習近平国家主席との首脳会談に臨む文在寅大統領の思惑とは(写真:ロイター)

ドナルド・トランプ米大統領による漠然とした戦争の脅しと、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による核兵器能力協奏曲に巻き込まれている韓国の文在寅大統領だが、中国の習近平国家主席については、駆け引きの機会を探っている状態にある。

中韓トップは、12月14日に首脳会談を行う予定だ。朝鮮半島の情勢に危機感を募らせている韓国政府高官らは今回の文大統領による訪中に重要性を見出している。

北東アジアの状況は異常に緊迫している

韓国政界のエリートらの危機意識は表面化しているものではない。実際、韓国人の多くは、現在の緊張を過去20年あるいは、それ以上の間耐えてきた戦争の傷跡の延長線上にあると考えている。

「ほとんどの人は依然、トランプ大統領がはったりをかけているのだと信じている」と、元米国務省高官として朝鮮半島問題に長く携わり、現在はソウルにある著名シンクタンク、世宗研究所のフェローを務めるデイビッド・ストラウブ氏は言う。しかし、同氏やほかの専門家らは、韓国のエリートについては、状況は劇的に異なる指摘する。

「韓国の政府高官や専門家と話をすれば、彼らが非常に緊迫して不安になっており、パニックのような状態に陥っているケースもあることがわかる」と韓国の国民大学校で教鞭をとるロシア出身の政治社会学者、アンドレイ・ランコフ氏は話す。特に米国を頻繁に訪れ、米国の「危険な雰囲気」を感じ取っている文大統領周辺の高官たちにこの傾向が強いという。

「北東アジアの状況は異常に緊迫している」とランコフ氏は語る。「朝鮮問題を30年ほど扱ってきて、これほど潜在的に危険な難局は見たことがないかもしれない。米国の一方的な行動によって戦争が引き起こされる可能性は高くはないが、同時に相当に現実的でもある。もし戦争が起きることになれば韓国は最も重大な損害を負うことになり、文大統領はそのリスクを減らすためにできることをしようとしている」

こうした中、文大統領は、可能なかぎりトランプ大統領に近づき、北朝鮮に対する強力な制裁の政策を支持し、空軍の合同訓練のような軍事力の誇示に加わりながらも、両トップ間のわずかだが明らかな距離を見せる努力をしている。これは、韓国を訪れたときのトランプ大統領への応対からも明らかだった。トランプ大統領への応対は和やかだったものの、両者が同じ考えを共有していると考える者はいなかっただろう。

文大統領は、韓国の同意なしに軍事力が行使されることはない保証があると繰り返し主張したが、トランプ大統領がこれを明言する場面はなかった。加えて、文大統領は、最近のミサイル実験によって後退しているものの、北朝鮮と交流を回復したいという考えを堅持している。

今回、文大統領が訪中する最大の目的は、北朝鮮への強力な制裁を維持するよう中国を説得することだ。北朝鮮による核開発を完全にやめさせるという観点から言えば、韓国政府は制裁が即座に、あるいは、将来的に何らかの成果をもたらすとは必ずしも考えていない。むしろ韓国政府は、「中国が制裁に関して本気になれば (あるいは少なくとも本気であるように見えれば)、米国が軍事力の行使に訴える可能性が低下すると信じている」(ランコフ氏)。

THAADをどうするか

ストラウブ氏もまた、訪中の目的の1つは、中国との連携を強化することで、米国を軍事的選択肢からある種の交渉へと方向転換させることにあると見ている。加えて、文大統領は在韓米軍が配備する高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」の展開に対して中国が科した韓国企業への経済制裁のさらなる緩和と、理想的には習主席の平昌冬季オリンピック参加を含めた中国の支援を求めている。

こうした短期的目標に加えて、韓国政府は米韓同盟への戦略的な依存から脱却し、米国と中国との間の「均衡点」へと移行しようとしているのではないか、と一部の専門家は見ている。この目標は、文大統領が側近を務めていた盧武鉉政権がジョージ・W・ブッシュ政権時に表明したものである。その時も、米国が朝鮮半島で軍事力に訴えて戦争を始めるのではないかとの危惧に直面していた。

今回の文大統領による中国訪問は、10月末、中韓の外交部長官間でTHAAD配備をめぐる関係悪化を改善させるために合意された。中国による韓国企業に対する事実上の制裁は、韓国に約180億ドルもの損失をもたらしたとの推測もある。

中国政府は、韓国がTHAADを追加配備しないこと、米国とミサイル防衛システム(MD)を構築しないこと、そして日米韓の3国軍事同盟に加わらないことを韓国政府に要求。韓国政府も、中国の「憂慮」を認識していると表明した。もっとも、THAADをめぐる双方の溝は埋まりきっておらず、今回は首脳会談後の共同声明が見送られる可能性が取りざたされている。

中国との溝は埋まりきらないものの、現在韓国を率いる革新主義者は、中国による要求は、THAAD配備を全面的に反対していた中国から引き出した譲歩である。文大統領は、これ以上のいかなるミサイル配備にも反対しているほか、過去2政権ともMD構築や3国同盟を支持していない、と革新主義者は指摘する。

一方、韓国の保守的な安全保障専門家の見方は真逆だ。「韓国は、相互関係を回復するために中国に対して譲歩しすぎた」と、李明博および朴槿恵政権で国家安全保障補佐官を務めた人物は指摘する。「韓国政府は自立した安全保障の選択肢を放棄することを中国に対して事実上約束してしまった。韓国政府は多かれ少なかれ、韓国と米国との安全保障上の決定に中国が干渉する許可を与えてしまったのだ」。

中国への接近は今に始まったわけではない

中国と米国の「中間点に立つ」という考え方は、特に韓国の保守主義者の意に反するものだ。「中国政府は、韓国を米国勢力下から中国側へと誘い込むことのできる『揺れ動く国』だと見なしているのではないか」と元補佐官は危惧する。「三不政策は、従来の米韓同盟に新たな試練をもたらすかもしれない」。

米国のハーバート・R・マクマスター国家安全保障補佐官など、トランプ政権高官らは中韓の協定を批判しないように慎重を期している。しかし、マクマスター補佐官は、折に触れて北朝鮮の目的は、米国を朝鮮半島から追い払うことであると強調している。

もっとも、中国に「接近」する文政権の方針は、前政権から劇的に変化しているわけではない。朴槿恵大統領も、中国の第2次世界大戦終結70周年の大きな祝典に出席。数少ない外国首脳らの1人として、習主席の隣に陣取り、中国政府のご機嫌をとろうとしていた。

「朴前大統領は、米韓関係と中韓関係との均衡をとろうとしており、そのため中国を先に訪問した。一方、文大統領は米国を先に訪れた」と世宗研究所の北朝鮮研究の責任者は話す。「両者とも2つの勢力の間でうまく均衡をとろうという考えだが、1つ違うのは、文政権の中枢には強力な『中国派』が存在するということだ」。

だが、文大統領には、米国政府に対して前任者たちより慎重になるだけの理由がある。「トランプ大統領が率いる米国の意向と指導力について、前例のない不確実性に直面している」と、世宗研究所のストラウブ氏は指摘する。

「文大統領は、米国本土が直接脅かされている新たな状況、そして、北朝鮮による大規模な韓国への反撃という結果をもたらしかねない米国による北朝鮮への攻撃というリスクに直面している。こうした中、中国がどうにかして米国を軍事的選択肢から対話重視へと転換させてくれないか考えている」

米国との合同軍事演習を凍結する可能性も?

歴史的、そして国内政治的経緯から、文政権を含めるいかなる政権も、実際には米国を遠ざけることは難しい。そして米国の行動や、米軍の駐留に対して不満を述べるときでさえ、韓国人の多くは、米国が韓国の味方であり続けることを信じている。ある意味では、その保障の感覚が、韓国に中国と駆け引きの余地があると考えさせている。

今回の訪中はほぼ間違いなく、中国と連携することによって北朝鮮との交渉を始めようとする文政権による試みの1つである。中国はロシアの支持を得て、いわゆる「二重凍結」協定を求めてきた。この協定では、米国との合同軍事演習をやめるのと同時に、北朝鮮が当面、核とミサイル実験を凍結することになる。トランプ政権は、この目標は同盟をむしばむ手段であるとする考えを安倍晋三政権と共有し、明白に拒否してきた。

「文大統領は少なくともある程度まではこの二重凍結協定を支持するかもしれない」とランコフ氏は言う。「しかし、協定への支持はトランプ大統領や側近たちをいらだたせるかもしれず、それを公然と表明するかどうかはわからない。加えて、合同軍事演習を完全にやめるという前提での二重凍結を、韓国が承認するのは難しい。とはいえ、韓国はおそらく北朝鮮が協定を守るのであれば、合同軍事演習の縮小や一時的保留に喜んで応じる可能性がある」。

ある種の交渉と協定は、その効力が一時的であったとしても、戦争へ向かうよりはいいと考える外交政策の専門家らの間では支持を得ている。一方、これは偽りの約束であり、1カ月、ひどい場合は、1週間も経たずにこの約束が形骸化する可能性もある。どちらの意見が正しいのか、われわれは数カ月も経てば知ることができるだろう。