目もとに刻まれた皺(しわ)は、いやでも目立つようになった。それがまた、歩んできたキャリアの濃さを映し出し、人間としての深みをも感じさせる。8月で42歳になる川口能活は、J3のSC相模原に加入して2年目を迎えている。


J3の相模原で2年目のシーズンを迎えた41歳のGK川口能活

「キャンプのときに少し負傷したこともあって、なかなかコンディションが上がらなかったんですけど、自分に出番がないなかでも、いつでも試合に出られるように準備はしていました」

 開幕からベンチを温める日々が続いていた川口に、チャンスが訪れたのは5月28日のJ3第10節、栃木SC戦だった。それまで正GKを務めていた藤吉皆二朗が負傷したことで、急遽、出場機会は巡ってきた。

 川口は今季リーグ戦初出場となったその試合で、1-0の完封勝利に貢献する。昨シーズン残り3試合で守護神の座を明け渡してから――オフをはさんだとはいえ――7ヵ月の月日が流れていた。

「ケガでというのはありましたけど、それ以外ではこれだけ長い間、出番がなかったことはありませんでしたね」と、川口は振り返る。

 J1はもちろん、欧州でのプレー経験もある。日本代表でも長きにわたってゴールマウスを守ってきた。キャリアの晩年を迎えているとはいえ、それだけの実績がありながら、ピッチに立てないもどかしさと、川口はどう向き合ってきたのか。その質問をぶつけると、彼はこう答えた。

「(開幕前に)試合に出ることにこだわってくださいって言われたことが、自分のなかで実はすごいうれしかったというか、何て言うんだろう……肥やしになったんですよね。ベテランがチームで生き残っていく術(すべ)を考えたとき、どうしてもチーム全体を見るだとか、バランスを取るだとか、チームから求められる役割もだいたいそういうものになっていくじゃないですか。でも、そういったなかで、自分が何のために、このJ3のSC相模原にいるのかというのをずっと考えてきた」

 その思いは、今シーズンに限った話ではない。少しだけ時をさかのぼれば、昨シーズンのホーム最終戦、川口は選手を代表してサポーターに挨拶をしたのだが、その声はうわずり、何度も、何度も言葉に詰まった。あまりにたどたどしいスピーチに、周囲は少しざわつき、「緊張しているのでは」「慣れていないのでは」と邪推するほどだった。

 だが、実はそうではない。あのときの川口は、リーグ戦残り3試合でスタメンを外され、ピッチに立てずスピーチしている自分自身に憤(いきどお)っていたのだ。

「試合にも負けていたし、失点も重ねていたので、もしかしたら(先発を)外されるかもしれないという気持ちはあった。当然、ホーム最終戦に出られなかった悔しさもありましたけど、それ以上にいろいろな感情が交錯して、思うように言葉が出てこなかったんです」

 そうした心境を打ち明けてくれたのは、今シーズンが始動して間もないころだった。

「メンバーは監督がチョイスすることなので、他のメンバーが選ばれたのであれば、もちろん全力でサポートはしますけど、それを受け入れつつも、絶対にポジションを奪い返してやるという思いがないと、自分がこのチームにいる意味がないということを改めて自覚したんですよね。だから、(試合に出られない間も)とにかくコンディションを上げるために、ポジションを奪うために、というのを意識して練習に取り組んできた」

 察しのいい人はすでにお気づきかもしれないが、川口に試合出場にこだわるよう伝え、「自分のためにプレーしてほしい」と言ったのは、生意気にも筆者である。そんなこちらに、川口は感謝を示してくれた。

「今の自分があるのは、あの言葉のおかげなんですよ。それを言われてハッて思ったんです。自分はハングリーさを失っていたんじゃないか。自分はその気持ちを忘れかけていたのかもしれないなって」

 川口ほどのキャリアがあれば、存在そのものが大きな意味を持つ。ましてやSC相模原はJ3に所属しており、発展途上にあるクラブだ。元日本代表という肩書きの重さはクラブにとっても計り知れず、試合に出ていなくともポスターに大きく起用され、チームの看板としてあちこちで露出される。

 ただ、川口は単なる広告塔で終わるつもりは毛頭ない。だからこそ、筆者も「試合に出ることにこだわってほしい」と、生意気を承知で声をかけたのである。川口が続ける。

「ベテランだからチーム全体を見ることも大事なんですけど、まずは自分のやるべきことに集中する。それが自分のあるべき姿だと思いますし、自分がチームにいることの意味だと思ったんですよね。それは……ポジションを奪う、ポジションを掴む、そして、試合に出続ける。その強い気持ちを失っちゃいけない。

 今は、常に点を獲られたら替えられる、ミスをしたら替えられるという危機感を持っています。ベテランがチームのなかで生き残っていくのは、チーム全体を考えていくことなんでしょうけど、それはきっと、この年齢になれば意識しなくてもできる。それ以上にサッカー選手にとって必要なのは、やっぱり闘争心であり、戦う気持ちを持ち続けること……それって試合に出続けることにこだわることなんですよね」

 そこにはプロになってから今日まで貫いてきた、変わることない、いや変えることのできない姿勢がある。

「試合に出られない時期が続いたことで、より1試合にかける思いというか、それこそひとつひとつの練習に対する集中力は増しましたよね。昔からそこは自分の特徴としてやってきましたけど、今はより強く思っている。だから、練習からより濃密に。

 今までも決して中途半端にはやっていなかったんですけど、より気持ちを込めて、トレーニングにも、身体のケアにも、体調管理にも向き合っている。僕、真面目なんですよ(笑)。自分でも、もう少し力を抜ければいいなって思うときもあるんですけど、真面目なところが自分の特徴というか、それで自分はここまで生き延びてきているので、そのよさは活かしたいなって思うんですよね」

 その目には力が宿る。声がうわずることもなければ、言いよどむこともない。

「試合に出続けないと、自分がここにいる意味はない。ベンチ外でも、ベンチにいても、僕はやっぱり何もできない。戦うことでしか、相模原のピースになれないと思っている。だから、1試合、1試合にかける思いは強くなるし、重くなる。

(試合に出られない時期には)自分が(プレーを)続けていくことに意味があるのかも考えました。でも、やっぱり一番、根っ子の部分ではサッカーが好きで、このままでは終われない、終わりたくないという気持ちがまさったんですよね。

 ずっとJ1や日本代表でやってきたなかで、そこに立てない悔しさもあった。ある意味、挫折、挫折、挫折の連続のなかで、このままでは終われないって思った。いつかスパイクを脱ぎ、グローブを外すときが来るとは思いますけど、その次の自分にいいつなぎ方をするためにも、僕はこのままでは終われないんです」

 試合に出ることが当たり前で、勢いがあったかつての自分とは異なり、今は「不安」と「自信」と、そして「楽しみ」という感情が激しく交錯するという。

「今は試合に向かうバス、ミーティングの前、その時々で不安と自信と楽しみと、いろいろな思いが自分のなかに入り組んでくる」

「でもね」と言って、川口はさらに言葉を続けた。

「そのことにビビるような年齢でもないですからね。それに不安や自信、楽しみも含めて人生じゃないですか。そこに対して常に100%で挑む。それが今の僕の現状ですよね」

 笑うと目立つようになった目もとの皺は、優しさを感じさせる。培ってきた自信も、試合に出られない日々により芽生えた不安もひっくるめて、人生を楽しんでいる。なにより今、川口は自分のためにプレーしている。それがすなわちチームのためになることを知っているから。

 本人も認めるように、キャリアは晩年に差しかかっているのかもしれない。だが、人間味を増した彼に触れるたびに、取材できる幸運に感謝する。その瞳の奧をのぞけば、誰よりもギラギラとしていた。

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