舞台、映画、テレビと幅広いフィールドで活躍する俳優のムロツヨシ。“個性派”という枕詞をつけられることが多いが、森田 剛が連続殺人犯を演じることでも話題の映画『ヒメアノ〜ル』でもその持ち味を遺憾なく発揮し、濱田 岳が演じるビル清掃員の“キモい”先輩を怪演している。とはいえ、ただ記号的に“キモい”だけではない。体温までをも感じさせる人物として成立させる腕は信頼の“ムロ印”。その人間臭さは、ひょうきんな笑顔に隠された、アツくて男前な中身から生まれてくるものなのかもしれない。

撮影/倉橋マキ 取材・文/新田理恵 制作/iD inc.

「面白くしよう」なんて役者が考えるのはおこがましい





――今回ムロさんが演じた安藤は、濱田さん演じるビル清掃員・岡田の先輩で、年下のカフェ店員に片思いするさえない男という役柄。女性にはモテなさそうなタイプですが、ピュアで可愛らしい男性でしたね。

ピュアですよね。そこは原作を読んでも、脚本を読んでも、しっかりと書かれてありました。ただ、かわい子ぶりっこにならないように、やりすぎないようには演じたつもりです。

――可愛くなりすぎないように…(笑)。

可愛くなるわけはないですけど(笑)。ただ、媚びることはない、不器用ながら自分で生きていくしかないと思っている人。でも、勝手に諦めをつけちゃってるところは哀しいですね。自分なんか幸せになれる「わけがない」って言うし、幸せなヤツを妬むし。でも、それを言葉にして言っちゃうところがスゴいピュアですよね。



――一歩間違えるとかなりアブナイ人ですが、物語が進むにつれて、映画の救いになるような一面も見えてきます。

傷ついても、岡田に「僕たち友だちだよね」なんて言ってる。人生いろいろ諦めているから達観しているのか、諦めたから“こそ”達観できるのか…。長く付き合わないとわからないですよね、この人の良さっていうのは。だいたい、みんな「コワい…」って彼には話しかけないし、女性は絶対寄りつかないし。いきなり奇声をあげるし、イヤなことがあったら変な髪型にしてきちゃうし(笑)。




――コミカルな部分とシリアスな部分のさじ加減というのは、演じる上でどう考えていたのでしょう?

考えないようにしていました。もっと喜劇に、もっと面白くしようなんて、役者が考えるのはおこがましい。そこはもう監督にお任せして。どんな作品でも、「これぐらいのほうがいいと思うんですよ」なんて意見するのは、監督に失礼だと思います。僕はその世界で生きるだけで、いつも、シーンのなかで「いる」という提示だけしています。

どっちかというと“イッちゃってる”人間です(笑)





――主人公の連続殺人犯・森田(森田 剛)は世の中に絶望していて、「這いあがる能力がないから底辺にいるんだ」という考え方をする男です。長い下積み時代を経てブレイクされたムロさんに、この考え方はどう映りますか?

僕はどんな経験もプラスにできると思っているし、「イヤな世界だ」とか「なんでオレだけ」とか思わないし、思いたくない。僕は自分にどうにかして期待するタイプです。底辺をどこにするかはわからないけど、例えば20代半ばぐらいのとき、周りはしっかり会社勤めしてる人がほとんどなのに、僕はただ1日仕事して、1日分のお金をもらうような人でした。そこからは脱却してみせるというか、役者で成功してやるっていう野心はありました。

――大学時代にご覧になった舞台が役者を志すキッカケだったそうですが、それほどまでに強烈な何かをそのとき舞台から感じたのでしょうか?

実は、役者に対するこだわりというより、まず「やりたいことをやる人間」になりたかったんです。うちの家族は「他の人たちはいいよね」とか「私たちなんか幸せになったらあとでバチがあたる」とか、そういう考え方をするタイプの人たちだったんです。それが染みついて、僕もそうなっていて。



――自分を卑下するような考え方になっていた、と。

もちろん、うちの家族にもいいところはありますし、感謝もしています。でも、「こっち側にいちゃダメだ!」と思ったんです。幸い、大学で「やりたいことのために大学に来た」と語る友人たちに出会って、僕もすぐ「やりたいことをやる人間になりたい」と思いました。

――それで目指したのが役者の道だったんですね。

「やりたいことをやる」というのが僕の一番の根源で、そのやりたいことは「役者」。どんなに時間がかかっても、芝居がしたいのなら、ずっとやればいいし、食べるためにやりたくない仕事をやるんだったら、その人生は僕にとって意味のないこと。なので、たとえ食えなくても、誰かにカネを借りてでも、友だちに何千万も借金しようがやり続けていたと思います。

――す、すごい(笑)。

どっちかというと“イッちゃってる”人間ですよ(笑)。友だちのカネでも生きていこう、絶対恩返ししてみせるっていう根拠のない自信だけでやっていたわけですから。



――役者以外の可能性を考える隙はなかったのでしょうか?

なかったです。いろんなバイトをしたし、いろんな人にも会ったんですけど、26歳ぐらいで芝居を心から楽しんでいる自分を見つけて。そんな居場所を見つけたときに、何物もこれを超えられないと思ったし、キツイこともあるけど、それすらも受けとめて役者でやっていきたいと、今でも恥ずかしげもなく言えます。

――大変な時期を長く経験して、今や出演作が後を絶たない活躍ぶりです。

仕事が減ったりする恐怖や不安もありながら過ごしているのが事実ですかね。やっぱり、今の状況がなくなったら怖いと思いがちなんですよ。でも、僕は仕事を「取ろう」「得よう」としてがんばって生きてきた人間なので、失うのが怖いと思って仕事をしたら、逆に完全に失うと思うんです。そんな縮こまった僕なんて自分でも見たくないし、それでつながった仕事は「やりたいこと」じゃなくなる。

――目指してきたものではなくなると?

仕事がなくなってでも、やりたいことをやっている自分でいたいなと思います。量や立場をキープするために仕事をした途端に、マイナスが始まってしまうと思うから。やりたいことをやって、それでいただいた環境のなかで、またやりたいように生きる。じゃなきゃ、いる意味がないと思うんですよ、この世界に。