■得意先に本音を言ったら、貴重な経験ができた

組織が結束し、1つの方向へ進もうとするとき、“自分の考え”を理解してもらわなければならない局面があります。そこで普段から私は、「本音を語る」ことを心がけているんです。そうすれば、いざというときに周囲からの理解を得ることができます。そればかりか、周囲も“本音”を漏らしてくれます。

37歳で製造部長として大阪工場に着任した際、私は工場の存続に危機感を抱きました。そのため、お客様の声に耳を傾けようと、「いつもと味が違う」といった指摘があれば、営業担当に同行しお客様のもとを訪ねていたのです。当時、生産技術部門の社員が外回りをすることはまずありません。しかし、お客様の“本音”を聞ける貴重なチャンスでしたから。

そんな折、ある量販店の社長が大阪工場に見学に訪れました。私が、サッポロビールの歴史やモノづくりの哲学、味へのこだわりについて話をすると、その社長は「売れない理由がよくわかるよ。メーカー発想なんだよ、あんたは」と言うのです。思わず私は「工場の人間がメーカー発想で何が悪いんでしょう?」とストレートに言ってしまったんです。隣にいた営業から怒られたのは言うまでもありません。確かに配慮が必要でしたが、“本音”を伝えたことで、私は貴重な体験をするチャンスを得ます。なんとその量販店の社長が「だったら、うちの店に来て売ってみろ」と言ってくれたのです。

当時のサッポロビールは、「フレッシュキープ製法」「定温輸送」を売り文句にしていました。だから、つくりたての商品をその量販店に特別に配送し、毎週土曜日に、私が量販店の店頭に立ち販売活動をしたのです。

ところが初日に売れたのは、景品目当てで購入してもらえた6缶のみ。現実を思い知らされました。考えた末、私は工場で着用する作業服と長靴を身に着けました。“工場直送”をアピールするためです。すると、あるお客様が「兄ちゃん、毎週やってるな」と、黒ラベルを1ケース買ってくださった。

次の回には、ヘルメットまで被ったら、同じお客様が「兄ちゃん、今日はまたどうした?」と聞いてくださった。そこで「工場からできるだけ新鮮なものを持ってこようとしたら、ヘルメットを脱ぐのを忘れました」と答えました。すると笑ってくださって、また1ケース買ってくれたのです。今思い出しても涙がこみ上げてきますね。嬉しくて。

そうした貴重な経験で学んだのは、味がいいだけでは商品は売れない。商品をつくり上げた“熱意”をどうお客様に伝えるかが大事だということです。営業部門からは「現状を知ってくれてありがとう」と、私の行動は歓迎されました。しかし、身内である生産技術部門からは評価されない。本社からも電話で「迷惑だ」と言われたのです。ただ、私には確信がありました。「フレッシュキープ製法だの、定温輸送だの、頭でっかちで顧客に伝えようとしても売れない。伝えるべきなのは、一生懸命さなんだ」と。

2009年、49歳で「取締役兼執行役員 経営戦略本部長」に任命されました。このとき、「何をすればいいのかわからない」と周囲に“本音”を漏らすと、さまざまな助言が寄せられました。その結果、生まれたのが「家庭用営業力強化プロジェクト」です。サッポロビールは業務用の営業活動は強かったのですが、家庭用の営業で後れをとっていたからです。ところが今度は、営業部門から猛烈な反発を受けます。生産技術部門を歩んできた私が旗を揚げただけに、「営業がダメだからモノが売れない」と言っているように受け止められたのでしょう。

そんななか、一筋の光明もありました。私の「実験だけでもやらせてほしい」という“本音”を、西日本の営業メンバーが訝しく思いながらも受け入れてくれたのです。そこで私が実践したのは、大阪工場時代の販売経験に基づくもの。商品を売る前に“熱意”を売る。つまり、まず自分を売り込み、受け入れられたら会社を売り込み、それが伝わったところではじめて商品を売り込むという王道です。すると、少しずつ売れ始めました。そこから「まず自分を売り込む営業」に取り組む営業スタッフが徐々に増え、黒ラベルが全く並んでいなかった店に、次々と黒ラベルが並び始めたのです。

■売れる自分を、ゴミ拾いで培う

“本音”を露わにしていれば、それに対する“本音”をストレートに伝えてくれる人も出てきます。社長に就任して間もない頃、ある事業部で全体集会を開催し、私が今後やっていきたいことを話す機会がありました。その後の懇親会で、ある女性社員が私にこう言ったんです。

「今日の高島さんの話は全然響かない。過去の話であり、自慢話にしか聞こえません。入社3年目の若手社員が聞いたら、本当にちんぷんかんぷんだと思います」

その場が凍りついたようになりましたが(笑)、“本音”をぶつけてくれて「ありがとう!」ですよね。それからは、相手に合わせて話の流れや中身を変えるようにしました。このように相手に対する気遣いを学べるのも、本音で話し合えるよさだと思います。

先ほど、「商品より先に自分を売る」と言いましたが、そのためには売るべき自分がなくてはなりません。本音で相手と語り合うにも、“確固とした自分”が必要となります。ではどうしたら、自分を鍛えられるか。私は仙台工場時代から通勤時にゴミ拾いをしていますが、このことが自分に対する自信に繋がったと思っています。社内や近所のトイレ掃除を何十年もされている経営者の方もいらっしゃいますよね。人のために立派な行動をされていてすごいな、と思っていました。しかし違うんです。ゴミ拾いを半年して気づきました。ゴミ拾いは自分のためでもあるんです。通勤時、ゴミを見つけたら拾う。それを何年も続けていると、「自分との約束」を果たせたことが自信に繋がります。そうすれば、恐れず“本音”を言えるようにもなるんです。

私は今でも朝の散歩や通勤時にもゴミを拾うようにしています。でも、家の近所の目黒川周辺はゴミ拾いをしている方々がたくさんいて、最近はゴミを見つけるのが大変なんですが(笑)。

▼高島社長のマナー5
1 会話で「聞く」と「話す」の比率は?
7対3
2 社内・社外の会食の頻度は?
社内:週1回(最初に顔を出す程度) 社外:週3〜4回
3 定番にしている手土産は?
当社のワイン(例えば「テタンジェ」は、ノーベル賞の晩餐会で使われているシャンパン。そういったストーリー性があるものをお持ちすると会話の糸口になる)
4 ビジネスファッションのこだわりは?
ネクタイはシンプルで質のいいもの
5 会食のお礼は「メール」「手紙」「電話」のどれか?
メール5割、手紙4割、電話1割

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高島英也(たかしま・ひでや)
サッポロビール社長
1959年、福島県生まれ。東北大学農学部卒業後、82年サッポロビール入社。2007年仙台工場長、09年取締役兼執行役員 経営戦略本部長を経て、13年に常務執行役員北海道本部長兼北海道本社代表に就任。15年にポッカサッポロフード&ビバレッジ取締役専務執行役員に就任。17年から現職。

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(サッポロビール社長 高島 英也 構成=小澤啓司 撮影=栗原克己)