権威として著名なハーバード大学ロースクールのアラン・ダーショウィッツ名誉教授も、イヴァンカ氏を擁護している。同名誉教授は、テレビ出演を通じて、「イヴァンカ氏のメール問題には、法的な論点さえない」と言い切っている。

「親トランプ」メディアとの関係に「ねじれ」

このイヴァンカ氏のメール問題に関しては、中間選挙で下院の多数党となった民主党が黙っていない。民主党の有力政治家であるイライジャ・カミングス下院議員は、来年1月に開会される議会で、イヴァンカ氏の調査に乗り出し、同氏を追及する構えを示している。カミングス議員は、メディアにできるだけ情報開示していくという政治手法を使う政治家として知られている。

その意味では、今後、メディアの論調がイヴァンカ氏のメール問題に対してどうなっていくか、トランプ大統領としては、これまで以上にメディアの論調に対して、慎重かつ効果的に対応していく必要がある。メディアの論調が、議会の調査のゆくえに大きな影響を与える可能性があるからだ。

そこで、筆者が注目しているのは、これまで唯一の「親トランプ」メディアとして、論陣を張ってきたフォックスニュースが、中間選挙の直前の10月から「変節」したと思われることだ。トランプ大統領との関係に「ねじれ」が生じていると判断していい。

その「ねじれ」の具体的な内容とは、中間選挙の直前、フォックスニュースがトランプ大統領の全米各地での共和党候補への応援演説ラリーを、以後、中継しないという方針を打ち出したことだ。この新方針については、「フォックスニュースでさえも、トランプの応援演説会に飽きた」とヴァニティフェア誌(電子版)は伝えている。

同誌によると、トランプ大統領の演説会を生中継するより、フォックスニュースの著名なキャスターたちが、いろいろな角度から解説したほうが、視聴率を稼げるという判断が働いているという。つまり、フォックスニュースは、これまでの「親トランプ」の立場よりも、視聴率優先の立場へ転換したというわけだ。

この「親トランプ」メディアとの関係に「ねじれ」が生じたことに対して、トランプ大統領は、10月下旬以降、3大ネットワークを中心に、これまで以上に幅広く、独占インタビューのテレビ放映に応じることにした。著名キャスターたちと意見を戦わせる形で、メディアを利用するという新戦略に転じたのだ。

全米トップのテレビ視聴率男として名を上げたトランプ氏の「メディア勘」は衰えてはいない。メディア新戦略は功を奏し、トランプ人気は一気に回復した。「反トランプ」メディアとして名高いCNNテレビの解説で、ベテランジャーナリストのジョン・キング氏は「トランプ氏の国民的支持は史上最高」とさえ述べた。中間選挙の直前である。

トランプ氏の「メディア勘」は、的確に作用したと言える。その証拠に、中間選挙では、「反トランプ」メディアが予想した以上に、トランプ与党の共和党は善戦した。

盛り返したトランプ人気に冷や水?

中間選挙後、トランプ大統領は11月18日放送のフォックスニュースのベテランキャスターのクリス・ウォーレス氏との独占インタビューに応じた。そのウォーレス氏は、数カ月前に行った、ロシアのウラジミール・プーチン大統領との独占インタビューで見せた、脅えたような緊張した表情とは打って変わって、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情を見せた。

トランプ大統領の「激論の雄」としてのイメージアップ効果は、このフォックスニュースとのインタビューでは、まったく上げられなかった。それどころか、トランプ大統領に対するウォ―レン氏の「上から目線」とさえ言える余裕たっぷりの態度は、中間選挙でせっかく盛り返したトランプ人気に、冷や水を浴びせるような横柄さだった。

さて、フォックスニュース側は、トランプ大統領との強いコネクションを利用しながら、視聴率を取りやすい「ロシア疑惑」などを報じ、高い視聴率の維持を狙っている。ここまで「ロシア疑惑」が長引いているのは、「反トランプ」メディアだけでなく、「親トランプ」メディアの「視聴率戦略」に乗せられていると、分析することもできる。そのことにトランプ大統領は気づいているだろうか。

「生き馬の目を抜く」メディアとの微妙な関係について、これまでメディアのスーパースターを長く続けてきたトランプ氏にしても、まだ十分に理解できていないかもしれない。「親トランプ」メディアという立ち位置にいながら、トランプ氏と一定の距離を置き始めたフォックスニュースに、逆に、振り回される立場に立ってしまいかねない。

そうだとすれば、トランプ大統領は、中間選挙終盤での個人的人気を回復させた、メディア新戦略をテコに、メディア戦略を立て直すべきだろう。フォックスニュースを「えこひいき」しているだけでは、逆に、振り回されるだけで、何の得にもならない。

フォックスニュースの「上から目線」には、「報道の中立」というメディアの価値判断が働いている。トランプ大統領が、フォックスニュースのペースにはまったまま、メディア新戦略を打ち出せないでいると、これまでトランプ氏を熱烈に支持している人々の間でさえ、幻滅感が出てきかねない。このままでは長女イヴァンカ氏の危機を救うこともできなくなるだろう。

新たなメディア戦略でイヴァンカ氏を守れるか

イヴァンカ大統領補佐官という立場からみて、非常に気掛かりなことがある。メール問題に限らずに、より幅広い意味で「公私混同」があったのか、なかったのか。民主党議員のなかには、その点についてイヴァンカ氏を「宣誓証言」させたい、との政治的な思惑があることだ。これは重大問題である。

その「宣誓証言」については、これまでトランプ大統領がロバート・ミュラー特別検察官のチームによって、「偽証の罠」に追い込まれる危険性があるとして、大きな法的論点となっていた。それと同様な危険性を、イヴァンカ氏のケースは、特別検察官からではなく、下院議会から追及されることになる。

「反トランプ」メディアは、「頭脳明晰なイヴァンカ氏が何で、こんなミスを」と、一斉に報道している。その背景には、イヴァンカ氏が下院議会での「宣誓証言」に追い込まれ、その証言を通じて、「偽証」証言を引き出したいという、「反イヴァンカ」メディアの狙いがあると言っていい。

「知的なプライド」のある証言者ほど、「偽証の罠」にはまりやすいという。老獪で、やり手の議員にとっては、イヴァンカ氏は格好の獲物ということになる。イヴァンカ氏は知的であっても、タフで老獪だったヒラリー氏ほどの人生経験を積み重ねていない。

イヴァンカ氏は、国際的な人身売買の撲滅問題、働く女性の問題などで活躍し、民主・共和両党の議員たちとも協力してやってきた。「トランプ嫌い」を明言する両党の議員の間でも、イヴァンカ氏と友好的な議員は数多くいる。ただ、今回のメール問題について、イヴァンカ氏を擁護する意見は、目下のところ、ほとんど出ていない。

ところが、見逃せないのは、メディアのなかでイヴァンカ擁護論が出ていることだ。トランプ大統領にとって、イヴァンカ氏の危機を救うために、見落とせないポイントとなる。フォックスニュースだけを「えこひいき」すると批判されてきたトランプ氏が、メディア全体との関係性を修正するチャンスである。

その場合、トランプ大統領は、イヴァンカ大統領補佐官を政治的に守りながら、トランプ大統領自身は「反トランプ」メディアと対峙し、戦い続けるという両面作戦も考えられる。トランプ大統領のメディアとの新たな関係がどう展開していくか、見物である。