イーロン・マスクがコンセプトを掲げた、時速1,200kmのカプセルで人々を運ぶ次世代交通システム「Hyperloop」。より速く、より環境にやさしく、そしてより安全に。「移動」に革新を起こすべく集ったエンジニアたちからなる会社・Hyperloop Oneのヴィジョン。

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2/4Hyperloop Oneでは約150人が働く。そのほとんどがエンジニアである。
PHOTOGRAPH BY PETER BOHLER

3/4ポッドを浮遊させるための装置は、空気圧を使った技術を利用する。Hyperloopを実現させるためのただひとつの方法だ。
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4/4Hyperloop Oneだけがこの「未来の移動」を実現させようとしているわけではない。2つのスタートアップと学生たちも取り組んでいる。
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ブンブンという低い音とともに、リニアモーターがネヴァダ砂漠の200フィートの線路に沿って、強力な磁気フィールドをつくり上げる。輝くそりが、そこを目にも止まらぬ速さでさっと走り過ぎる。1,500ポンド(約680kg)のアルミの塊がわずか1.5秒の間に時速120マイル(時速約190km)の速度に達し、すぐに時速300マイル(時速約480km)にまで加速する。

そう、Hyperloopが動いているのだ。だいたい動きつつある、と言ったほうが正しいが。

ロケットやクルマを手がけるイーロン・マスクが2012年に発表した「未来の移動手段」は、今年5月に初のテストをパスした。「テクノロジーの観点で、これは大きな意味をもちます」と、Hyperloop構想の実現を目指す会社・Hyperloop OneのCEOロブ・ロイドは言う[編注:Hyperloop Oneは、Hyperloop Technologiesが名称を変更した会社。同じくHyperloopの実現を目指すHyperloop Transportation Technologies(HTT)とは、名前は似ているが別の会社である]。

10年以内に、チューブを走る高速の乗り物に人々を乗せる。そんな彼らの目標に向けた、大きな一歩である。

この突飛な考えに賛同する者たちは、Hyperloopが移動を根本的に変えることになると言う。離れた都市に住む人々を「隣人」にし、二酸化炭素を排出するトラックを過去のものにし、悲惨な飛行機事故をなくすことになるのだと(Hyperloopを実現するにあたって政治的な争いがあることやレールを建てるために膨大なコストの問題を解決しなければいけないことには触れないが)。

彼らはこれを、船、列車、自動車、そして飛行機の次に現れる「第5の移動形態」と呼ぶ。そして、そのすべての部分が革命的であると考えている。「Hyperloopはほかのどんな移動手段よりも速く、環境に優しく、安全で、安いのです」とロイドは言う。

本当に速いって? 絶対にその通りだ。より環境に優しくて安全なのか? おそらくそうだろう。ほかの交通手段より安く乗れるのか? 理屈ではイエスである。もちろん、すべてはまだ理論上の段階だ。Hyperloopはまだ、コンピューターで描かれたかっこいいイメージとホワイトボードに殴り書きされた複雑な方程式のなかでしか存在しない。先日のテストも、短いレールの上を試験用のそりが走っただけにすぎなかった。

だが、ロイドは挫けない。彼は2020年までに3つのHyperloopの路線が走ることになると考えている。「われわれがそれらを建設するつもりです」。どこに路線がつくられるかはまだ未定でも、彼はそう語る。そして数百マイル離れた都市をつないで、港と内陸の輸送機関の中心部をつなぎたいのだと続ける。彼はロングビーチ港をほのめかしたが、それ以上具体的な地名を挙げることはなかった。

クレイジーなアイデアのように聞こえるかもしれないが、Hyperloop Oneだけがこの夢を追っているわけではない。少なくともほかに2つのスタートアップとさまざまな大学の学生たちが、人々を高速で輸送する方法を考えている。この構想を思いついたのちに自動車とロケットの分野に戻ったマスクでさえ、自身がもつ南カリフォルニアの宇宙船工場の近くにHyperloopの試験用レールをつくっている。

たしかにこの構想は新しい。だが、その構想の裏にあるものは新しいわけではない──高慢すれすれの自信、膨大なお金と時間、実現を信じるエンジニアたちの興奮、そして実現を疑う人々。Hyperloopを実現させるべく集う人々はみな、21世紀のパイオニアになるつもりなのだ。

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本誌VOL.23では、もうひとつの「ハイパーループ企業」であるHyperloop Transportation TechnologiesのCEOダーク・アルボーンの「会社論」を掲載。

それは小さな始まりにすぎない

もしあなたがブローガン・バンブローガンに初めて会うのであれば、彼と真剣な話をするのは難しいと思うかもしれない。2年前にケビン・ブローガンという名前から法的に変えたそのおかしな名前、ボタン全開のシャツ、左側だけが少し灰色になっている風変りな口ひげ…。しかし一度話してみると、彼がまともな人間であることがわかるだろう。

バンブローガンはHyperloop OneのCTOだ。彼はエンジニアで、過去にはスペースXのロケットエンジンなどの設計も行っている。彼は、科学的にHyperloopの実現は可能だと考える。残りの問題はエンジニアリング面だが、「それも物理法則の範疇です」と彼は言う。

Hyperloop OneのCTO、ブローガン・バンブローガン。

エンジニアたちも彼の意見には同意している。結局のところHyperloopは、磁気浮上と空気圧式チューブといったすでにある技術の上に成り立っているのだ。

「確かに可能性はあります」と、テネシー大学輸送機関研究センターの所長デヴィッド・クラークは言う。「(Hyperloopの)物理学は理にかなっています」と、デューク大学の土木工学者ヘンリー・ペトロスキも口を揃える。だから問題は、「できるかどうか」、あるいは「するべきかどうか」といった単純なことではない。クラークは言う。「本当の問題は、それが現実のものとして受け入れられるかどうか。すなわち資金面や運営面、そして安全面から考えて実現できるかどうかということです」

これは一筋縄ではいかない問題だ。チューブとポッドのネットワークを建設し、安全性の課題に取り組み、顧客となる人々に受け入れてもらうためには、莫大なお金と資料の作成が必要になるだろう。レール1マイルあたりの建設費用は1千万ドルかかるだろう、とロイドは言う。

磁気を使った列車もまた、輸送機関の開発における教訓を思い出させてくれるものだ。その技術は確かに機能する。実際にドイツや中国、日本では、時速300マイルで人々を運ぶ列車がある。しかし、磁気システムは、建設や運営、維持を行うために大きな費用がかかるのだ。輸送機関における技術の飛躍が起きにくいのには理由があると、ペトロスキは言う。「輸送機関というものは、思い通りにはなかなかうまく作動しないものなのです」

ロイドとバンブローガンはこうした問題を理解している。だが彼らは、「時間と距離の限界を超えるための移動の再発明」を目指すのと同時に、これが小さな始まりにすぎないとも考えている。Hyperloopの可能性を説明するための例として、ロイドはよくロングビーチ港を使う。すなわち港と内陸のトラック停留所を結ぶHyperloopができれば、道路の渋滞やロサンゼルス一帯の大気汚染を防ぎ、安定した利益を生み出し、仮に事故が起きても犠牲者の数を少なく抑えられるだろうと。

またHyperloop Oneは可能性のあるほかのルートを見つけるために「グローバルチャレンジ」と呼ばれるプログラムを掲げ、政府や企業、そして一般の人々が、Hyperloopを設置すべき場所を提案できるようにしている。規制や住民の同意という点で建設しやすい場所を見つけるための賢い方法でもある。彼らは2017年の3月までにその当選者を決めるつもりだ。

Hyperloop Oneのオフィスに掲げられている、可能性のあるルートを示したマップ。
PHOTOGRAPH COURTESY OF HYPERLOOP

Hyperloopはできたも同然だ

Hyperloop One、あるいはほかの誰かがこうした可能性を検討する前に、もちろんまずはこの技術を実際に動かす方法を考えなければならない。ロイドとバンブローガンは、テスラ・モーターズ、ボーイング、ルフトハンザ、そしてスペースXから150人のスタッフを引き抜いた。「われわれは、ものをつくったことのある人々を雇いました」とロイドは言う。ロサンゼルスのダウンタウンにあった氷製造工場を改装してつくった本社は、エンジニアであふれている。

会社を案内してくれたバンブローガンは歩きながら、Hyperloopに必要となる主要技術は決して革命的なものではないし、扱うのが難しいわけではないと主張する。課題は、それらすべてを連動させることだ。「Hyperloopはもうできたも同然です」と彼は言う。「今日にでもわれわれはHyperloopをつくりあげ、配備することができます。ただ、それをするには費用がかかりすぎるのです」。いま行われている作業は、すべての構成要素をできるだけ効率のいいものにすることだ。そして作動にかかるコストを、ロイドが提案した「1マイルあたり1千万ドル」にまで下げることである。

2016年5月、Hyperloop Oneはノースラスヴェガスで推進力システムをテストし、成功させた。
PHOTOGRAPH COURTESY OF HYPERLOOP

実物大の部品を使った最初のデモンストレーションであった5月のテストは、Hyperloop Oneが、実際にレール上で物体を動かせることを示した。大きな一歩だ。バンブローガンのチームはいま、小さなジェットによって空気を下方に噴射することでポッドとチューブの間に空気のクッションをつくるための、磁気浮上と空気軸受(空気を潤滑剤とするすべり軸受)の実験を行っている。ホッケーテーブルのようなものだと考えればいい。ただしパックの動く速さがマッハ0.5の。

世界中を駆け巡るオイルのパイプラインと地下鉄の路線を考えれば、チューブ自体をつくるのはそれほど難しくない。チューブの中を真空に近い状態に維持するのは困難だが可能だと、ロイドは言う。これらを実現させるために、Hyperloop Oneはエンジニアリングの巨人・Aecom、インダストリアルデザイナー集団のArup、スイスのトンネル工事会社・Amberg Group、そしてフランスの鉄道エンジニアリング会社・Systraといった、業界のプレイヤーたちと協働している。

Hyperloop Oneは、すでに業界のなかでも最も大きな存在といえるかもしれない(彼らは最近、8千万ドルのシリーズBの資金調達を終えたばかりだ)。しかし、Hyperloopを実現させるために活動しているのは彼らだけではない。Hyperloop Transportation TechnologiesはスロバキアにHyperloopのシステムを建設する契約をし、国営の研究所が開発した浮上技術を使うためのライセンスを取得している。トロントに本拠を置く企業・Transpodは、カナダ政府や列車運行業者たちと契約して、Hyperloopのための技術を進歩させようとしている。そして学生のエンジニア集団が独自のアイデアを試みている。

Hyperloopを叶えるためには、まだまだすべきことは山ほどある。彼らはただHyperloopを機能させるだけでなく、現在の移動手段よりも優れたものをつくらなければならない。それは経済的であり、安全であり、快適でなければならないのだ。Hyperloopは意義のあるルートを通らなければいけないし、きちんと利益を出さなければならない。

もしこれらすべてがクリアされたとき、Hyperloopは現実のものになるだろうとクラークは言う。そのときようやく、マスクはロサンゼルスからサンフランシスコまで30分で通勤することができるようになるのだ。

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