共和党の大統領候補に指名されたドナルド・トランプ氏は、派手な発言やパフォーマンスで注目を集めている。しかし、テレビ向けのパフォーマンスの裏にいるトランプ氏は、一体どんな人なのだろうか。トランプ氏に会ったことがある数少ない日本人の1人、国際投資家の「ぐっちー」さんこと山口正洋さんに、ビジネスマンとしてのトランプ氏について聞いた――。

■緻密で優秀なビジネスマン、トランプ

単純かつ過激な発言で大衆をあおる、大統領候補としての今のドナルド・トランプ氏の姿と、私が出会った緻密で優秀なビジネスマンとしてのトランプ氏の姿は全く異なる。

私は1980年代から、ニューヨークの投資銀行モルガン・スタンレーで働いていたのだが、このころはちょうど、「ビジネスマン・トランプ」としての最初の絶頂期を迎えていた。ニューヨーク・マンハッタンの一等地、5番街にそびえ立つ58階建ての高層ビル、トランプタワーができたのが1983年。他にも次々と一等地に高層ビルを建て、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。それが、87年10月の「オクトーバークラッシュ」と呼ばれる株価暴落で最初の破綻を経験する。このとき、日本の投資家からの出資を求めて、私のところに相談にやってきたことから、仕事上の付き合いが始まった。

彼の緻密さ、優秀さを表すポイントはいくつかある。まず学歴だ。名門のペンシルバニア大学の中でも特に難関のウォートン・スクールを出ている。ここは某アイビーリーグの有名校のように、コネでは入れない。これはトランプ氏は実は頭がいいということを表す有力な証拠の一つだ。

金融の世界では、相手から融資を引き出す力が、ビジネスマンとしての力を表す場合が多い。彼のビジネススタイルは、アメリカ人に多い「ヤマ師」タイプ。大きな借金をする一方でそれを元手に次から次へと事業へ投資をしてビジネスを回していく。トランプ氏の資産は400億ドルと言われるが、借金の額も大きく、その倍くらいはあるのではないだろうか。「金持ちか?」と問われば、資産よりも借金の方が多いので少なくともバフェットのような金持ちとは言えないし、プラスマイナスを考えるとそれは何とも言えない。しかし、綿密な事業計画や将来の見通しを語れないと、巨額のお金を借りることはできないので、それだけの金額を借りることができるということは、それだけの力があると言える。

■酒、女に表れる知性

酒を全く飲まないというのも、理性的で頭がいいことを表す象徴の一つだろう。トランプ氏と食事をしていた時にもワイン好きの私にはワインを薦めつつ、自分は一滴も飲んでいなかった。この時、酒は体によくないからほどほどにしておけよ、と彼から言われた記憶が確かにある。

アメリカにおける飲酒問題は、日本と比較にならないほど深刻で、飲酒が絡んだ殺人などの犯罪や、アルコール依存症など関連する病気も多い。水代わりにビールを飲むようなアメリカ人が多い中で、酒を全く飲まないというのは相当強い意志を持っているといえるし、本当に理性的で賢い人だということを表している。トランプ氏は自分の会社でも、中枢を担う人材には酒を飲む人を採用しないという話も聞く。

女性関係についても、3度も結婚しているので派手に見えるが、一度も不倫をした形跡がないという点はアメリカ人エリートの中でも一目置かれている。誰か好きな人ができると、必ず今付き合っている相手や結婚している相手とは別れてからアタックするのだそうだ。

長女のイヴァンカ・トランプ氏の評価の高さも、トランプ氏の賢さを象徴しているように思われる。私は仕事柄、アメリカの大富豪と呼ばれる人たちの2世たちにもたくさん会ってきたが、そのほとんどが、甘やかされたどうしようもないワガママ息子・娘ばかりだった。しかしトランプ氏の娘はそれには当てはまらず、聡明でしっかりした女性という印象を受けた。父親としてのトランプ氏は、子弟をかなり厳しく教育しているようで、それが娘の性格や立ち居振る舞いに表れていたように感じていた。

■大統領選挙もビジネスのうち

トランプ氏が今のようなスタイルに行き着く「転機」の一つに、2004年から11年間司会者を務めた「アプレンティス」というテレビ番組がある。日本で2001年から日本テレビで放送されていた「マネーの虎」のような趣の番組で、実業家らに事業をやらせて、その結果を評価するものだ。トランプ氏は、脱落者に最後に言い渡す「You are fired!(お前がクビだ!)」という決めゼリフで名物司会者になった。この言葉を言う時も、細かい理屈は説明せず、「顔が嫌いだからダメだ」「デブはダイエットしてから来い」など、過激でシンプルなもの言いをして、視聴者にウケていた。普段の生活では言えないセリフを、トランプ氏がテレビで言ってくれるので、視聴者は溜飲を下げていたのだ。トランプ氏は、テレビではどんなもの言いをすればウケるか、ここで感覚をつかんだと思われる。

拍車をかけたのが2007年のプロレス団体WWEへの参戦だろう。この年トランプ氏は、代理人のレスラーを立ててWWFオーナーとのマッチに参加した。プロレスは日本では「格闘技」として受け入れられているが、アメリカでは全く異なり、言ってみれば「お笑いショー」だ。WWFには熱狂的なファンが多いが、その中心となるのは、白人で学歴や所得が低い層。つまりまさに今の共和党支持者、特に、大統領選挙でトランプ氏を支持している層そのものだ。こうした層が、どうすれば熱狂するか、この興行を経験することでつかんだのではないだろうか。

トランプ氏の支持者層は、年齢層の高い白人が中心だ。1980〜90年代、頑張って働いてきたのにもかかわらず、2000年代に入ると貧富の差が開き、生活は豊かにならず、職を失う人も多かった。「あれほど頑張ったのに、いいことがない」と不満を抱える層だ。この層が、過去の古き良き時代へのノスタルジーを、トランプ氏に投影している。しかもトランプ氏は、2回も破産を経験しているのに、そのたびに這い上がり、成功している。映画「ロッキー」のように、何度負けても這い上がるヒーローが、アメリカ人は大好きだ。

ただ、本人は本気で政治家になりたいと思って大統領選挙に出ているわけではないだろう。これだけ世界で名前が売れれば、今後のビジネスには大きなプラスだ。そこが目的なのではないか。既にその効果は出ているようで、マンハッタンのトランプタワーは、かつては半分近く空室だったのが、大統領選挙に出て知名度が上がり、すべて埋まったと聞く。

■トランプは「西郷隆盛」である

今回の大統領選挙は、何年か経って振り返ると、大きな転換期だったことが見えてくるはずだ。これまでの人生に古き良き時代にノスタルジーを感じるような、白人男性優位主義世代の影響が残る、最後の選挙になる。なぜならこれから、アメリカの人口構成が大きく変わるからだ。

あらゆる経済データは人を裏切るし、政治や経済の見通しを予測するのはほとんど不可能だ。しかし、人口構成だけは裏切らない。アメリカの人口構成を見ると、既に2015年の段階でベビーブーマーはトップ5の年齢にはおらず、大幅な世代交代が進んでいる真っ最中であるとがわかる。そして次の大統領選挙がある2020年になると、25〜35歳が中核になり、完全に世代交代が終わる。今、トランプ氏を支持している世代は引退だ。少子高齢化が進む日本とは、状況が違う。

若い世代の価値観は、これまでの世代とは異なる。その兆候は、民主党の大統領候補だったサンダース氏の人気にも表れている。若い世代は、プロの政治家に懐疑的だ。サンダース氏の支持者は、20代の若者が多かった。私が接するアメリカ人の若い経営者たちは、「本当に貧しい人に分配してくれるのであれば、自分が稼いだ金の半分でも喜んで出す」という価値観を持っている。これまでの典型的なアメリカ人ビジネスマンは「自分で稼いだものは自分のもの」で、働かざる物食うべからずというのが典型的な価値観だった。国民皆保険という制度が長らく採用されなかったことがまさにそれを体現している。彼らはだからこそアメリカンドリームを信じ、成功のために頑張ってきたといえ、それに比較すると今は以前では考えられないほどの価値観の変化が若者の間に起こりつつある。

若者の価値観が変化してきた大きな理由の一つに、グローバル化がある。これまでのアメリカ人は、海外に全く関心がなかった。少なくともトランプ支持者は間違いなく興味がない。アメリカは素晴らしい国なので、他国を見習う必要などないと思っていた。それが、情報も人も世界中をすごいスピードで飛び交うようになり、「自分たちがやってきたことが完璧ではなかった」ということを知った。

私は野球が大好きなのだが、メジャーリーグの野球の変化がそれを象徴している。1989年に野茂英雄選手がメジャー入りしたとき、アメリカ人は野茂選手の野球を、「こういうベースボールがあったのか!」と驚きを持って見た。それまではアメリカの野球が唯一であり最高のものだったからだ。個人的にはイチロー選手のように、日本人選手がアメリカ人に受け入れられ、応援されるようになるとは全く思わなかった。

今、「トランプ現象」が起こっているのは、時代の変化を象徴しているように思えてならない。その姿は、明治維新の立役者として活躍した後、新しい時代に取り残されてしまった旧時代の武士たちを率いて西南戦争で戦い、散っていった西郷隆盛をほうふつとさせる。もちろん、トランプ氏本人はそんなつもりはないだろうし、選挙の後もビジネスの表舞台でしたたかに賢く生き抜くと思うが、「トランプ現象」そのものは、私には、アメリカの古い価値観を抱えた人々が咲かせた、時代の最後のあだ花のように見えている。

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山口正洋(やまぐち・まさひろ)
投資銀行家。1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。丸紅に勤務した後、86年からモルガン・スタンレー、ABNアムロ、ベアー・スターンズなど欧米の金融機関を経て、ブティックの投資銀行を開設。M&Aから民事再生、地方再生まで幅広く手がける一方、「ぐっちーさん」のペンネームでブログやメールマガジンを執筆、2007年にアルファブロガー・アワードを受賞。アエラでは同年末から「ぐっちーさん ここだけの話」を連載中。著書多数。最新刊に『ぐっちーさんの本当は凄い日本経済入門』(東洋経済新報社)」がある。

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(構成=大井明子 撮影=向井渉 写真=Aurimas Adomavicius)