10月のパリモーターショーで世界初公開されたBMW「Z4」(写真:筆者撮影)

自動車のトランスミッションといえば、もともとはアクセル、ブレーキ、クラッチの3ペダルと手元のギアを駆使するマニュアルトランスミッション(MT=手動変速機)が主流の時代もあった。

オートマはスポーツモデルには不釣り合い?

時代は移り変わり、今ではアクセルとブレーキの2ペダルの自動変速が主流だ。昔は2ペダル=イージードライブというイメージでスポーツモデルには不釣り合いと言われていたが、現在では「速さ」と「効率」のために活用されており、モータースポーツの世界では世界選手権レベルのカテゴリーはほぼ2ペダルという状況となっている。


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一口に自動変速といっても、さまざまな種類が存在する。MTをベースにクラッチ操作と変速操作を自動化させた「ロボタイズドMT」。ベルト/チェーンとプーリーの組み合わせでギア比を無段階に連続変化することが可能な「CVT」、そして液体で力を伝えるトルクコンバーターによりエンジンと接続され、遊星歯車機構で変速を行う機構の「AT」だ。

実はATの歴史は古く、1900年前半には実用化されており、長年2ペダルの代表として活用されてきた。スポーツ性重視のDCT、経済性重視のCVTといった特化型の2ペダルの登場により市場が縮小したが、最近はATが見直され再び巨大勢力となっている。内製を行う自動車メーカーもあるが、専門メーカーとしては日本のアイシンAWやジャトコ、アメリカのアリソン(大型商用車用)、ドイツのZFなどが有名である。


ツェッペリン飛行船用のギア・ホイールおよびトランスミッションのメーカーとしてスタートしたZF(写真:ZF)

10月に開催されたパリモーターショーで世界初公開されたBMW「Z4」。2019年登場予定といわれるトヨタ自動車「スープラ」(A90)の兄弟車としても話題となっているモデルである。オープンモデルながらピュアスポーツカーとして開発。ショートホイールベース、ワイドトレッドのパッケージに直6-3Lツインターボ/直4-2Lターボのエンジンを搭載。ポルシェ・ボクスターをベンチマークとし、新車開発の聖地として有名な「ニュルブルクリンク北コース」のタイムは7分55秒を記録している。

ただ1つ気になったのは、そこまでこだわったにもかかわらず、最もスポーティなグレードである「M40i」のトランスミッションが8速ATのみの設定であったことだ。3ペダルのMTは市場が少ないので設定がないのはなんとなく理解できるが、なぜATなのか?

開発プロジェクトマネジャーであるミヒャエル・ヴィムベック氏へ聞くとこのように答えてくれた。

「Z4にはZF製の8速AT『8HP51』を搭載しています。これは非常にいいトランスミッションで、ストリートメインのクルマとして考えた場合、これ以上のものはないと思っています。セットアップの自由度が大きいのが特長で、モードによって性格もガラリと変えることが可能です。よりハイパフォーマンスな「M5」もこのATを使っていますので、技術的にもまったく問題ありません」


ZFの新しいモジュール式トランスミッションTraXon(写真:ZF)

また、このBMW Z4と兄弟関係にあるトヨタ・スープラの開発責任者である多田哲哉氏も「ATとは思えないほどスポーツ性が高いです」と語っている。

ZF製のATの秘密

あのBMWに「これ以上のものはない」と言わせたZF製のAT。その秘密はどこにあるのか? ZFジャパンでATのエンジニアリングを担当している柴田敏克氏さんにさまざまな質問をしてみた。

ZFはドライブライン、シャシーテクノロジー、アクティブ&パッシブ・セーフティテクノロジーを供給するメガサプライヤーと呼ばれるが、自動車に詳しい人からするとZF=トランスミッションのイメージが強いと思う。それもそのはずで100年以上の歴史を持つZFは、1920年代にトランスミッションを発表。以来、車やバス、建設機械などのトランスミッションの開発・製造を行っている。ちなみにZFの意味はZahnradfabrik(Zahnrad=歯車、Fabrik=工場)の頭文字からきているのだ。


9速オートマチック・トランスミッション(写真:ZF)

ATは1960年代に3速からスタートし、4/5/6速と進化。現在は2008年に登場したFR用縦置き8速AT(8HP)、2011年に登場したFF用横置き9速AT(9HP)が主力製品だ。前に記したBMW Z4に搭載される8HPはドイツ・ザールブリュッケンで年間250万台を生産。さまざまな自動車メーカーに供給されているが、ATの自社生産をしていないBMWはその割合が非常に多いそうだ。

そもそも、ATのメリットは何だろう?

「欧州ではいまだにMT信仰が根強い。ダイレクトで機械と機械がつながっているので、燃費がいいのはある意味正解です。一方、ATは流体クラッチでつながっているので効率が悪いといわれますが、現在はロックアップ機構(機械的に固定して油圧を介さずにダイレクトにエンジンの力を伝える)の進化によってCO2削減や燃費向上もしています。ちなみにPHV用のトランスミッションだと70%以上の改善率を実現しています」

では、ATがDCT/CVTに対して優位となる点はどこにあるのだろうか?

「DCTはダイレクト感/変速スピードに優位性があるが街中の走行は苦手。逆にCVTは渋滞や狭い道などではスムーズな走行ができるがスポーツ走行は苦手……というようにメリット/デメリットがありますが、ATはどちらのメリットも兼ね備え、用途に合わせて幅広いニーズに合わせることが可能な “万能型”であることだと思います」

実はZFはATだけでなく数は少ないもののMTやDCTの開発・生産も手掛けている。ちなみに最新のポルシェ「911」(991)の7速MTはZF製である。つまり、すべてのトランスミッションの良しあしを知っている中でのATなのである。

その一方、トヨタはATのメリットを認めながらも、コンパクトクラスにはCVTのメリットが大きいと改善を続け、モータースポーツシーンでも使えるスポーツCVTの開発も行っている。

「小さいクルマはコストのバランスが取りやすいのでCVTのメリットはあると思います。ただ、大トルクを許容するとなると話は別です。そこはATやDCTしかないですね」

大トルクエンジン用のCVTというと、スバルのリニアトロニックが孤軍奮闘中である。最高出力300馬力/最大トルク400Nmを誇る2L直噴ターボと組み合わせているが、いろいろな面で苦労しているという話も耳にする。

ATがカバーできる自由自在な味付けとは

ちなみにATはCVTやDCTの領域もカバーできる自由自在な味付けが可能というが、実際にどのようなことができるのだろうか?

「シフトスピードはもちろん、スポーティで加速感を感じる制御や滑らかな制御といったように、クルマごとの要求に対して自由自在です。これは機械的な部分だけでなく、搭載するCPUの処理速度、性能、それに反応するアクチュエーターや指示する神経系統の高性能化なども大きく貢献しています。昔のATならアクセル開度や車速で変速制御、60km/h超えたらロックアップなど単純でしたが、今はリアルタイムでセンシングされ、走行条件に最も適した制御が可能です。

かつてATはシフトショックを減らすことが大きな課題でしたが、現在は逆に滑らかすぎて『シフト感が足りない』と言われることもありますが、そんなわがままも対応可能です。もちろん、シフトダウンも滑らかな制御はもちろん、DCTにはできない“段跳び減速”も可能にです。また、最新モデルの多くはスイッチ1つでクルマの性格を変えられるドライブモード付きが多いので、より細かなAT制御ロジックが可能になっています。

ただ、それを最終的に作り出すのは『人間の感性』です。一般的にはZFのトランスミッションを買って搭載すればOKと思われがちですが、同じATであっても、そのクルマに合わせたオーダーメードのチューニングをしています。つまり、Aのクルマの制御をBのクルマに展開してもOKにはならない……ということです。そこで弊社にはダンパーのスペシャリストと同じように、トランスミッションのスペシャリストが在籍しています」

すでに他社では10速ATもラインナップされているが、ATの多段化は今後どこまで続くのだろうか?

「重さやサイズを考えなければいくらでも可能です。多段化していくと1段ごとのギアがクロスするのでCVTのように最適なギアを選びやすくなります。『シフトダウンが大変』という意見もありますが、今は段跳び変速があるので問題ないでしょう。ただ、ギアを増やす=重量が増す、コントローラーが増す、シフトエレメントが増えるなど、そこで得られるメリットや商品性があるかどうか。弊社はそのバランスを考えた結論が8速と9速でした」

やはり多段化=重量増なのだろうか?

「実はFR用ATは6→8速とギア段数が増えていますが、サイズは逆に小さく、軽く(20kg近く)なっています。その上900Nmという高トルク対応型です。電子技術やソフトウエア技術はもちろん、歯車一つひとつの省スペース/軽量化、油圧経路やオイルポンプなどの進化など、ここ10〜15年の技術革新がこれらを可能にしています」

電動化シフトへの対応

そんなATだが、昨今の電動化シフトにどのように対応していくのだろうか? EVはトランスミッションが必要ない……という根本的な問題も出てきそうだが。

「電動化シフトといっても、そのほとんどはハイブリッドもしくはPHVと内燃機関との組み合わせなので、トランスミッションが今すぐ必要なくなることはないのでわれわれの出番はあると考えています。ただ、トランスミッションに求められる付加価値は『電動化』なのも事実で、弊社ではすでに『プラグイン・ハイブリッド・トランスミッション』を用意しています。

また、ピュアEVも最高速のことを考えるとトランスミッションとの組み合わせも考えられるわけで、むしろニーズは広まっていく可能性はあるので、弊社としてはどれにでも対応できるようにしていく必要はあると思っています。ZFはただ物を作るのではなく、付加価値の高い物、技術的に進んだ物を提供していきたいという思いは今後も変わりません」

最後に柴田さんに「理想のトランスミッションとは?」という質問をしてみた。

「CVTの機能がDCTの高トルクまで耐えられる、トルクコンバーターのようなイージードライブですかね?」

それをひもとくと、最新のATがその理想に最も近いような気がしている。