ポルシェは2019年に同社初のEV「タイカン」を発売する(写真:ポルシェ)

今年創業70周年を迎えたドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェ。プレミアムカーブランドとして確固たる地位を築いている老舗であっても、時代の変化への対応を怠らない。ポルシェは、2025年までに全モデルの50%を電動化すると宣言。プラグインハイブリッド(PHEV)や電気自動車(EV)の投入を今後加速する。2022年までに、総計60億ユーロ(約7700億円)の投資を行う計画だ。


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ポルシェの2017年の売上高は217億ユーロ(約2兆8200億円)、営業利益40億ユーロ(約5200億円)。設備投資額は16億8400万ユーロ(約2200億円)で売上高に対する比率は7.7%と競合他社と比較しても高い水準にある。2025年の費用対効果(ROI)の目標には21%を掲げる。回収には相当の時間がかかりそうだが、ポルシェはこの投資に価値があると確信している。

電動化で利益率低下は避けられず

同社初のEV「タイカン」の価格帯は「カイエンとパナメーラの中間となる」(前出のマイヤー氏)。参考までに、日本でのカイエンの税抜き価格は903万7037円、パナメーラは1075万9260円であるため、1000万円前後の価格になるとみられる。

電動車の立ち上げの段階では、バッテリーなど新たな部品の価格が高い。加えて、電動化への巨額投資を踏まえると、この価格水準ではポルシェが誇る高い利益率(2017年の売上高営業利益率は17.6%)が下がることは避けられそうにない。では、どのように収益化を進めるのか。

ルッツ・メシュケ財務・IT担当取締役は「車両の電動化によって利益率は落ちることは免れないが、その分をチャージシステムやさまざまなサービスからの収益でカバーしていく」と話す。この考え方は、「オプションで稼ぐ」ことで高収益を得てきたポルシェらしい発想だ。


ポルシェも参画する合弁会社「Ionity(アイオニティ)」の充電プラグ。下方の2穴のプラグでさらなる急速充電が可能に。現行の充電規格「Combo(コンボ)」にも対応する(記者撮影)

まずポルシェが取り組んだのが、新たな充電システムの整備だ。ポルシェは、BMW、ダイムラー、フォルクスワーゲン、アウディ、フォードの5社とともに、2016年に「Ionity(アイオニティ)」というEV用急速充電器の合弁会社を設立した。6社は急速充電プラグを共有する。現在40分ほどかかる急速充電を15分(電池容量の80%)にまで短縮することが目標だ。ジャガーやボルボなど他メーカーとの参画交渉も進んでいるという。

最大350kWの主力に対応したアイオニティの急速充電器は欧州全体では現在14カ所に過ぎない。これを2019年には約400カ所に拡大する計画だ。充電器の利用料は1回8ユーロ(1040円)。自動車メーカーがサービスからの収益化を進めるための重要な施策である。ポルシェは、DCチャージボックスという充電モジュールを開発している。アイオニティに急速充電システムを供給する3社のうちの1社であり、唯一の自動車メーカーだ。

サービスでも収益確保急ぐ

ポルシェはアイオニティの充電網とは別に、2018年末から独自の有料急速充電サービス「ポルシェチャージングシステム」を展開していく。このシステムではスマホアプリを用いて充電状況を管理することができる。ポルシェは全世界に600のあるポルシェディーラーやショッピングモール、ホテルなどに、DCチャージボックスと充電器の導入を始める計画だ。ポルシェの規格は、日本で適用されている共通規格「チャデモ」とは異なるため、日本への展開については目下調整中だという。


ポルシェは独自の充電システム展開を進める(写真:ポルシェ)

自動車業界では「MaaS(マース)」という言葉が急速に浸透している。Mobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)という英文の頭文字だ。これまで自動車の開発や製造を行ってきたカーメーカーは、シェアリングエコノミーが台頭する中、サービスを利益にどう繋げるか、頭を悩ませる。


ポルシェの主力SUV「カイエン」。ポルシェの世界での年間販売台数は約24万台と限られるが、顧客のロイヤルティは高い(記者撮影)

電動車の普及段階にもかかわらず、ポルシェが有料での充電サービスを展開できるのは、これまで培ってきたブランド力があるからだ。価値あるものにはカネを惜しまないという、「有料化」に抵抗の小さい顧客層を持つポルシェのようなプレミアムメーカーは、当然サービスでの収益化もやりやすい。

加えて、ポルシェの最大の強みは、充電設備の開発を自ら手掛け、世界中に展開を図れるだけの技術力を有している点だ。テスラも独自の充電システムを持ち、蓄電池ビジネスを展開しているが、充電規格については他社とは協業していない。一方、ポルシェは自らの技術を電動車の普及に活かそうとしている。

電動化以外のサービスについても前のめりだ。「自前だけでなく、カーメーカーやテック企業などの他社を巻き込んで展開していく流れは加速していく。フォルクスワーゲングループとしても、すでに数多くの企業やベンチャーと話をしている」(メシュケ氏)。すでに定額でポルシェの車両を乗り放題できるサブスクリプションサービスなどを展開している。

創業者もEVを開発していた

ポルシェは、電動化への方針転換に伴い、ディーゼル車開発からの撤退も発表した。ポルシェのブランドを培ってきたレースの世界でも、F1(フォーミュラ1)やWEC(世界耐久選手権)からの撤退を表明し、EVのレースであるフォーミュラEへ全力に注ぐ方針を発表している。

そうはいっても「メカ好き」なファンに、ポルシェの方針転換は本当に受け入れられるのだろうか。ポルシェの車から音が消えてしまったらどうしよう、と心配していた社員の1人はこう話す。「聞くところによると、電動車のメカニクスを生かした、すばらしい音がするように仕上げているようだ。心配していたけれど、それを聞いて安心している」。


80年前にフェルディナンド・ポルシェ博士が開発したEV。充電には数日かかったという(記者撮影)

タイカンは、ポルシェの創業者のスピリットが電動車に引き継がれるという点でも、失敗は許されない重要な車種だ。実は1930年代、フェルディナンド・ポルシェ氏は、EVを設計・製造したことがあった。そのときと同じ「スポーツカー」の哲学が、新たなタイカンにどのようなかたちで宿るのか。ファンは心待ちにしている。