台湾・行政院政務委員、デジタル大臣の唐鳳氏

「台湾を代表するプログラマー」「天才」。2016年10月から、台湾政府で「デジタル大臣」を務める唐鳳氏(38歳)のことだ。12歳からプログラミングを勉強し、義務教育を飛び出して15歳で起業。19歳で米シリコンバレーでも起業し、米アップルなど世界のIT企業の顧問も歴任した。米外交政策専門誌『フォーリンポリシー』は2019年、唐氏を「世界の頭脳100人」の1人として選んだほどだ。

また唐氏は、男性から性転換した女性で、世界初のトランスジェンダー閣僚だ。そんな彼女は「多様性を認める台湾」を象徴する存在でもある。週刊東洋経済2020年2月1日号に掲載された唐氏のインタビューから、一部を紹介する。彼女のIT、デジタルに対する哲学とは?

国民がどんどん政府の議論に参加

――蔡英文政権でのデジタル大臣として3年が経過しました。台湾のIT行政や社会はどう変わりましたか。

就任直後、行政院(政府)の公務員たちは「デジタル民主主義」「開かれた政府」という言葉に不安を隠しきれずにいました。ネット上には行政への反対の声や怒りがこもったコメントがあふれていると感じていたためです。そこで私は「国民からの批判のコメントをすべて創造的なエネルギーに転換しましょう」と伝えました。つまり、国民をどんどん政府の議論に参加できるようにしたのです。

その成果には数多くのものがあります。例えば台湾は入山規制をしている山が多いのですが、登山愛好家のために登山の申請を簡単に行えるネットシステムを構築しました。納税申告をスムーズに行えるサービスもあります。人口2400万の台湾で、こうした電子システムを1000万超の人が利用するようになりました。

今、台湾の公務員たちに「開かれた政府の運営は、皆さんにとってプレッシャーですか」と聞けば、「民主主義の一部だから当然だ」と返ってくるようになりました。

――唐さんはITを駆使して政府と国民の間の情報公開を促進させるなど、社会運動家の顔もあります。

私は1993年に初めてインターネットに触れました。そこでは、世界の多くのユーザーが、なぜネットでつながりたがるのかを理解しました。ネットでは誰からも、何も強制されることがない。誰が何を言っても構わない。同時に、誰が何を言っているのかがわかる、透明性が極端に高い世界です。私はこのネットの特性を、一種の政治制度だと認識しました。


現在の代議制民主主義は、私にとってはより原始的なシステムに見えます。たとえばラジオやテレビが普及した時代、1人の政治家が数百万の国民に話しかけることができるようになりましたが、あくまでも一方通行。1人の政治家がその数百万の国民の声を聴くことはできず、国民同士がお互いの話を聞くこともまれでした。

ところが、ネットというプラットフォームを使えば、人ではなく、その主張や問題といった物事を中心に据えて言葉を交わせます。すなわち、それぞれの主義主張や政治志向を離れ、1つのテーマや問題について誰もが話し合えるということです。同じ価値観を持ち、目指す方向への共通認識があれば、話し合うことで社会は前進できます。ネットによって間接民主主義の弱点を克服できるのです。

証拠に基づいた政策立案が可能に

――訪日経験が豊富です。現在の日本をどう見ていますか。


唐鳳(とう・ほう、Audrey Tang)/1981年台湾・台北市生まれ。幼少からコンピューターに興味を示し、12歳からプログラミング言語を勉強。プログラマーとして有名になる。14歳で中学を中退。15歳で起業。19歳で米シリコンバレーでも起業。2016年から現職。

私がまず日本に関心を寄せているのは、地方創生・再生のやり方です。例えば日本の「RESAS」(地域経済分析システム)には、大いに啓発されました。これによって一時的な現象や特定層の意見のみにとらわれず、産業や教育、人口密度といった細かなデータに基づいて地方創生を議論できます。証拠に基づいた政策立案が可能になるわけです。

台湾には「TESAS」というシステムがありますが、正直にいえば、農業などの産業・経済分野とITとの連携面では、台湾は日本に及びません。日本からはまだ多くのことを学ぶ必要があります。

ただ、デジタル社会への移行という点では、台湾のほうが日本より柔軟です。例えば印鑑。台湾では電子署名法により、印鑑と手書きの電子サインの両立が可能です。日本ではまだ印鑑がよく使われますね。印鑑といった1つの文化を伝承することはとても大事です。しかも、日本の民主主義の歴史は戦後からだけで見ても長い。台湾における民主化は1987年からにすぎず、ウェブブラウザーの開発・利用の歴史とほぼ同じです。

長年慣れ親しんできたことをすぐ変えるのは難しいのかもしれません。台湾では新技術を民主主義に応用する方法の開発・実験が盛んですが、日本ではこの点で動きが見えませんね。

――日本の情報通信技術政策担当相である竹本直一氏は79歳。台湾とは40歳以上の差があります。

年齢による比較は公平ではありません。またITを担当する大臣といっても、日本と台湾とで役割は同じではありません。台湾の科学技術部(省)の大臣や研究者の人たちは私の父と同世代で60、70歳代の高齢ですが、皆さん革新的な考え方を持っていますよ。

台湾では部長(大臣)が組織の縦の運営を行い、私のような政務委員(無任所大臣)は横、すなわち省庁間の連携などで動きます。どちらも欠かせない存在で、それぞれに役割があるのです。

――日本では2020年度から小学校でもプログラミング教育が導入されるなど、IT教育への関心が高まっています。

プログラミング教育は、問題を解決するための手段にすぎません。デジタルスキルとプログラミング教育はまったく別のものだということです。プログラミング教育に反対はしませんが、第2外国語の学習と同じで、学んだとしても結果的に使えなくては意味がありません。

私は、プログラミング教育よりも「素養」(教養)を涵養するような教育を重視すべきだと考えています。台湾ではこれまで「競争力」を重視するかのような教育が行われてきましたが、現在では「素養」を重視するように教育方針が変わりました。自発的で、ともに助け合い、共通の利益を求めるという3つの要素を重視する教育への転換です。日本の教育政策の方向性は正しいと思いますが、台湾ほどのエネルギーは発していないかもしれません。

台湾は中国とは大きな差をつけた

――2019年9月、中国のデジタル社会の発展と台湾のそれを比較しながら「台湾の民主化を誇りに思う」と発言しました。

台湾と中国は同じ漢字を使いますが、意味や使い方が違います。例えば「透明」。台湾では「政府が国民に対して透明であるかどうか」という意味ですが、中国では「国民が政府に対して透明かどうか」となります。


台湾のデジタル社会は中国と大きな差をつけたと指摘する

デジタルでもそうです。デジタル技術の運用は、必ずその背後に哲学や価値観があります。台湾社会は自由で、国民一人ひとりの決定能力は高く、ゆえに社会はより健全です。デジタル技術の運用が正しい方向を向いていれば、さらに健全な社会を創造できます。

それに対し、中国のデジタル社会は健全でしょうか。「和諧」(調和)のことを健全というのであれば確かにそうでしょう。中国はこの「和諧」という言葉を十数年使っていますが、台湾の健全という言葉とは大きな差があります。台湾と中国の間では、2つのプレートがぶつかって重なり合おうとするとき、地震のような揺れやきしみが絶えず生じます。これまでの経験で台湾国民はすでに心理的な耐震性を高めています。

――ITが普及・深化する一方で、「デジタルデバイド」の問題が残ります。例えばITに慣れない高齢者と若者、また都市と地方との格差は解消しますか。

ITの目標は、人間の自然な生活に近づいていくことです。逆にいえば、人間社会がデジタル技術に合わせる必要はありません。例えば高齢者の方がキーボードで入力できないというなら、タッチペンで書けるようにすればいい。VR(仮想現実)でいろんなことが体験できるようにすれば、学習曲線といったものはなくなります。

デジタル技術はもっと謙虚であるべきです。人間に寄り添い、多くの人間が技術の恩恵を受けられるようにすべきです。1位になれ、トップを目指せ、という技術競争を追求してそれについていけない人を生み出すのではなく、どのような技術がどれだけの人を取り込めるかを考えることが重要です。

ですから、高齢者はIT社会で何一つ変わる必要はありません。ITのほうこそ、人間に近くなるように調整されるべきなのですから。

インタビュー全文(台湾デジタル社会は健全、中国と大きな差をつけた)は週刊東洋経済プラスに掲載しています。