米ウィスコンシン州にある米国最大の植字博物館、「ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアム」。この体験型の博物館には、木版印刷の世界にどっぷりと浸るための工夫があちらこちらにちりばめられている。

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2/4二代目タイプカッタージョージアン・ブライルスキ・リーシュが寄りかかっているのは、父ノルバート・ブライルスキも使っていた19世紀のパンタグラフ用テーブル。

3/41920年代のゴードンプレス印刷機。

4/4複数シートからなるこの広告は、トレイシー・ホンがプリントしたもの。

ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムに一歩足を踏み入れたら、そこはもう現代ではない。

もともと米国ウィスコンシン州のトゥーリバース、ミシガン湖を見晴らす立地に建てられた鉄工場だった同博物館は、工業生産の黄金時代をわれわれの目の前に呼び起こす。そしてそこに収められた展示品は、有毒な顔料や木片、おがくず、そして労働者たちが活字面の箱に覆いかぶさっていた時代へとわれわれをいざなうのだ。

80,000平方フィートという広さをもつハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムは、150万個の活字と6,000枚の木製活版を所有している。

体験しながら、古き良きタイポグラフィーを学ぶ

ここは、すべての来場者が一緒になってその手をインクに染めることができる、体験型の博物館だ。博物館内にある62台の印刷機のうち10台は稼働可能であり、入場者は初心者向けの植字から基本的な凸版印刷までを体験し、学ぶことができる。

この地域に住んでいるアーティストたちは、新しく入ってくる活字コレクションの試し刷りや整理をここで行い、手刷りのブロックの一覧を展示している。そのなかには数世紀もの歴史をもつものもあるという。つまり、清潔で音ひとつしないデジタルツールの世界に疲れた今日のアート系印刷業者やタイポグラファー、そしてグラフィックデザイナーにとって、ここは「この世の天国」なのだ。

体験型の印刷博物館は、ハミルトンだけではない。欧州であればイタリアにティポテカ・イタリアーナ、ドイツにグーテンベルク博物館、ベルギーにはプランタン=モレトゥス博物館がある。米国でもロサンゼルス周辺に国際印刷博物館が、ボストンからさほど遠くないアンドヴァやテキサス州のヒューストンにもそれぞれ印刷博物館がある。それらより小規模ではあるが、印刷物や印刷機の素晴らしいコレクションを有する博物館はほかにもたくさんある。

しかし、ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムは世界最大のヴィンテージ木版印刷の宝庫であり、米国最大の植字博物館だ。

同博物館はJ. E. Hamilton Holly Wood Type Co.の作品の保存・記念を目的に1999年にオープンした。J・E・ハミルトンによって1880年に創立された同工場は、当時米国内最大の木版活字の製造場であったが、1999年以来、同博物館は活字ファンにとって聖地のひとつとなる。

このキャビネットには、1cm以下のものから2m近くの大きさまで幅広いサイズの型をつくるための、何千というオリジナルのデザインが収納されている。

歴史を語る博物館

ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムに教育的な気風を吹き込んだのは博物館長であるジム・モランと芸術監督のビル・モランである。2人は、2001年に同博物館でのボランティア活動を開始。09年には博物館側が彼らを採用し、「博物館にその歴史を語らせる」という運動を始めた。

3年前には歴史的価値のある工場内から博物館の展示品を移すべきであるという通達から、博物館を守るための国際運動をスタート。今日にいたるまで、博物館のヴィジュアルアイデンティティの作成、機具のメンテナンス、ディスプレイ効果の改善、グッズの製作、書籍出版、ワークショップの開催そして博物館展示物の収集など、挙げればきりがないほどの作業に携わってきた。ジム・モランはかかわった作業のことを「楽しくも怒涛の日々」と呼んでいるほどだ。

モラン兄弟はアシスタントディレクターであるステファニー・カーペンターとともに、デジタル時代において手刷り印刷がもつ意義の保存と普及とに携わっている。しかし彼らはラッダイト運動のような破壊的な行為に及んでいるのではない。3人が掲げる理念は大部分において近代技術によって助けられているのだ。

博物館は歴史的な活字の復活を得意とするデジタル型鋳造場であるP22との活動に参加した。両者が協力して製作した「HWTコレクション」は、博物館が所有するすべての木版印刷用の活字をもとにつくられた、オールデジタルの活字集だ。昨年にはユーザーのフォント認識能力を診断するiPadアプリを博物館が製作。一方、博物館の収蔵物の撮影やデジタル化も同じく進行中である。

それと同時に博物館のディレクターたちは、スクリーン上の画像と、実際に五感を刺激してくるインクや紙とを同列に語れないこともわかっている。そのため、彼らは来館者になるべく多くを得てもらえるよう常に努力を続けているのだ。

博物館を何度も訪れるファンたちは、活字面がかつては木や金属からできていたという事実を習うだけではなく、実際に物を手に取ってみることができる。そして、自分で植字してみることによってその感触や形を知り、当時の印刷術の驚くべき影響力を理解する。

チャンドラー&プライスモデルのヴィンテージもののシリンダープレス印刷機。

歴史に触れるいちばんの方法は「自身の指先を使うこと」

博物館ではマシュー・カーターやエリック・シュピーカーマン、ニック・シャーマン、ルイーズ・フィリといった現代アートの人気デザイナーに依頼して新しい木製活字面の製作もしている。

印刷物は500年以上にわたり、人が経験したイメージとメッセージとを結びつける接着剤のような存在であった。ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムのディレクターたちは、歴史に触れるいちばんの方法は自身の指先を使うことだと信じており、博物館内のインタラクティヴな展示やワークショップ、催し物を通じて、来場者にその想いを訴えかけている。

「ウェイズグース年次会議」はハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムの集まりのなかでも最も人気のあるもののひとつだ。ウェイズグースという聞きなれない名前は、かつて印刷業者の頭領が労働者のために開催した、年に一度の行楽行事に由来している。この行事は、夏の終わりと、ろうそくのそばで作業を行う季節の始まりを祝うために行われた。

ビル・モランの話すところによれば、今日のウェイズグース会議は、木版印刷の世界にどっぷりと浸りたい人のためにあるという。そこには数多くの活字面だけでなく、グラフィックデザイナーや印刷業者、そして歴史ファンが一堂に集う。2009年から、同イヴェントは米国外からの真の印刷技術ファンを何百人と惹きつけており、新技術や発見を仲間と共有してきた。

「デジタルとアナログとを橋渡しする活動によって、印刷技術に関する興味を引き出し、博物館が誇る貴重な展示物を人々と共有することができた」とビル・モランは語る。また、モラン兄弟がいうには、この活動は「新しいオーディエンスに対していまだに訴えかける力があり、その芸術性がもつ高い価値を守り、再認識するために必要なコミュニケーション能力の保存」にも貢献しているという。

これが芸術であろうがなかろうが、ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムで木版印刷の世界にどっぷりと浸る体験は、フォントをプルダウンメニューから選ぶよりははるかに楽しい。

ハミルトン・ウッドタイプ・ミュージアムは、ヴィジュアルコミュニケーションのストーリーと、その歴史上における意味について、入場者とかかわっていこうとしている。またビル・モランによれば、アメリカが誇る素晴らしい技術を保存し、入場者に「かつてわれわれはこういったものに囲まれており、日常的に使っていたのだ」と思い出してもらえるように、創意工夫も重ねているという。

この博物館は「言葉と、その巨大な力を感じるための場所」であり、「その力がどのように得られてきたのか」という技術的な部分について学ぶことができる場所でもあると付け加えている。

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