メルセデス・ベンツの日本法人はNTTドコモのカーシェアサービスと提携し、新型「Cクラス」の無料試乗を始める(撮影:梅谷秀司)

「メルセデスにまだ乗ったことがない方でも気軽に試乗できます」――。

メルセデス・ベンツ日本(MBJ)は8月10日からNTTドコモが提供するカーシェアサービス「dカーシェア」を通じて、発売されたばかりの新型「Cクラス」に無料で試乗できるサービスを始める。Cクラスでは、セダン、ステーションワゴン、クーペ、カブリオレの全4車種を刷新。12月末までの期間限定で試乗できる。各車種の最安モデルで449万〜615万円と決して安くないが、MBJの上野金太郎社長は発売日の7月25日に都内であった発表イベントで、「気軽に」という言葉を何度も繰り返した。


メルセデス・ベンツの「Cクラス」は大幅改良を加えて、7月25日に発売された。写真はステーションワゴン(撮影:梅谷秀司)

ディーラーでの通常の試乗は15〜30分程度で、助手席にはスタッフが同乗し、指示された通りのコースを走る。dカーシェアのサービスでも無料なのは同じだが、試乗時間は最大2時間。スタッフの同乗はなく、ドライバーの裁量で自由にルートを選べる。dカーシェアのアプリ上で予約でき、東京と大阪にあるメルセデス・ベンツのブランド発信拠点2カ所で車を借りて街に繰り出す。

敷居が高い輸入車ディーラー

MBJがdカーシェアとタッグを組むのは初めて。こうした「セルフ試乗」サービスを提供する背景には何があるのか。2017年度の国内輸入車販売台数(日本車の逆輸入除く)は30万台を超え、21年ぶりの高水準を記録。メルセデス・ベンツは6万8000台を販売し、輸入車のブランド別新車販売台数で3年連続首位に輝いた。そんなトップブランドであっても、「輸入車市場は拡大しているが、輸入車に対してまだまだ心理的に高いハードルがある」(上野社長)との強い危機感がある。

消費者にとっては依然として輸入車には高級車のイメージが強い。また、輸入車ディーラーに対しては敷居が高く気軽に立ち寄りづらいとの声も多く聞かれる。結果、訪れるのは買い替え客など固定的になりがちだ。購入の検討段階でも「ディーラーに行けば買わされるのではないか」というプレッシャーも消費者の足を遠ざける一因になっている。最近では、若年層を中心に比較的高所得でも車を保有しない人が増加しており、都市部ではその傾向が顕著だ。

また、輸入車の現在の活況が中期的に持続していくかにも疑問符が付く。輸入車の動向に詳しいローランド・ベルガーの貝瀬斉パートナーは「これまで輸入車のラインナップ拡充が市場拡大を牽引してきたが、車種がある程度充実すれば伸びが鈍化するのではないか」と指摘する。MBJの取り組みは、新型車種で顧客に訴求しやすい今だからこそ、「無料で」「気軽に」「自由に」をキーワードに、販社側から潜在的な顧客層との接点を作り出す仕掛けともいえる。

NTTドコモによると、dカーシェアの登録会員は約5万人。自動車への関心が元々高い層に接点を持てるのは販社側にとって魅力的だ。会員のボリュームゾーンは都市部に住む30代男性で、MBJが新車販売の拡大を狙うターゲット層と重なる。NTTドコモの契約者でなくてもdアカウントを持っていればdカーシェアに登録でき、すぐに予約可能だ。

MBJはこうした手軽さが今回の試乗サービスに対して心理的なハードルを下げることにつながると見た。dカーシェアが提携するカーシェア事業者は現在オリックスカーシェアのみだが、拡大も検討している。MBJはそうした顧客基盤を積極的に活用していきたい考えだ。


東京都内のカレコのカーシェアステーションにあるメルセデス・ベンツの車両(写真:カレコ提供)

MBJはこれまで、三井不動産リアルティが運営するカーシェア大手「カレコ・カーシェアリングクラブ」に車両を提供し、カーシェアから新車購入につなげる取り組みを進めてきた。2016年に開始し7月末現在のラインナップは21車種計約80台。2018年5月でのカレコの車両稼動率上位10車種のうち8車種がメルセデス車と、20〜30代の若年層を中心に圧倒的な人気を誇る。

両社は8月末までMBJの会員サイトに登録すればメルセデス車利用料金を割引する「試乗キャンペーン」も実施中だ。MBJにとっては新車購入につながり、カレコとしても外国車に憧れを抱く層を取り込むことができ、双方に大きなメリットがある。カレコの退会時にはその理由を問うアンケート調査を実施しており、三井不動産リアルティの担当者は「『メルセデス車を購入するから退会する』と回答する人も結構いる」と話す。

アウディはレンタカーで試し乗り

輸入車4位のアウディジャパンも、手軽な「試し乗り」から商機を生み出そうとしている。今年6月から、コンシェルジュ(案内スタッフ)による車両の引き渡し・引き取りサービスが売りのレンタカーサービス「アウディ・オン・デマンド」を都内13区と千葉県の一部地域で始めた。

小型車「A1」(車両本体価格:税込み249万円)から高級スポーツカー「R8スパイダー」(同2623万円)まで、専用サイトで予約すれば希望の日時・場所に持ってきてもらえるため、ディーラーに出向く必要はない。料金は1日1万8000円〜12万8000円とほかのレンタカー業者に比べて割高だが、コンシェルジュから引き渡し時に車両の特徴や機能の説明を受けられるなど、車をじっくり見極める機会としても活用できる。


アウディのレンタカーサービスは、予約すれば車を持ってきてもらえるため、ディーラーに出向く必要がない(記者撮影)

レンタカー業界では近年、輸入車の品ぞろえを充実させているが、アウディ・オン・デマンドではつねに同社の最新モデルを取りそろえられるのも強み。サービス単体での収益化が目標である一方で、アウディジャパンの斎藤徹社長は「新車購入を検討している人でもディーラーは敷居が高いところもある。まずは試乗したいというニーズも期待できるのではないか」と話す。

カーシェアの普及によって一般的によく指摘されるのが、新車市場が侵食される可能性だ。この点で、三井不動産リアルティが今年6月に公表したアンケート調査は興味深い。自家用車を所有したことがない会員のうち、20代以下で31.7%、30代で28.1%が「カーシェア利用後に購入を考えるようになった」と回答した。カーシェアによる運転体験が逆に新車購入の動機づけになり得ることを示していると言える。

試乗体験を購入につなげられるか

前出の貝瀬氏は「現在のところ、カーシェアは新車市場に巨大なインパクトがあるわけではない」としつつ、「輸入車は価格などのハードルが高い分、試乗による良質な経験が購入に結びつく可能性は、国産車に比べて相対的に高いと思われる」と評価する。


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ただ、メルセデスもアウディも現時点ではサービス対象地域や期間などにおいて限定的なサービスにとどまっており、シェアリングによる利用が新車購入につながるという確信にまで至っているわけではない。双方とも今後の利用状況をみて、サービス拡大を検討していくとしている。サービスに投入する車種や対象地域の選定、新車購入への誘導方法など、ノウハウの確立まで各社とも手探りの状況がしばらく続きそうだ。輸入車各社はクルマ離れが進む消費者を振り向かせることができるか。