今や運動会でも人気だという「そうめん弁当」。ご飯に比べると圧倒的に持っていきやすい理由がいくつかあった(写真:山崎 智世)

運動会の弁当といえば、どんなものが思い浮かぶだろうか? おにぎり、巻きずし、厚焼き卵にから揚げ……。ところが、最近、そうめんを弁当箱や紙コップに入れた「そうめん弁当」の人気が急激に高まっているという。

「そうめんを弁当に入れるなんて!」と驚く人は多いかもしれない。何しろ、そうめんといえば、夏のお昼ご飯などにゆでたてを食べるもの、というイメージが強い。数時間も経ってから食べる弁当に入れたりして、麺が伸びてしまったり、くっついて塊になったりしないのか。そもそもなぜ、運動会の弁当にまでそうめんなのか。謎は深まる。

定番品が前年比4%伸びている意味

そこでまず、スーパーでもおなじみのトップブランド、揖保乃糸の商品を出す兵庫県手延素麺協同組合に問い合わせてみた。同組合は、サイト上で「そうめんのお弁当」のレシピをアップしている。運動会にそうめん弁当を持っていく人が多いことをキャッチしたのは、3年ほど前だという。レシピは、「見た目もかわいらしく、ポップだと若いお母さん方にも好評です」と企画課の天川亮氏は言う。

作り方のポイントは、フォークでそうめんを一口大に丸めること。麺つゆは、よく冷やして保冷容器に入れるか、小袋タイプを凍らせて保冷剤替わりに弁当箱のふたの上に載せておくとよい。「野菜やお肉などをトッピングとして載せると、栄養バランスもよいですよ」(天川氏)。

そうめん弁当人気の影響もあるのか、揖保乃糸では2017年9月〜2018年8月の売り上げは前年同時期と比べて104%と伸びている。4%の増加は小さな数字かもしれないが、定番商品におけるその変化は注目に値する。今年の夏の猛暑の影響もあると思われるが、そうめん弁当の人気に見られるように、使い方のバリエーションが増えたことも人気上昇の背景にはあったのではないだろうか。

実は最近、手軽に食べられるそうめんの魅力が再発見されている。人気バラエティ番組「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ系)では、2017年8月24日放送の回の「全国納涼そうめん祭り」と題した特集コーナーで、沖縄県の「そうめんチャンプルー」、埼玉県の「冷や汁そうめん」、石川県の「ナスそうめん」の作り方を紹介していた。レシピサイトの「メシ通」でも、2018年7月の人気ナンバーワンが香川県の「なすそうめん」の記事だった。そうめんの多様な食べ方が知られるようになっているのだ。

そうめん弁当については、クックパッドでこの1年で人気が急上昇しているのが目を引く。クックパッド食の検索サービス「たべみる」によれば、「弁当」に組み合わせる単語の中で「素麺」の割合が、2018年8月は前年同月と比べて2倍以上。「運動会」と「素麺」を組み合わせる検索頻度も、運動会シーズンの2018年5月を前年同月と比べると、3.5倍以上にもなっている。

また、運動会と「素麺」を組み合わせた検索頻度が上昇し始めたのは、2015年から。「弁当」との組み合わせは、2017年には12位だったが、2018年になって3位に急上昇。そうめん弁当は、3年前から運動会で人気となり、今年になって日常の弁当にも広がってきたと言えそうだ。

heavydrinkerの名で刊行した『見ためは地味だがじつにウマイ! 作りたくなるお弁当』(KADOKAWA)でそうめん弁当のレシピを紹介したのが、料理家のMAYA氏。高校2年生の息子、小学校5年生の娘、小学校1年生の息子を持つ母親だ。運動会でそうめん弁当をよく見るようになったのは、2〜3年前からと話す。

息子の一言がそうめん弁当を作るきっかけに

MAYA氏自身が作り始めたのは、4年前。中学校に上がった長男が弁当を学校に持っていくようになり、食欲が出ない夏に「お肉とか白ご飯とか食べたくない。麺とか冷たいやつだったら食べられるよ」と言われたことがきっかけだ。

当時、介護系の仕事をフルタイムでしていたMAYA氏は、息子と同じ弁当を会社員の夫とそれぞれが職場に持っていっていた。自分でも食べながら、試行錯誤して完成させたのが、同書に紹介したレシピ。読者からは、「すごく柔らかくなってまずくなると思っていたら、いい意味で予想を裏切られました」といった声が寄せられているという。

ポイントは揖保乃糸や半田そうめんなどコシが強い麺を使うこと、商品指定のゆで時間どおりにゆで、クッキングシートで押さえて水分をしっかり取っておくこと。「早めにお湯から引き上げたほうが堅めになると思われがちなんですが、そうめんの芯が残っていると、空気中の湿気を吸い込んで伸びてしまうんです」とMAYA氏。

フォークで一口大に丸めると食べやすいが、つゆの中に入れるとそうめんはすぐにほぐれるので、弁当箱の中に広げて入れるだけでもよい。つゆは、キンキンに冷やして保温力がある水筒に入れておくと、お昼に冷たいそうめんとして食べられる。MAYA氏の長男は、弁当箱の中につゆを流し込み、つけ麺状態にして食べているそうだ。残ったつゆは、水筒に戻しておけば、持ち帰るときにこぼれる心配がない。

そうめんだけだと栄養バランスが気になるが、MAYA氏は「必ずしも一食一食で完全に栄養をとらないといけないわけではない。夜や朝、次の日ぐらいまでの間で必要な栄養がとれればいいと思います。弁当は好きなものを入れたほうが、結局子どもが完食してくれるんです」と言う。

栄養をしっかりとりたい場合のバリエーションも聞いた。ご飯を入れる弁当のおかずと同じようにおかずを入れるほか、酢を利かせた巻きずし、天むす、とり天、大葉・ミョウガ・ネギ・ショウガ・カイワレを混ぜた五目薬味を添える、豚ミンチ肉やゴマペーストを使ったタンタンメン風にするなど、組み合わせはいろいろある。涼しい季節なら、温かいつゆにネギと鶏肉などを細かく刻んでごま油で炒めたものを入れておく「こくみ汁」にするなど具だくさんにしておく方法もあるという。

作る側にとってのそうめん弁当の魅力は、4つある。1つは、ご飯に比べて圧倒的に調理時間が短いこと。また、ご飯のように弁当箱に入れてから冷ましておく必要がない。2つ目は、ほかの麺と異なり、あらかじめ油を加えてくっつかないようにするなどの下処理が必要ないこと。くっついた状態になっても、つゆに入れればすぐほぐれるからだ。つまり、時短料理としての魅力が大きいのだ。

3つ目は、前述のとおり、組み合わせるトッピング、具材などのバリエーションが豊富なこと。4つ目は、使用時間を気にせず保冷剤をたくさん載せられること。ご飯だと保冷剤が足りないと腐る心配がある一方で、入れすぎると冷蔵庫で冷やしたみたいになってまずくなる。しかし、そうめん弁当ならいくら冷たくてもまずくなる心配がない。

食べる側にとっては、夏場などで食欲がないときにも食べやすいことが最大のメリットだ。そうめん弁当の人気が急上昇している背景には、気象変動により、運動会が暑い時期と重なることが多くなったことがあると考えられる。また、カップに入っているそうめんは手を汚さずに食べられ、持ち運びやすいというメリットもある。

そこへ、SNSなどでの情報交換が活発になり、インターネット経由でレシピを入手しやすくなったことや、カラフルなカップに入れられたそうめん弁当がインスタなどで拡散されたことが重なり、人気に拍車がかかったと言えるだろう。

ラーメン風やビビンバ風などアレンジ豊富

MAYA氏一家は麺好き。普段は週1回、夏場は週2〜3回も麺料理が食卓に上る。夏のイメージが強いそうめんも年中使うという。冬はにゅうめん(温麺)にして朝食の吸い物に入れる。給料日前でコメが足りなくなりそうなときに、そうめん弁当にすることも多いという。日常的に食べているから、単にそうめんをゆでて薬味を添える以外の発想が豊かなのだ。

「うちでよく食べるのは、ぶっかけで錦糸卵をかける、カニかまぼことキュウリ、シソとミョウガとキュウリとオクラを細く切って温泉卵を載せる。蒸し鶏、きのこを煮たものをつけ汁に入れておくなどします。肉みそ、メンマを入れてラーメン風、ビビンバ風とか混ぜそばのそうめん版みたいなやり方もあり、アレンジ豊富なので飽きないです」と、そうめんの魅力について語りだしたら止まらないMAYA氏。

MAYA氏のそうめん弁当の原点は中学時代にあった。学校が遠かったこともあり、母親に送ってもらう車の中で母親が用意してくれた朝食をとっていた。「私が麺好きだったので、焼きそばやナポリタンとかドーンとタッパーに入っている。そうめんと麺つゆも車の中に持ち込んで食べていました。昼食用の弁当はナポリタンぐらいですが、朝にすぐ食べるものとして麺弁当は普通でした。私にとって、ゆでて少し時間が経った柔らかいそうめん弁当は、懐かしい味です」と振り返る。

さっとゆでて、簡単に作れるそうめん弁当。シンプルに薬味を添えるだけでも、さまざまなおかずを一緒に食べるのでも、混ぜそばにするのでも、温かいつゆでにゅうめんにするのでもいい。今度の運動会に、作ってみてはいかがだろうか。