今年のマンガ大賞で異変が起きた。今年の受賞作は野田サトルの『ゴールデンカムイ』。男性作家の受賞は、実に第一回の2008年、『岳』の石塚真一以来となる。そう書くと、「作家に男も女もない」というお叱りもあるかもしれないが、9年間続くマンガ大賞のなかで、いままでひとりしか男性作家が受賞していなかったことも含めて、今年の『ゴールデンカムイ』の受賞はやはり"異変"なのだ。以降のマンガ大賞の受賞作を列挙する。


2009年『ちはやふる』末次由紀
2010年『テルマエ・ロマエ』ヤマザキマリ
2011年『3月のライオン』羽海野チカ
2012年『銀の匙』荒川弘
2013年『海街diary』吉田秋生
2014年『乙嫁語り』森薫
2015年『かくかくしかじか』東村アキコ

現代マンガに求められる多様性


第二回以降、見事に女性作家の作品が並ぶ。そしてこの女性作家の台頭のなかに、近年のマンガにおける大きな趨勢が見て取れる。キーワードは"多様性"だ。

例えば2009年の受賞作、『ちはやふる』。舞台設定から見れば、"競技かるたマンガ"だ。だが、物語の展開やキャラクターの描かれ方は、「友情」「努力」「勝利」をテーマに掲げる少年誌のスポ根マンガのよう、と評されたりもする。その一方で、少女マンガの王道とも言えるほのかな恋模様(しかも三角関係)も描かれている。そのほかの受賞作、『3月のライオン』『海街diary』なども、一言で「××マンガ」とカテゴライズしづらい作品が多い。

近年では男性誌と女性誌の垣根が低くなり、女性作家が男性誌で書くことは増えた。いっぽう男性作家が、女性誌で書くケースはあまりない。「男性の書き手が、女性の気持ちを汲み、女性読者にスムーズに伝わるようなものを書くのは難しい」(編集者・30代・女性)と言われるのも理由のひとつ。読者に伝わる要素が数多く求められる時代に、恋愛という切り札が使えない(と思われている)。マンガ大賞受賞作が7年連続女性作家だったのは、たぶん偶然ではない。

ところが、今年の受賞作『ゴールデンカムイ』はそうしたハンデを軽々と超えてきた。しかも恋愛要素を使わず、そのほかの要素を「ジャブジャブ」と音が聞こえるほど惜しげもなく投入した。もしかすると、マンガ史上最高に要素もりもりな作品と言えるかもしれない。

ちなみに、公式サイトの「あらすじ」は以下のようになっている(原文ママ)。

「舞台は気高き北の大地・北海道。時代は、激動の明治後期。日露戦争という死線を潜り抜け『不死身の杉元』という異名を持った元軍人・杉元は、ある目的の為に大金を欲していた…。一攫千金を目指しゴールドラッシュに湧いた北海道へ足を踏み入れた杉元を待っていたのは…網走監獄の死刑囚達が隠した莫大な埋蔵金への手掛かりだった!!? 雄大で圧倒的な大自然! VS凶悪な死刑囚!! そして、純真無垢なアイヌの美少女との出逢い!!! 莫大な黄金を巡る生存競争サバイバルが幕を開けるッ!!!!」

おそらくは連載開始時に書かれたものだろう。この段階で最初の数話程度の原稿と全体のプロットはあったかもしれないが、現在進行形で連載が進む『ゴールデンカムイ』とは印象が少し異なる。確かに作品の中核となるストーリーは上記の「あらすじ」の通りだが、絶賛連載中の『ゴールデンカムイ』にはそのディテール部分の脇道に、さまざまな要素がふんだんに盛り込まれている。

「和風闇鍋ウエスタン」という新ジャンル


今年の授賞式では「さすが!」と唸らされた場面が何度かあった。例えば、担当編集者(集英社週刊ヤングジャンプ編集部・大熊八甲氏)が分析する『ゴールデンカムイ』というマンガのカテゴリーと、作品の読みどころについて語った場面もそのひとつ。以下にその要旨を書いておく。

・例えるなら「和風闇鍋ウエスタン」と認識している。「闇鍋」は「寄せ鍋」でもいい。
・「闇鍋(寄せ鍋)」とは、グルメ、ギャグ、冒険、サバイバル、アイヌ文化、歴史ロマンなどとにかく面白いと思うものを全部ぶっ込んで、何が出てくるかわからない面白さ。すべての要素が柱。
・「ウエスタン」は、(1960年代〜1970年代前半に流行したイタリア西部劇の)マカロニ・ウエスタン全盛時の「切った張ったカッコいい」エンターテインメントのイメージ。
・(読み手としての大熊氏にとっての)作品の魅力は登場するキャラクターの多彩さ。回数を重ねたことで、読者一人ひとりにとっての、"推しメン"候補が充実してきた。
・ジャンルもキャラクターも強いものの素材をいかしながら、相乗効果でおいしくする。料理に例えるなら、(野田サトルという作家は)それができる腕のいい料理人。

「腕のいい料理人」と評された作者も壇上に登り、受賞のあいさつや質疑応答を行った。そのなかでa 「できるだけ、回り道な旅をさせていこうと思ってます」の真意も明らかになった。

以下、野田サトルコメント(一部、「野田サトルのブログ」エントリーから補足)要旨
・主人公の名前(杉元佐一)のモチーフは屯田兵である曽祖父の名前(実際の曽祖父の名前は「杉本佐一」)。作中では悪役設定で登場する「北鎮部隊」に所属し、日露戦争にも出征。旅順攻囲戦の二百三高地や、その後の奉天会戦にも参加していた。
・(当時の北海道が舞台なら)アイヌが出てくるのは時代としても必然。その案内役として、アシリパというアイヌ少女のキャラクターが生まれた。
・連載に先駆けて、北海道を一周するくらいの徹底した現地取材を行った。
・アイヌの血をひく猟師のシカ撃ち(冬山)にも同行。
・シカの脳みそを生で食べたいと言ったら、その猟師に引かれた。
・脳みそはおいしかったけど、味がないグミみたいだった。塩を忘れたのが悔しかった。
・湯気が立つほどあたたかい生レバーは「シャクシャクッ」という初めての食感。

『ゴールデンカムイ』は"恋愛マンガ"だった?


授賞式では作家、編集者ともに「エンディングに至る道筋はもう描けている」と声をそろえた。徹底した現地取材の結果、作品にどれほど詰め込んでも使いきれないほどの素材がある。連載開始前から数百以上のやり取りを繰り返し、現地取材にこだわる姿勢は厚い信頼にもつながった。北海道アイヌ協会の構成員との酒盛りの場では「ビビらず何でも描け。強いアイヌを描いてくれ」とまで言われたという。

マンガのストーリーとは人生のようなものだ。どちらにも、ゴールのような達成目標はある。だが、そこにまっすぐ向かうだけでは、物語は豊かにはなり得ない。

担当編集者が「和風闇鍋ウエスタン」と答えた「この作品のカテゴリーを一言で言うと?」という質問を作者本人にも尋ねてみた。すると、返ってきた答えは意外にも「恋愛マンガ」だった。作品からもっとも遠いと思われる回答に会場内は爆笑の渦。だがそこに込められていたのは、「闇鍋のたったひとつの具のような、ちっぽけなカテゴリーになど、押し込められてやるものか」という矜持だったのではないか。

徹底した取材によるリアリティと、読み手を飽きさせない多彩な読み味。本筋の「莫大な黄金を巡る生存競争サバイバル」だけでなく、"回り道"の1ページ1ページにも膨大な熱量が込められている。『ゴールデンカムイ』、まさしく「マンガ大賞2016」である。
(松浦達也)