月80時間の残業だと週20時間。週5日勤務で1日の残業時間は4時間。9時始業・18時終業(実労働時間8 時間)の会社では毎日10時まで残業、帰宅するのが11時過ぎという生活が2カ月連続するだけで、心身がへとへとになる可能性もある。 では人事担当者はどのように受け止めているのだろうか。食品業の人事部長はこう指摘する。

 「年間の残業720時間は結構長いという気がする。6カ月の月平均80時間だと労災認定基準に抵触してしまう。難しいのは健康には個人差があり、月100時間残業しても長時間労働だと思わない人もいれば、月40時間でも身体が持たないという人もいる。悪質な経営者は限度時間を逆手にとって法定内だから子育て中の社員にも限度時間いっぱいの残業をやらせるかもしれない」 一方、住宅設備関連メーカーの人事担当者は第一歩として評価する。

 「法律的には事実上青天井であり、一定の歯止めをかける効果はあるだろう。ただ、我々メーカーにとっては季節の繁忙期があり、一律に月60時間になると厳しい。月最大100時間、2カ月の月平均80時間が認められれば何とかクリアできそうだ。以前は80時間、100時間超えの社員は珍しくなかった。現在では社員の月平均残業時間を45時間程度にまで下げたが、繁忙期があるうえに、取引先との関係でどうしても突発的な仕事も発生する。今回の規制は妥当な線ではないかと思う」 逆に上限規制に危機感を募らせるのはゲーム関連会社の人事課長だ。

 「うちも様々な残業削減策を講じているが、ゲームクリエーターは帰れと言っても帰らない社員も多い。それだけ仕事が楽しくてしょうがない。自宅でも寝ないで平気で仕事に没頭する社員もいるし、人事が注意すると『好きで仕事をやっているんだからほっといてくれ、倒れそうになったら自分で休むから大丈夫だ』 と反発してくる。法律が施行されたら立件される恐れがあり、なんとかしないといけないが、できれば職種によって適用除外を検討してほしい」 企業によって評価は異なるが、果たして上限規制の法的効果はどれぐらいの人たちに及ぶのだろうか。

 厚労省の委託調査(「過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業報告書」2016年3月、対象労働者1万9583人)によると、正社員の平均的な1週間当たりの残業時間は「10時間未満」が58.1%、「10 時間以上20時間未満」が22.7%、「20時間以上」が10.0%存在する。 週20時間以上の人は上限に抵触する可能性があるが、大半の社員は月平均60時間以内に収まっていると推測できる。 だが、上限規制が施行されると、社員の一人でも違反すると摘発・送検される。

 公共事業の発注中止に追い込まれるなど社会的信用を失うだけに、絶対に避けるために今以上に残業規制を厳しくしてくるだろう。 だが、そうなると別の影響も懸念される。

 建設関連企業の人事担当者は「上限規制で残業制限を厳しくすれば、社員は陰に隠れて早出してやるとか、家に持ち帰ってやるなどサービス残業をやってしまう社員も出てくるかもしれない」と不安がる。 東京商工リサーチが企業に対して実施した「『長時間労働』に関するアンケート調査」(2017年3月10 日)では「残業時間の上限が決まり、現在より労働時間が短縮する場合に予想される影響とは何か」を聞いている(複数回答)。

 大企業では、トップの「仕事の積み残しが発生する(31%)」に続いて「持ち帰り残業が行われる懸念(16.7%)」が挙がっている。そのほか「従業員の賃 金低下(11.1%)」にも影響すると回答している。 これは残業時間が減れば、仕事の積み増しが発生する。その分を持ち帰り残業というサービス残業でカバーするが、残業代が出ないので社員の給与が減る――というふうになると解釈できる。