日本ほど食が多様な国はめずらしい(写真:kumikomini/PIXTA)

日本人からすると、外国人が好きな和食と言えば、すしや焼鳥、天ぷらといったイメージが強い。が、日本津々浦々をめぐって、日本の名物から珍品まで食べまくっている、マイケル・ブース一家にしてみれば、日本食の魅力はそんなところにとどまらない。

妻と息子2人と連れ立って、日本を3カ月弱食べ歩いた『英国一家、日本を食べる』が発行され、テレビアニメにまでなってから10年。再び家族で沖縄から北海道まで訪れ、泡盛から鰻、ます寿司、スイーツ、ウニ、ウイスキーまで堪能したブース一家が考える日本食の「価値」とは。新たな旅を『英国一家、日本をおかわり』にまとめたブース氏に聞いた。

日本の観光地化に感じる危うさ

――この10年で日本はどう変わりましたか。

地方の人々が自分たちの食や食文化に対してより自信を持つようになったと感じた。彼らがやっていることや食、文化はとても価値が高く、外国人の関心も高いということを認識し始めたのだろう。日本が有する驚くべき食の多様性に対して、認識を改めた、というか、より一層のプライドを持つようになったのではないか。観光客も増えたし、多くの観光地は彼らのニーズに応えようとしているが、それが「残念」になっている例も垣間見えた。

――残念?

観光客のニーズに過剰に応えることは、その地方の「リアルさ」や「本物さ」を失うことになりかねない。「日本ぽくなくなる」ということについて、日本はもう少し気をつけたほうがいいかもしれない。オリンピックに向けて日本政府や日本人は、多くの外国人を迎え入れることに躍起になっていて、できるだけ外国人が過ごしやすい空間などを作ろうということは理解できる。

が、一方で、英語で言うところの「Throw the baby out with the bath water(大事なモノをいらないモノと一緒に捨てるという意)」状態になっている。つまり、多くの観光客を喜ばせようとするあまりに、彼らがなぜ日本に来たいと思っているのか、という核の部分を見失ってしまいかねない、ということだ。実は函館で、たとえばレストランのオーナーが必死に呼びこみをしている姿などを見て、「ちょっと観光地化が行きすぎているな」と感じた。

この10年で世界も大きく変わっていると同時に、各都市の「同質化」も進んでいて、どこに行っても同じ店があって、同じ食べ物が食べられて、似たような服を着た人が歩いているようになっている。こうした中で、日本の持つ独特な雰囲気の価値はより高まっている。日本のすばらしいところは、いつ来ても、世界のどこの都市とも違うことだからね。

――マイケルさんが面白いのは、お子さんと一緒に旅行していることですが、ティーンエイジャーになった息子さん2人には日本食はエキゾチック過ぎませんか?

まぁ、いろんな反応があったね(笑)。僕らは「何でも一度は試す」というポリシーを持って旅行していて、とにかく何でも一度は食べるようにしていた。だけど、中には塩辛のようにどう頑張ってもダメなものも彼らにはあった。好きなモノは、驚くほどの量を食べていたけどね。

子どもたちは本当に日本が好きで、日本中を旅するのも楽しんでいるし、いつか住みたいと考えているようだ。もちろん、彼らには理解できない、不思議すぎるものもある。たとえば、長崎ハウステンボスでは、妻だけでなく、なぜか僕も男性に「壁ドン」をされたのだが、彼らにとっては両親が壁ドンされるのを見るのは、死ぬほど恥ずかしい体験だったようだ(笑)。

――子どもと旅行することで、マイケルさん自身が得ることは?


ブース氏と2人の息子(写真提供:KADOKAWA)

子どもと旅行することは、2つの利点がある。1つは、子どもの視点から世界を見ることができて、自分が子どもに戻った気分になれることだ。もう1つは、子どもと一緒にいることで、旅行そのものや体験がまったく違うものになることだろう。

僕は、いろんな人に「日本は子どもを連れて休暇で訪れるのに世界最高の国」だと伝えている。安全で、キレイで、すべてがきちんと機能していて、しかも日本人はみんな子ども好きだ。日本にはすばらしい歴史があって、子どもたちとそれを学んだり、話したりしながら、その後、たとえば、500年前の歴史を背負った料理を味わうことができる。

金沢は驚くべき食の都だ

――あえて印象に残っている食を挙げるとすれば。


(Michael Booth/英国・サセックス生まれ。トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト。日本で14万部超の大ヒット、NHKでアニメ化もされた『英国一家、日本を食べる』の原書、『Sushi & Beyond』で2010年、ギルド・オブ・フードライター賞受賞。他に『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』。現在は妻と2人の息子とデンマークに在住(撮影:梅谷 秀司)

驚くべき歴史と作り方、そしてストーリーがある鮒寿しと、それを作っている「喜多品(きたしな)老舗」だね。鮒寿しはとても酸っぱくて、おいしいと思うのに少し苦労したが、鮒寿司の歴史は本当にすばらしい。もっとも美味しかったのは、いろいろあるんだけど……海ぶどう、かな。海ぶどうは本当に驚くべき食べ物だよ!

それから湯葉も好きだし、白子、あん肝、のどぐろも大好きだ。のどぐろは金沢で食べたのだけど、金沢は驚くべき食の都だね。今回のナンバーワンだ。高知の市場もすばらしかった。ああ、それから北海道では洞爺湖で海鮮丼を食べたし、1日ウニばかり食べた日もあったっけ……。

――美味しくないものはハッキリと「美味しくない」「苦手」だと書きますね。

食べたものをすべて「おいしい」ということもできるけど、それは意味のないことだ。信頼されるには、きちんとメリハリをつけないといけない。そうしないと、読んだ人も信じてくれない。誰にでもいい顔をするのは読んでいる側にとっても面白くないだろう。

たとえば、喜多品で鮒寿司を食べたとき、僕は彼らに「あんまり好きじゃないかもしれない」と伝えた。すると、彼らは「ご心配なさらず。食べに来た人の半分は好きじゃないといいます」と言っていた。彼らは何百年もお店をやっているのだから、ちょっとばかりの批判には慣れているんだよ。

――突き詰め続けているマイケルさんにとって日本食の魅力とは。

ジャーナリストとしては、47都道府県すべての食が異なり、特徴があって、特別だという点に引かれる。多様性がすばらしい。しかも、それぞれの食にはとんでもない面白いストーリーがあって、あと10冊は本が書けそうな勢いだ。だいたいまだ30都道府県くらいしか訪れていないし、四国だけでも1冊くらい書ける。

食いしん坊としては、なんといっても日本食の「うまみ」「美味しさ」だね。それから、食感。日本食は欧州の食事と比べて食感のバラエティがすごい。そして、見た目の美しさと季節感。日本には、細かく分けると72も季節がある。たとえば、桜の時期もそうだ。桜にもたくさん種類があって、「メインの桜」が散ると、多くの人はたとえ違う桜が咲いていたとしても、「桜の季節は終わった」と認識している。こういう細かい季節の分け方が身に付いていることに驚く。

欧米でも「職人」の概念は広がっている

――いつもながら多くの料理人や生産者に会っていますね。

日本には、本当にたくさん犠牲を払ってでもいいモノを作りたいという人たちがいる。彼らの目的は、金持ちになることでも、有名になることでもなくて、ただ顧客にいいモノを提供したいという思いで作っている。パティシエの杉野英実さんや、焼酎が台頭する中、沖縄の泡盛を守り続けている人たち、有田焼の陶芸家たち、喜多品……本当に驚くべき人たちばかりだ。

欧米でも最近、ものづくりを極めようというシェフが増えているが、多くは日本で修業をしたり、日本に影響を受けている。最近では「職人」という言葉も知られるようになっている。欧米では、バリスタだったり、バーテンダーだったり、細部にまでこだわりを持つちょっとおしゃれな料理人を意味し始めている感はあるが……。

――著書の中では、日本食の弱点として革新的ではない点を挙げています。

正直に言うと、それはちょっと間違っていたと思う。日本の中にも、日本食にイノベーションを起こそうとしている人はたくさんいるし、実際にイノベーションも起こっている。著書の中では、僕の友人が「いろいろ試して、ベストの方法を編み出してやっているだから、変える必要はない」と言っているが、それは事実だ。

僕が会った職人たちは、変化やイノベーションを起こしているが、それは段階的なもので、大きな変化を一気に起こしているのではない。日本ぐらいの国であれば、誰かがどこかで大きな変化を起こしていてもおかしくない。しかし、それが目立つこともなければ、日本人は新しいものが好きな割には、食については大きな変化を求めていないように感じる。それが僕には驚きで、それを指摘したかったのかもしれない。

――ということは、日本食はこのままでいいと。

それが、僕がいつもぶち当たる大きな問題だ。日本に来るたびに、日本食に変わってほしい、それとも変わってほしくない?という自問を繰り返している。人々に「日本食がものすごく変わった!」と伝えたいのか、それとも「日本食はまったく変わらない良さがある」と伝えたいのか……。ものすごくワガママを言えば、日本食は今のままであり続けてもらいたいと思っている(笑)。ただ、変わることは避けられないだろうね。

――日本食に変わってほしい点があるとすれば。

欧米人からすると、もうちょっとだけ酸味が欲しいな、と思うときがある。日本はたくさんの柑橘系にめぐまれているので、たとえばみそ汁にちょっとそうした柑橘類を垂らしたり、という工夫があってもいいな、と思うことはある。

もう1つは環境面の話で、日本は食品廃棄に対する意識が低すぎると思う。パッケージにしても、過剰包装だ。欧州では、デンマークを中心にいかに食品廃棄物や無駄を減らすかということに関心が集まり始めている。もう1つ、食の伝統を守ってきた高齢者やその知識をどう守って、生かすかも今後大事なポイントになるだろう。

日本人はほかの国の人と同じくらい幸せだ

――日本の食品の世界市場でのポテンシャルは。


今の日本は世界中から観光客を誘致することに躍起になっている反面、日本の食品が持つポテンシャルに気がつけていない、というか、食品の輸出拡大にもっと力を入れてもいいのではないか。もちろん、中には大量生産できないものもあるのだろうけど、焼酎や泡盛、ワイン、海ぶどう、麹、甘酒、餅、日向夏のような柑橘類……挙げれば切りがないが、多くの食品は海外市場で勝負できるポテンシャルがある。

日本酒だってもっとプロモーションするべきだ。アメリカやフランスでは、日本酒人気は高まっているが、一つひとつの銘柄が知られるほどにはなっていない。日本食レストランが世界で人気を集め始めているのだから、これから日本の食材や食品ももっと注目が集まるはずだ。

――デンマークに移住中のマイケルさんとは前回、「なぜ日本人はそんなに幸せじゃないのか」という話になりました。これだけ食のレベルが高くて、多様な文化に富み、安全な国に住んでいるにもかかわらず、日本人が幸福感を感じていないのはなぜでしょうか。最近発表された国連の「幸福度ランキング」では、日本は54位でした。

いやいや、日本人はほかの国の人と同じくらい幸せを感じていると思うよ。そもそも、幸福度ランキングの質問項目自体に問題があるのではないか。「幸福」に対する日本人の考え方や、質問への答え方もあるだろう。日本は、個人の幸せよりも、集団としての幸せが重視される国だし、近年は金銭的な不安を抱えている人が多いようにも見受けられる。派遣や過労の問題もあるだろうから、ハッピーとは答えにくいのかもしれない。

だいたい「ハッピー(幸福)」って言葉がいいかどうかもわからない。満足感や充足感、安心感、それから心地よい、という言葉のほうが今の状態をよく表しているかもしれない。北欧人だって、人生に満足していて充足感を持っていて、心地よく感じているとしても、別にハッピーなわけではない。ハッピーだったらあんなにたくさんの人が抗うつ剤を処方されているわけないからね。