非接触の決済インフラといえば、日本ではFeliCaなどの「NFC(Near Field Communication)」の仕組みが一般的かと思う。しかし中国では、最近になり「Alipay(支付宝)」や「WeChat Pay(微信支付)」といった、QRコードを使った仕組みが急速に普及しつつある。

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QRコードによる決済システムが中国で大ブームらしい

QRコードの仕組み自体は前時代的という意見もある。しかし、QRコードを表示するディスプレイとカメラさえあれば、NFCの有無にかかわらず、すべてのスマートフォンや携帯電話で決済が行える。店舗側もQRコードを読み取るスマートフォンやタブレットを用意すればいい。最小限の投資で、携帯電話を使った決済システムを構築できる点が、その人気の秘密なのだろう。

実際、中国以外の欧米亜を含む世界各地で似たような仕組みが中小さまざまな規模で利用されていたりと、QRコードの存在はなかなかにあなどれない。本連載でもたびたび紹介している「Suica」のように、「とにかく単位時間あたりに捌くことが可能な顧客の数を増やす」という目標がない限り、QRの弱点である「読み取りエラーと読み取り成功までの時間の長さ」はあまり重視されない。

ゆえに、ここ最近になり中国に行ったという人々の話を聞くと、口々に「街中のあちこちにAlipayやWeChat Payで支払い可能な店舗を見かける」と説明してくる。特に上海に最近出張したという人の話を聞いていると、特にファミリーマート(中国では「全家」と呼ばれる)などのコンビニエンスストアにおいて、レジに並んでいた客の多くがこのQRコードを使った仕組みで決済していた光景が印象に残ったという。そのあたりの道の露天でさえ、店頭にAlipayの決済が可能なQRコードを掲示し、スマートフォンを持った客がこれを読み取るとオンラインでの支払いが行えるようになっているらしい。しかも、ここ1〜2年で急にこうした動きが出てきているとのことで、ぜひともじっくりとリサーチしてみたいところだ。

深センで見た中国独自の決済事情

中国でQRコード決済が盛り上がっているという話は端々に聞こえてくるものの、その実態を正確に掴むデータはあまり見当たらないというのが現状だ。筆者も時間ができたら改めて北京や上海を含む中国諸都市でのトレンドを観察しに行きたいところだが、まずは今年2016年4月に中国の深センで見てきた「中国のスマート決済の現状」を報告したい。

▲今年春に中国の深センを訪問して最新の決済事情を見てきた

香港との国境を接する金融や工業の特別区としてスタートした深センだが、近年は特に電子機器の世界工場として急速な発展を遂げており、その人口増加ペースや所得の急増は著しい。過去10年ほどで中国でもトップ5に入るクラスの大都市となり、中国では高級品であるはずのiPhone 6s Plusを片手に街を闊歩する人々で溢れ、高級ブランド店が建ち並んでいる。

一方で、前述のように噂に聞いていたほどには「スマートフォンを使った決済が可能な店舗」というのが見当たらないというのが正直な感想だ。確かにAlipayやWeChat Payに対応した店舗もいくつかあり、チェーン店のケンタッキーフライドチキン(KFC、中国では「肯徳基」)で店舗での対応を大々的にうたっている。ただ、QRコード決済に必要な赤外線スキャナが設置されている店舗は限定的で、深セン中心部のモールや国際展示場付近に集中していたりと、必ずしも利用が広がっている印象はない。

逆に、KFCのQRコードスキャナが存在する店舗が入ったモールでは、食堂街のほとんどの店舗でAlipayに対応していたりと、この傾向を裏付けている。

▲ケンタッキーは店舗でのAlipay対応を大々的にうたっているチェーンの1つ

▲Alipayに対応した店舗が複数入ったモールでは、店舗全体でこの仕組みに対応しているケースが多いようだ

このように各店舗での決済システムの設置状況を見つつ、深センの街を巡ってみると、駅やモールなどの施設では、AlipayやWeChat Payに対応した自販機に少なからず遭遇する。

Alipayのみならず、複数の決済方式に対応した自販機も存在している。今回の深センでは見かけなかったが、先日上海に出張した同業のライター氏からの報告では、中国銀聯(China UnionPay)の非接触決済方式(NFC)であるQuickPassや、可聴域外の音波を使ったAlipayの支払いシステムにも対応したマルチ自販機があったりと、ある意味で中国の技術の粋を集めたともいえる先進的な実験装置が設置され、非常に興味深い状況になっている。

▲AlipayとWeChat Payに対応した友宝の展開する自販機

▲こちらは同業ライター氏から提供を受けた上海の自販機。QRコード決済だけでなく、中国銀聯の非接触決済やAlipayの音波通信にまで対応したマルチ決済型のもの

また、中国のマクドナルド(麦当労)の一部店舗ではAlipayのサポートのほか、欧米ではお馴染みとなりつつある注文KIOSK装置の「EasyOrder」端末が設置され、ここでApple Payが利用可能になっているようだ。これはまだ検証中だが、中国の一般的な店舗ではUnionPay以外の非接触カードを通さないことが多いため、海外から持ち込んだApple Pay内の決済カードは使えない可能性が高いとみている。

また、中国内の店舗によってはApple Payのプロモーションを積極的に行っているようだが、AlipayやWeChat Payのロゴを見る機会のほうが圧倒的に多く、おそらくは中国におけるApple Payの認知度はそれほど高くないのでは......というのが筆者の認識だ。

▲深センのマクドナルドに設置された注文KIOSK端末ではApple Payをサポート。ただし中国銀聯のロゴのみ掲示

▲中国のセブンイレブンではApple Payのプロモーションを行っていたが、知名度的にはAlipayなどよりも低い印象だ

中国からのインバウンド需要を考える

最近、決済にまつわるシステムを小売店や企業に納入している業者や関係者の話を聞いていると、この中国でのQRコード決済の盛り上がりの現状と、実際にどのようにインバウンド需要として取り込んでいくかという問い合わせが非常に多いという。一方で、実際に現場にこれら決済システムを導入したという話は少なく、筆者が把握している範囲でも自らプレスリリースを出した百貨店「高島屋」のほか、ローソンの一部店舗、リクルートの「Airレジ」を通じて導入を発表したPARCOやビックカメラなど限定的だ。

ただ、導入表明から1年以上が経過して、これら店舗では取り扱いをすでに掲示しなくなっていたりするようだ。店舗入り口でAlipayやWeChat Payのロゴを掲示して大々的にアピールしているのは、上記店舗群ではビックカメラのみだ。

AlipayやWeChat Payの仕組みを国内に導入して中国のインバウンド需要に対応しようとする場合、3つほど課題があると考える。1つは「日本に来てまでAlipayなどを利用しようとするか」という問題。2つめは「中国の旅行者がそこで実際にAlipayなどが使えるかを認識できるか」という問題。そして3つめは「実際の需要と供給がマッチしているか」という問題だ。

▲台湾の桃園国際空港の到着ロビーでは、Alipay対応を大々的にアピールした自販機も設置されている。そもそも中国本土からの訪問客が圧倒的に多い土地なので、こうした自販機を設置しても需要があるのだろう

中国におけるAlipayは、地元のユーザーが普段利用している店舗でそのまま気軽に利用できるという点でメリットがある。しかも、Alipayは個人間送金やWeb支払いも可能な仕組みで汎用性があり、WeChat Payは中国で人気のチャットアプリ「WeChat」から支払いがそのまま行えるという簡便な仕組みだ。

確かに海外でAlipayなどが利用できれば「いちいち小銭を取り出す必要がない」というメリットはあるものの、そもそも対応店舗を探さなければならないという手間がある。また、中国内の対応店舗は店先では各決済サービスのロゴを掲示したり、わざわざ大きくQRコードを掲示して客を呼び込むようにしている。一方で日本国内ではこうしたケースがほとんどなく、一見さんともいえる中国客にうまくアピールできている印象はない。

仮にシステムを導入したとしても、設置者の期待ほどに中国からの来訪客が利用してくれるとは限らない。「AlipayやWeChat Payは数ある決済手段の1つ」として、システム更新のタイミングに合わせて機能追加オプションの1つとして考えるのが適当かもしれない。

実際、日本国内に自販機向けの決済装置を納入しているNECとNayaxの担当者によれば、今年2016年10月以降に順次展開予定の決済装置は、日本国内でのFeliCaベースの各種決済サービス対応に加え、磁気/ICチップ付きクレジットカードや「Apple Pay」「Android Pay」などを含むNFCの非接触決済方式に対応したものになるという。

どちらの会社の読み取り機も大きめのタッチパネル式液晶ディスプレイを内蔵しており、決済方式の選択やICチップ付きカードでのPINコード入力(自販機は少額決済なのでPINコード入力が省略できるようだが......)、Alipayなどで求められるQRコード表示やスマートフォン画面の読み取りが可能なカメラ内蔵など、非常に多機能だ。この場合、Alipay対応はオプションの1つという扱いであり、どちらかといえばクレジットカードやNFC対応がメインだと思われる。次回は、この自販機まわりのトレンドについて、もう少し詳しく見ていきたいと思う。

▲自販機に備え付け可能な決済装置、左がNEC製で右がNayax製。Nayaxの黄色い決済装置は海外ではお馴染みのタイプだ