163キロで空振り奪えず、「上半身と下半身のタイミングが合っていない」?

 日本ハムの大谷翔平投手が常識を覆す活躍を続けている。今季は打撃好調で、自己最長の16試合連続安打、5試合連続本塁打を記録するなど、打率.336、9本塁打、24打点をマーク。5月29日の楽天戦(Koboスタ宮城)からは“リアル二刀流”での出場を続けており、6月に入ってからは全3試合で「5番・投手」として先発するなど、打線の“主軸”として欠かせない存在となっている。

 投手としては、運にも恵まれずに開幕から5試合連続白星なしと苦しんだが、現在は自身5連勝中で6勝4敗、防御率2.21とハイレベルな数字を残している。6月5日の巨人戦(東京ドーム)では、日本記録を更新する163キロをマークし、日本球界の歴史を塗り替えた。さらに、同12日の阪神戦では163キロを5球計測。全107球のうち31球が160キロ超と、衝撃的なピッチングで阪神打線を圧倒した。

 ただ、二刀流右腕の潜在能力は計り知れない。まだまだ“完成品”には程遠いとの声も多い。163キロの直球で空振りを奪っていないことは、その根拠の1つとされている。ヤクルト、日本ハム、阪神、横浜の4球団で捕手としてプレーした野球解説者の野口寿浩氏も大谷の現時点でのパフォーマンスに感嘆しつつ、直球の“質”に向上の余地があると見ている。

「160キロ超のボールでも、打者は空振りしないですよね。163キロもファウルにされている。上(半身)と下(半身)のバランス、タイミングが、まだ合っていない気がするんです」。逆に、150キロ台前半のボールで空振りを奪う場合もあるだけに「楽に力を抜いて投げた時の方がキレが出ている感じがしますね。(160キロ以上が出る時は)上から体全体を使って抑え込みにいきすぎてるような感じがします。だから、体重移動がうまく行っていないのかなと。上から抑え込むように投げれば、スピードガンの球速は出ます。ただ、初速が163キロ出ていても、終速はあまり出ていないのではないかなと思います」と分析した。

 どういうことなのか。野口氏はまず、好調な打撃に気になる点があると指摘する。レフト方向への驚愕のホームランを量産し、圧倒的な能力を見せている一方で、ライト方向への一発が少ないということだ。

「160キロなりのキレがない」、全盛期の藤川球児とは対照的?

「いわゆる『腰が入った状態』というのが、投げる方でも打つ方でも少ない気がするんです。外から来たカーブ、スライダーを前で払えば、それは飛ぶ。あれだけの体を持っているから。反対方向に払ってしまえば、ヘッドが効いて、飛んで行く。それだけのとんでもない力を持っている選手です。それでホームランは出ていますけど、バッティングでもしっかり腰が入っていれば、ライトに距離が出るはずです。でも、今は距離が出ているのがセンターから左方向への打球ですよね。

 無理に引っ張っていないから良いバッティングだと見えますけど、私は逆に見ています。つまり、あっち(左方向)にしか距離が出ないのではないかと。しっかり腰が入っていれば、絶対に右方向にも距離が出てくるはずです。左方向にあれだけ飛ばせる選手が、右方向に距離が出ないはずがない。それはそういうところに問題があるのではないかと」

 上半身と下半身の連動が、まだ不十分だというのだ。そして、それはピッチングも同じだと見ている。

「ピッチングの時にも腰がグッと入ってこないから、下半身の“蹴り”の力が使えていない。上体の力でスピードガンの球速は出せるけど、キレの部分までは届かないのではないかと。普通は、163キロを振ってもファウルにならないですよ。初速163キロだったら、終速では155、6キロは出てないと駄目です。でも、対戦相手があれだけ振ってファウルになるということは、そこまで終速が出ていないのではないでしょうか。

 私は163キロのボールを体感したことがありませんけど、もし初速と終速の差が10キロあったら、多分、打者は163キロが来ているという感じでは打っていないと思います。160キロ超のボールを前に飛ばされたこともありますので、それは160キロなりのキレがないということではないかなと。もちろん、“貯金”がありますから、他のピッチャーと比べれば手元では速いのでしょうけど」

 対照的だったのが、全盛期の藤川球児(阪神)のボールだという。「火の玉ストレート」とも呼ばれた直球は圧倒的なキレ味を誇り、打者の手元でホップするとも言われた。野口氏は言う。

「タイミングが合った時には、163キロなんか目じゃないくらいのスピードが出るかも」

「下の力と上の力が連動しないで投げると、160キロだって、キレがなければ(打者の手元で)落ちるものは落ちる。一方で、球児の150キロであっても、タイミングが合えば、浮き上がる球になる。球児の全盛期に、私が阪神から横浜に移籍したら、球児の直球を打つときは、あえてボールの1個、2個上を振ると選手が言っていました。そうすれば、当たることは当たる。うまく合えば前に飛んで行くし、最低でも当たれば三振はないと。だから、横浜には球児のフォークが効いたのですが…」

 初速と終速の差をなくすためには、やはり上半身と下半身の連動が必要不可欠。藤川球児の全盛期の投球と比較すれば、大谷には、この点でまだ改善の余地があるというのだ。逆に言えば、あれだけの球速を誇り、打者を圧倒する投球で好成績を残している二刀流右腕には、まだまだ伸びしろがあるということ。「末恐ろしい」という表現では足りないほど、潜在能力は高い。

「真っ直ぐのキレがまだ足りない中で抑えられているのは、大谷のスライダーとフォークの2球種、たまに投げるスローカーブがいいから、というのもあります。やはり、人間の体は下半身のほうが圧倒的に強い。下半身の強い力を投球と打撃に使わない手はない。大谷は、それがまだ完全には連動していない。上体だけで打つなら、メジャーリーガーのスタントン(マーリンズ)のような、ああいう選手じゃないと振れない。大谷は、力の入れるタイミングが、まだ上と下で合ってないのではないでしょうか。投球でも、下半身の力が抜けてから上半身で思い切り“かき込む”ように投げている。

 ただ、そのタイミングが合った時には、163キロなんか目じゃないくらいのスピードが出るかもしれない。もしくは、スピードは163キロで止まっていても、『初速163キロで終速160キロ』という球が出てくるかもしれない。そうなれば、絶対に打者のバットには当たらないですよ。下手したらキャッチャーもとれないかもしれない。大谷はまだ良くなる余地がたくさんあります。だから凄い。逆に、そういうチャンスがあるからもったいないとも言えます。日本ハムの栗山監督はいつも辛口ですけど、そういうところをちゃんと見抜いているのかもしれない。だから褒めない。大谷が感覚を掴んだら、恐ろしい球がいくでしょうね」

 日本球界が生んだ史上最高の素材は、どこまで成長するのだろうか。最終的な到達点は、遥か先にあるようだ。