WBC世界バンタム級チャンピオン、山中慎介(帝拳)の勢いが止まらない。4月16日、大阪府立体育会館で行なわれた8度目の防衛戦で、同級7位の挑戦者ディエゴ・サンティリャン(アルゼンチン)を子ども扱いしたすえ、7回KOで一蹴。これで戴冠試合を含めた9度の世界戦は、全勝7KOという圧倒的な強さを誇っている。

 特筆すべきは、ダウンを奪ったパンチのほとんどがサウスポースタンスから繰り出す左ストレートであることだ。相手にしてみれば、飛んでくるのが分かっているはずのパンチだが、それでも被弾してしまう。山中の絶対的な切り札となっている「神の左」は、なぜ避けられないのだろうか。

 山中は2011年11月に今の王座を獲得したが、その試合を含めた9度の世界戦の相手と結果は以下のとおりだ。

クリスチャン・エスキベル(メキシコ)=11回TKO/2度
ビック・ダルチニアン(アルメニア/オーストラリア)=12回判定
トマス・ロハス(メキシコ)=7回KO/1度
マルコム・ツニャカオ(フィリピン)=12回TKO/3度
ホセ・ニエベス(プエルトリコ)=1回KO/1度
アルベルト・ゲバラ(メキシコ)=9回KO/3度
シュテファーヌ・ジャモエ(ベルギー)=9回TKO=/4度
スリヤン・ソー・ルンヴィサイ(タイ)=12回判定/3度
ディエゴ・サンティリャン(アルゼンチン)=7回KO/2度

 相手の出身地は北米、ヨーロッパ、カリブ、アジア、南米と幅広く、そのボクシングスタイルも好戦的なファイターから技巧を売りにするボクサー型まで、多岐にわたる。さらに右構えもいれば、サウスポーもいる。だが、山中はそのことごとくを打ち砕いてきた。どんなタイプに対しても山中の左が通用していることが、こうしたデータからもうかがい知れる。V4戦で対戦したニエベスはスピードのある好選手だったが、王者の左ストレートを浴びて160秒でKO負け。それを最後にリングに上がっていない。山中は相手の心までも折ってしまったといっても過言ではない。

 ちなみに、結果とともに「1度」「2度」と付記した数字は、その試合で奪ったダウン数である。その数は世界戦9試合で合計19度にのぼる。ロハス戦やニエベス戦のように一撃でケリをつけた試合もあれば、ツニャカオ戦、ゲバラ戦、ジャモエ戦、スリヤン戦、そして今回のサンティリャン戦のように複数のダウンを奪ってフィニッシュ、あるいは圧勝した試合もある。

 実力は紙一重といわれる世界トップのボクサー相手に、これだけのダウンを奪う選手も珍しいといえよう。5月6日に10度目の防衛戦を控えているWBA世界スーパーフェザー級チャンピオンの内山高志(ワタナベ)が、10度の世界戦で奪ったダウンの数が5度であることを考えれば、山中がいかに多くのダウンを奪っているかが分かるはずだ。

 そのほとんどが左によるものであるのは、前述のとおりだ。今では「神の左」とまで称されているが、これは山中の後援会が応援用に製作したTシャツに「GOD LEFT」とプリントされていたキャッチコピーを、マスコミが取り上げたことから広まったものと言われている。「最初は大袈裟かなと思いましたが、自分は関西(滋賀県湖南市)出身なので、オーバーな感じぐらいがちょうどいいかなと思うようになりました」と山中は笑う。

「なぜ、あれほどまでに強い左を打つことができるのか」と、何度か山中に尋ねたことがあるが、いつも答えは似たようなものだった。「自分でもコツは分からないんですよ。連続KO勝ちをしていたころ(2009年〜2011年)、なんとなく『これかな』という感じで(コツを)掴んだ気はしますが、それが何かは分からないんです。もちろん、少しタイミングをずらしたり、緩急をつけたりという工夫はしていますが......。自分のパンチは相手からちょっとだけ見えにくく、ちょっとだけ強いだけなんじゃないですか(笑)」

 山中のジムメイトで、何度もスパーリングをしている佐々木洵樹の証言は、それを裏づけている。

「(山中の左は)タイミングが掴めないんです。こちらが出ていくとカウンターで合わせられるし、出ていかないと踏み込んで打ち込まれる。角度も様々なうえ、顔面かボディ、どちらに来るのかも読めないんです」というのである。

 そうやって打ち込む左ストレートだが、実は山中の左は踏み込みと同時に肩から真っ直ぐに伸び、当たる瞬間に拳を少し内側に捻り込む「コークスクリューパンチ」になっている。パンチに回転がかかる分、命中した瞬間、相手に与えるダメージはより甚大となるわけだ。山中自身は、「コークスクリューになっていると言われるんですが、自分では無意識なんです。ただ、最後に人差し指と中指の付け根を当てるようにしているので、そのために(拳に)回転がかかるんじゃないですかね。それに、相手のパンチは当たらないけれど、こちらのパンチは当たるという特別の距離感があるんです」と解析している。それが、「神の左」の正体ということかもしれない。

 山中は、「通信簿でいえば左ストレートだけ【5】で、ほかの右フックとかアッパーは【1】とか【2】ですよ」と笑うが、もちろんそれは自己過小評価というものだ。V7戦となったスリヤン戦では右ジャブがしっかり機能していたし、いつの試合でも足でつくる間合いは巧妙だ。

 また、ハイペースで12ラウンドを戦い抜くスタミナや、精神的なタフネスも身に着けている。下半身の強靭さも見落としてはなるまい。「パンチは上半身で力任せに打つものではなく、下半身でエネルギーをつくって打つもの。下半身強化には力を入れています」と山中は話す。

 それでも、いつかは山中の左を封じるために、リスクを承知で右を被せてくる、あるいは外してパンチを打ち込んでくる相手が現れるのではないだろうか――。そんなテーマを振ると、山中は、「仮に左ストレートを外されたら、その勢いのまま相手の身体に乗っかってしまえばいいんですよ。まあ、自分の左を外したり、左に合わせてパンチを打ってきたりする度胸のある選手はあまりいないでしょうけど」と、あっからかんと言い切る。その豪胆さと自信が、「神の左」を支えていることは間違いない。

原 功●取材・文 text by Hara Isao