しばしば明るみに出る各地の警察の不祥事。それは氷山の一角にすぎません。北海道警の場合、警察官が容疑者となった「強姦」の事件を、懲戒を決めた時点で「強制わいせつ」に変えていたことがわかっています。身内の犯罪をどんどん軽微なものにすり替えていく。それでいいのでしょうか。情報を隠蔽しようとする北海道警に、執拗に食い下がったライターの戦いの記録を公開します――(全4回)。

※以下は小笠原淳『見えない不祥事 北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート)の第三章「警察特権『発表の指針』」からの抜粋です。

■「減給」処分を受けた巡査部長の事案は……

2016年の5月上旬。私はひき逃げとは別の「2行」の詳細を記録した文書を道警に請求した。前年8月に「減給」処分を受けた巡査部長の「わいせつ関係事案」。今さら言うまでもなく事件は未発表で、『一覧』の記述は次の表現に留まっていた。

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部外異性に対し、強制わいせつをした。

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僅か18文字。俳句よりも1文字多いだけだ。この18字の裏には、何が隠れていたのか。5月26日付で開示された『処分説明書』には、こうある。

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被処分者は、
第1 平成26年10月15日、札幌市内で駐車中の私有車両内において、部外女性に対し、強いてわいせつな行為をし、
第2 平成26年11月ころ、札幌市内で駐車中の私有車両内において、部外女性に対し、強いてわいせつな行為をし、
もって、著しく警察の信用を失墜させたものである。

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現職警察官が、自分の車の中に女性を連れ込んで「わいせつな行為」をしたというのだ。「強制」「強いて」とあるからには、それは女性の意に反して行なわれたことになる。立派な犯罪だ。

数少ない情報から、私は想像する。おそらくは夜、札幌郊外。人通りの少ない路上に車を駐めた巡査部長はその時、勤務中ではなかった筈だ。そこに連れ込まれた女性は、知人だろうか、それともまったく面識のない人か。10月中旬ともなれば、夜の気温は10度を切る。素直に車に乗り込んだ女性は、当初から油断していたのかもしれない。それをよいことに巡査部長は行為に及んだ。「強姦」に至らなかったのは、被害者の抵抗で思いを遂げられなかったということだろうか。その被害は発覚せず、巡査部長は翌月も同じ車を使い、同じ手口で犯行に及ぶことになる。それが警察の知るところとなったのは、目撃者の通報などによるものか。いや、女性が被害を届け出たためだろう。当の巡査部長はたぶん、そういうことはないと高を括っていた。

2件の強制わいせつの被害者は、同じ女性だ。そして、記録された2件のほかにも表面化していない行為がある――。なぜかそう確信しつつ、私は続いて『方面本部長事件指揮簿』に手を伸ばした。

先の『説明書』と同時に開示された『指揮簿』は、触っているだけで手にインクが移りそうな真っ黒の紙になっていた。文書名から、それが「本部長指揮事件」だったことがわかる程度だ。これは、警察署長が指揮する事件よりも大きな事件であることを意味する。

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事件名 警察官による一般女性被害の強制わいせつ事件
事件取扱(課・署) 警察本部 捜査第一課
発生年月日時 平成26年10月15日(水) 午前0時15分ころから午前1時ころまでの間
発生場所 札幌市厚別区内に駐車中の普通乗用車(白色、ワンボックスタイプ)内

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犯行は、やはり夜だった。「厚別区」というのは、隣接する白石区から「分区」されて生まれた、札幌東部の区だ。区役所周辺は「新札幌副都心」として開発され、住宅地と商業施設が混在している。そこの郊外ともなると、深夜の人通りはほとんどない。同じ年の春に同区郊外で発生した殺人・死体遺棄事件で、地元警察は遺体発見まで1カ月以上の時間を費やした。目撃者がいなかったためだ。住宅地の街灯ぐらいしか明かりのない舗道に白いワンボックスカーが駐まっている姿が、ぼんやりと脳裡に浮かんだ。

■答えは「添付の別紙」にあった

続いて『犯罪事件受理簿』や『犯罪事件処理簿』を見たものの、開示された情報は僅かなものだった。しかも『処分説明書』に記された2件のうち、捜査にかかわる書類が存在するのは「10月15日」発生の1件のみで、「11月ころ」に起きたとされるもう1件には書類が存在しない。即ち、11月の件は事件化されなかった。加害者である巡査部長に渡す『説明書』には、はっきり2件とも「強制わいせつ」と書いてあるのに。

どういうことだ、などと悪態を吐きつつ開示文書を手の汗でふやけさせていると、机の上に投げ出したもう1つの書類にふと目が留まった。開示された文書ではない。文書の開示を求めた私に対し、「一部開示」の決定を知らせる『通知書』だ。

道警本部長の印鑑が仰々しく捺されたその書類には、「開示しない部分の概要及びその理由」なる1項目があった。当該欄を見ると「別紙のとおり」と書いてある。三つ折りに畳まれた通知書には、2枚の「別紙」が添付されていたのだ。

その「別紙」の2枚め、『犯罪事件処理簿』の「開示しない部分」を記した箇所の1行めを目にした瞬間、4色ペンを回しかけていた手の動きが止まった。

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少年の氏名

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少年? 文書には未成年の名が書かれているのか?

右手のペンを放り投げ、パソコンで道警の公式サイトを開く。そのころにはトップページをインターネットブラウザの「お気に入り」に登録していたため、繋がるのは速い。右上の検索窓に「警察学校」と打ち込み、開いたページの中から新人警察官の入校期間を記した箇所を探した。

すぐにみつかった。「大学卒業者は6か月間、その他の者は10か月間」とある。

未発表の強制わいせつで捜査された警察官は「巡査部長」だった。彼が高校卒業後、18歳で警察に採用されたとして、20歳になる前に、つまり未成年のうちに警察学校の教育を終え、巡査から巡査長に、さらに巡査部長に昇任することは、あり得るか。計算するまでもなかった。どう考えてもあり得ない。大学卒の場合は論外、採用時点ですでに成人だ。

つまり、「少年」というのは加害者ではない。被害者のほうだ。

例年5月、私は北海道の風土病「シラカバ花粉症」の洗礼を受ける。花粉飛散時期はくしゃみがひっきりなしに続き、目は開けていられないほどに痒くなる。その症状が一瞬すべてかき消え、充血した目が宙を眺めて数秒間固まった。

若くとも20歳代半ばのその警察官は、自分の所有するワンボックスカーの中で、未成年の女の子を相手に複数回、強制わいせつを行なったのだ。そして、そのうち1件だけで取り調べを受け、さらにその事実の発表を免れ、懲戒処分は「減給」で済んだのだ。

本部の捜査1課は、事件をどう処理したか。

目の前の紙束をかき分けて『犯罪事件処理簿』を探す。あった。そこには事件送致の有無、つまりこの強制わいせつが事件として検察庁に送られたかどうかを記録する欄がある筈だ。墨塗りはそこまで及んでいるか――。両目の焦点が一瞬で結ばれる。

辛うじて海苔(編集部注:墨で塗られた箇所のこと)はそこまで及んでいなかった。そこには、2つの選択肢が印刷されている。

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身柄・(書類)

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手描きでマルをつけられていたのは「書類」のほうだった。

紙を手に再び宙を仰ぎ、声にならない声で「書類送検……」と呟いた。

横浜で痴漢をした検事と同じ、書類送検だ。容疑者を逮捕せず、在宅のまま事件を検察官送致したのだ。現職警察官による未成年相手の強制わいせつ事件を、道警本部は書類送検としたのだ。

これが発表されないのは、被害者の「権利・利益」を保護するためなのか?

■罪がどんどん軽くなる

口を開けて固まっている場合ではなかった。被害者のいる未発表事件は、それだけではなかったからだ。

不祥事記録の開示請求を始めて2年めになるその年、私は四半期ごとに直近の『一覧』を請求し始めていた。「2行」の裏が気になったケースについては、追って『事件指揮簿』などの開示を求める。今も続く3カ月ごとの恒例行事で、始めたばかりの春にさっそく強い関心を惹かれる事案に突き当たった。

同年1月13日に「減給」処分を受けた巡査の「強制わいせつ事案」は、『一覧』では21文字にまとめられていた。

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部内異性に対し、強いてわいせつな行為をした。

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「部内異性」とはつまり、警察官の同僚ということだ。6月1日付で開示請求し、同20日に入手した『方面本部長事件指揮簿』では、確かに被害者の職業が「警察官」になっている。

その『指揮簿』に記された事件名は、どういうものだったか。

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警察官同士の強姦未遂事件

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刑事部長以下7人の決裁印が残る書類に、はっきり「強姦未遂」と記録されている。さらに『犯罪事件受理簿』を紐解くと、「罪名(手口)」という欄にごくシンプルな2文字が綴られていた。

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強姦

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事件は、受理された時点で「強姦」として扱われた。捜査着手後、それは「強姦未遂」となり、さらに容疑者の懲戒が決まった時には「強制わいせつ」に変わっていた――。

これもすべて、被害者の「権利・利益」を保護するために隠されているのか?

■芋づる式に出てくる「余罪」

まだある。

定期的な開示請求を始めて1年が過ぎるころ、私は改めて確認した『北海道警察職員懲戒等取扱規程』の中に未知の11種の文書名をみつけ、前年の懲戒処分に伴って作成された文書計231枚を一気に入手した。『懲戒処分申立書』や『答申書』、『懲戒審査委員会議事録』など、当事者の警察官が不祥事を起こしてから処分されるまでの過程を記録した書類だ。これに、すでに知っていた不祥事の“余罪”がいくつも記録されていたのだ。いずれも2015年の懲戒から、被害者の存在するケースを抽出すると次のようになる。

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・1月28日付「戒告」処分の「異性関係不適切事案」
『一覧』の説明……部外の異性に対し、不安感を与えるメールを送信するなどした。
余罪……加えて、未成年とみられる女性に裸の写真を撮らせ、メール送信させた。

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・9月16日付「減給」処分の「住居侵入等事案」
『一覧』の説明……部内異性方に侵入するなどした。
余罪……のみならず、警察署の当直室内で肉体関係を結んだ。

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・12月16日付「戒告」処分の「不適切異性交際等事案」
『一覧』の説明……異性と不適切な交際をするなどした。
余罪……一般女性の少なくとも4人と不倫し、1人に対して強姦の疑いが指摘された。さらに消費者金融から130万円の借金をした。

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ここでいう「余罪」は飽くまで比喩で、右に挙げた署内での性行為や金融業者からの借金などは、不祥事ではあるものの犯罪にはあたらない。だが、中には文字通りの余罪が隠されていたケースもあった。7月22日付で「減給」処分を受けた巡査の不祥事は、『一覧』では「撮影機能付き携帯電話機を使用し、卑わいな行為をするなどした」となっている。この件の『懲戒審査要求書』には、その「卑わいな行為」が詳しく記されていた。

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平成27年6月24日午前5時39分ころ、札幌市中央区所在のディスカウントストア内のエスカレーターにて上昇中の被害者に対し、所携の撮影機能付き携帯電話機を使用し、スカート内の下着を撮影する目的で、同携帯電話機を差し入れ……

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文書に出てくる「ディスカウントストア」は、すぐにわかった。「午前5時39分ころ」などという早朝に営業している店舗は、自ずと限られる。

札幌中心部を東西に走る大通公園から3ブロックほど南、公園と並行して東西に延びるアーケード街「狸小路」に、現場となった背の高いビルがある。店舗中央にあるエスカレーターで、巡査は犯行に及んだ。早朝の店内、上りエスカレーターに乗るスカート姿の女性に狙いを定め、背後に近づく。手に持った携帯電話のカメラ機能をオンにして、そのままスカートの中へ。決して来店客の多くない時間帯とはいえ、大胆な犯行といえた。

これだけですでに犯罪であり、『一覧』にも「北海道迷惑行為防止条例違反」と罪名が記されている。だが、巡査の罪はこれだけではなかった。

『懲戒審査要求書』の記述には、続きがある。下着盗撮の18分後のことだ。

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同日午前5時57分ころ、同店において、同店店長管理にかかるバイブレーター1台(販売価格5、184円)を窃取し……

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盗撮の余罪は、万引きだった。

下着を撮影し、バイブレーターを盗む。ここまで来ると、もはや動機がわからない。5千円あまりという被害相当額を見て、私はかぶりを振りながら「買えよ」と呟いた。巡査が拝命間もない新人だったとしたら、手取り月収は20万円を下回る。5千円の支出は、たしかに痛いだろう。しかし、だからといって盗むという選択肢があるのか。まさか、レジへ持って行くのが恥ずかしかったということでもあるまい。私生活でそういう物を使いたいと思ったことがなく、下着の画像にもさして関心がない私は(「下着だけ」でない写真には大いに関心あり)、ただ首を傾げるしかなかった。

この万引きを、道警は『一覧』に記載しなかったのだ。「盗撮」の2文字で記録すべき犯罪をわざわざ「卑わいな行為」の6文字に変換し、「万引き」あるいは「窃盗」と書くべきところを「など」で済ませたのだ。一般の道民がこの事実を知るには、まず『懲戒処分一覧』を入手し、さらに『懲戒審査要求書』などを追加入手するという、2段階の開示請求を経なくてはならない。つまりこの2件の不祥事は、二重に隠されていたのだ。

これもまた、被害者の「権利・利益」を保護するためなのか?

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小笠原 淳(おがさわら・じゅん)
ライター。1968年生まれ、札幌市在住。旧『北海タイムス』の復刊運動で1999年に創刊され2009年に休刊した日刊『札幌タイムス』記者を経て、現在、月刊『北方ジャーナル』を中心に執筆。同誌連載の「記者クラブ問題検証」記事で2013年、自由報道協会ローカルメディア賞受賞。ツイッターアカウントは @ogasawarajun

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(ライター 小笠原 淳)